子どもの心の根元にあるもの

 2016-12-17
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私は、学級担任として小学校の現場に20年以上、その後個別指導の実践者として10年の臨床経験があります。

またその間、当時の国立特殊教育総合研究所に内地留学に行かせていただいたり、大学院の修士課程で特別支援教育を学ばせていただきました。


重い課題を背負いながらも、懸命に命を輝かせている子ども、

人から見れば、ほんの小さな出来事に、途方に暮れて身動き出来ない子ども、


こうしたたくさんの子どもたちとの出会いを繰り返す中で、いつの間にか私の教育観の根底に、「すべての子どもの行動の源泉は、生存・成長の欲求にある」という考えが広がっていきました。

まだ、アイデンティティの確立していない子どもにとっては、成長の方向性を見失うことは、自分の生存そのものを見失うに等しいことです

突発的な子どものマイナス行動は、裏を返せばほぼ100%、自分の生存にかかわる不安と無関係ではありませんでした。


学んでいるということは、自分の成長の手応えに触れること、

自分の成長の手応えを感じることができれば、生存にかかわる不安を感じることもなければ、マイナス行動を起こす意味もないわけです。


準備のための1分1秒が待ちきれず、知育いすに飛び込んで来る子がたくさんいます

もうおしまい、といっても、学習席にしがみついて、帰ろうとしない子も、毎日のようにいます

障がいのある子どもが、勉強が嫌いとうのは、大間違いです。


もしもその子にあった学習の内容と方法が提示出来ないでいたら、勉強そのものが嫌いになるのも当たり前です

適切な愛情も技術も信念もない指導者が、子どもにこんなこともわからないのかとやったら、不適応にならないことの方が不思議です。


この子たちは、誰よりも生きることにピュアで、良質の学びを誰よりも求めているものです。

だとしたら、今すべきことが何であるのかが、私にはハッキリと見えます。


もはや私の進むべき道は、これしかないのです。






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プロの仕事

 2016-12-14
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新規の事業所を立ち上げるということもあり、今回パソコンを2台注文しました。

以前は、量販店などに行って格安パソコンを買っていましたが、今ではそういうことをしなくなりました。


量販店のパソコンは、消費者の目を引くような甘い宣伝が満載です。

一方、業務用のパソコンは、余計なソフトは一切入っておらず、同じスペックならメモリーの余裕が違います。

若干価格は高めに感じますが、プロの道具と考えると、とシンプルで基本性能の良いものでなければ、結局使い物にはなりません。


私は22歳の時から教育の仕事に就き、実践現場で35年の指導経験があります。

それでも、日々新しい発見があり、もっともっと力をつけ、改善を積み重ねていかなくてはならないことが、山ほどあります。


髪の毛をカットしても、ブロックを積んでも、大体のことは素人でもできますが、プロと同じレベルのものはなかなかできるものではありません。

ましてや特別支援の分野では、そうであって当たり前なはずです。


華やかで過度な宣伝をしているうちは、本物ではありません。

素人では出来にくい内容を、当たり前のように毎回積み上げることが出来てこそ、本物のプロの仕事、


どんな仕事でもそうですが、価格を越える満足感がなければ、次に足を運んではいただけないものです。

1人の実践者としても、チームのリーダーとしても、しっかりと研鑽をして、白ゆりを選んで良かった思っていただける方をもっともっと増やしていきたい。


それが、職業人としての意地、

私は教育の仕事に大きな夢と誇りをもっているのです。









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言語と感覚

 2016-12-13
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以前英会話のスクールに通っていた頃、英語を聴いた時に、その言葉を日本語に訳して、その訳した言葉を日本語で判断し、その日本語を再び英語に訳すようにしていました。

初級の頃はそれで何とか対応できていましたが、だんだんとクラスが上がっていくうちに、ついにはそのやり方ではどうにもならなくなってきました。

先生に、「これからは聴いた言葉は、英語で判断して、ダイレクトに英語で返すようにしなさい」 と教えられました。


それまでの入力は日本語オンリーでしたので、なかなか別の言語のルートだけ使うというのは、慣れませんでしたし苦痛でした。

しかし、前納した多額のレッスン料が惜しくて、ぼろぼろになりながらもレッスンに通い続けていると、いつだったか何となくその感覚がつかみ始め、英語の音もだんだんとしっかり聞き取れるようになってきました。


先日、幼稚園の男の子と数の勉強をしていたときのことです。

9匹の動物を数える問題が、ありました。


継次処理の子なら、1・2・3・4・・・・ と数え始めるところですが、この子はちょっと違いました。

手で動物を4と5に分けて認知し、それを映像として合成し9と答えたのです。


これぞまさしく数感覚、

これまで小さい時から何でも言語で置き換えて物事を判断してきた私としては、もっと小さい時にこうした数感覚を意図的に育ててくれる先生がいたら、どれだけ自分の可能性が広がったことかと悔しくてなりません。

逆に、私の唯一のとりえである言語感覚は、こうした同時処理系の感覚を補うための代償性の機能として、今の私の財産となっているに違いありません。


言語優位なならそれはそれでよいし、視覚優位ならそれはそれで素晴らしいことです。

きっと一方が伸びれば、片方は退化するのです。

私の場合は、言語屋さんですからそれはそれで良いのですが、その言語屋さんの営業の中に、うまく視覚屋さんの良い所を生かす、そんなアプローチが学習の中身だと考えています。


数も、順序数で処理する良さもあれば、集合数でみる素晴らしさもあるのです。

その素晴らしさを、算数の教材を通して、実感させる営み。

それが学習のダイナミズムであり、それはそっくり言葉の学習でも同じことが言えるのです。


その両方が豊かに使えるすてきな子、

いつも楽しみながら子どもと共に学び行く方向感、


数を4と5に分解して認知したあの男の子は、勉強時間が終わってもなかなか帰ろうとはしませんでした。

そりゃそうだね、先生も楽しかったし、また一緒に勉強するのが楽しみです。

きっと私は一生、臨床から抜け出せそうにもありません。






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クリスマス発表会の奇跡

 2016-12-12
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白ゆりはこの春、保育園から認定こども園へと移行しました。

そのことに伴い、これまで保育園では受けいれることの出来なかった、幼稚園が対象のお子様を受け入れることができるようになりました。


その1号認定の子の多くが、発達支援センターに通所で来てくれていた子どもたちでした。

それまでのそれぞれのクラスに、発達支援センターの子が何人も入ってくるという状況になったのです。


行政の担当者は、1号認定の中に、支援の必要な子が入ることは想定外だと言って、人的な加配も、予算的な加配もありませんでした。

それでも、発達支援センターの子は、最優先で入れるという園長の信念は変わりませんでした。


土曜日に、クリスマス発表会がありました。

秋にあった運動会も感動の嵐でしたが、室内での発表となると、正直それとはまた別の不安もありました。


あるクラスのオペレッタを見ていたときのことです。

ダウン症の子が舞台のセンターに、下手には肢体不自由の子、上手には発達障害の子が演技をしていました。


発達障害の子は、聴覚過敏の傾向があって、大太鼓の音にはマイナスの反応を見せていましたが、自分の大好きな曲になると、とたんに笑顔になって上手に演技ができていました。

ダウン症の子は、内言語は豊かですが、言語表出をクリアにすることが苦手です。

でも、一生懸命口を動かして、オペレッタのストーリーにしっかり乗っているのが見て取れました。

肢体不自由の子は、つい先日まで独立歩行がままならなった子です。

もちろん補助付きですが、他の保育園などでは考えらえない運動量で、脳の運動野にかかわるネットワークが加速的に育ち、視線や表情も見違えるように生き生きしたものになってきました。


3人とも、私のマンツーマンレッスンを受けてくれている子です。

しかしながら、もしも今年、この子たちがこども園に入っていなかったとしたら、今日のこの成長は絶対にありえなかったと私は断言できます。


ただ集団に投げ入れているだけで、それでインクルージョンにはなりません、

集団から分離して、病院や療育に行って、難しい名前の検査をすれば、それで子どもが育つのでもありません。

その双方の大切さを、子どもの特性や育ちに合わせてプロデュースし、結果を出すことこそが育ての質であるのです。


研究用にと、0歳から5歳の子までの活動のようすを動画に記録しました。

と、このオペレッタを撮影している途中で、感動して胸を詰まらせながらも、「これは大変なことになった」「とんでもないの成長の記録を手にしてしまった」「この映像を手にした者の責任を、果たして私が果たしていくことが出来るでのであろうか」 と、そんな気持ちがこみ上げてきました。


障がいのある子を何人も1号認定で受け入れて、それを無謀だと思われたり、調子のいい対応だと批判的に横目で見ていた人がいるのかも知れません。

クラス運営がパンクしてにっちもさっちもいかなくなり、ホレ見たことかと言われるリスクが無かったわけでもありません。

ですが、結果はその真逆だったと、私は感じています。


発表会が終わったあと、初老のご婦人が私の所に歩み寄り、目に涙を浮かべて深々と頭を下げて帰られました。

名前も存じ上げない方でしたが、こども園になり、新しいお友達をたくさん受け入れて、本当に良かった、

私は、心の芯からそう感じました。


私にとっては、クリスマス会の奇跡、

今年は、本当に良い1年となりそうです。






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新教室の息吹

 2016-12-07
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来春4月に開設予定の新教室のリフォームも、日に日に形が整ってきました。

少人数の教室ながら、大きな規模では出来にくい、きめ細やかなニーズに対応できる内容の提供を目指しています。


この伊島学区は、かつて私が勤務した小学校区でもあり、つい最近まで私が住んでいた地域でもあります。

この日、真新しい真っ白い壁紙を見て、ここでどんな子どもたちの笑顔で出会えるだろうかと思うと、特別な思いが沸き上がっていくのを感じました。


学びから決して軸足を外さない、専門性の高い個別支援、個別指導

それでいて、送迎サービスなどでご家族の時間的負担を軽減し、少人数のグループの中で培うコミュニケートと自己肯定の気持ち

その双方を、1日のレッスンの中でうまくバランスをとってコディネートしていく、


新しい時代のニーズの中で、私たち白ゆりが踏み出す次の第一歩、

その春の息吹も、もう手の届く所まで来ているのです。






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子どもが学ぶ意味

 2016-12-05
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私は、大学院時代に脳の機能局在について学びました。

その学習を通して、人間の生存欲求の根幹に、成長の欲求があると確信しました。


成長なくして、子どもの生存はありえない、

成長を目指す方向感こそが、子どもの存在意義をより確かにしていく営みである、

つまり学ぶというプロセスが、子どもの生存の基本であり、学ばなくてもいいという考えは、子どもに生きる意味がないと言っているのと同じことである、

そう考えるようになりました。


私のマンツーマンレッスンを受けてくれている子どもたちは、自分の時間が来るの待ちきれずに、教室に走りこむように入ってくる子どもがとても多いのです。

今日の勉強はこれで終わりと伝えても、首を何回も横に振り、教室から帰ろうとしない子が、1日のうちに何人もいるのです。


学びの充実感、

指導者と心が心が通い合うこと、

そのことによって子どもは、自分の生きている証や、自分の生存にかかわる安心と心の安定感を培っているのです。


楽しい学びの中身、

それは人が生きる根幹に根差している、

だからこそ、子どもから学びを決して奪ってはいけない。


そのことを実証していくために、私は今日も、一つ一つの実践を、しっかりと積み上げていきたいのです。




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新時代の支援

 2016-11-29
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発達支援の事業を始めた頃は、一日の定員が10名でした。

当初はなかなか定員に満たなく、経営面では本当に厳しい状況が続きました。


今ではその定員も1日40人、

来春からは新しい事業所も含めて1日50人の体制となります。

先日お越しくださった行政の担当者の方も、現在の実契約人数が180人と聞いて、目を丸くされていました。


事業を始めた頃は、通所支援の制度自体が、改訂の道半ばといった感じでしたが、今ではそれぞれの地域に、特色のあるたくさんの事業所ができました。

そんな中で、白ゆりの独自性も確立し、いつの間にか私のマンツーマンレッスンがなくとも、定員一杯の子どもたちを迎え入れることができるようになってきました。

私の代わりに、直接子どもの指導にあたる職員の技術も経験も、格段に向上してきました。


先日の指導監査をもって、事業基盤としての私の果たすべき役割は、一つの区切りがついたのではないかと感じています。

これからは、もう一度原点に返ると同時に、さらに一段高いステージから、すべきこともあろうかと感じています。


今後この2つの事業所は、それぞれの新しい責任者と共に作り上げて行こうと考えています。

責任者として、ただがむしゃらに前に進んできた5年間を、とても愛おしく感じます。


私らしい次の1歩の踏み出し方、

この道を、いつまでもまっすぐに進んでいきたいと思うのです。






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子どもの育てに生かす 個別支援の技術

 2016-11-28
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昨日は、前理事長の7回忌の法要でした。

日曜日に予定していた大阪のレッスンは、すべて23日の祝日に振り替え、土曜日には大阪からトンボ帰りというスケジュールになりました。


その土曜日の最後の女の子が、体調を崩しお休みとなりました。

そのお母さんから、以下のようなメールをいただきました。


SHINOBU 先生

おはようございます。

昨晩より娘が風邪をひいて熱を出しており、今日のレッスンをお休みさせてください。
今朝搭乗予定だった飛行機も、泣く泣くキャンセルいたしました。

私がSHINOBU 先生のでところに行くよ!と数日前から言っていたので娘は「せんせ、せんせ」と言っています。

来月のレッスンを楽しみに、日々の生活を頑張りたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。





大阪でのレッスンを受けるために、毎回福岡から飛行機で来てくださっているのです。

思えば平成24年、この子が3歳の時からレッスンをさせていただいているので、もう4年以上のお付き合いです。

お父さんのお仕事の都合で、岡山から福岡へ転居されたにもかかわらず、こうして年に何回も大阪でのレッスンを受けにきてくださいます。


特別な理由のない限り、レッスンには絶対穴をあけない、

土曜も日曜も返上して、私がレッスンにかける源泉は、こうした子どもとご家族の気持ちあればこそで、そのことを私は、何よりの生きがいに感じているのです。


法要が終わった後、水曜日にある園内研修会のプレゼンの準備に取り掛かりました。

先週は監査に追われ、準備をするのはこの時間しかないと考えていました。


「子どもの育てに生かす 個別支援の技術」

私が多くの子どもたちの実践を通して得た支援技術を、これから活躍する若い保育士の育てに生かしたい、

そんな思いで取り組みました。


場合によっては、深夜までかかるかと思っていましたが、予想より早くプレゼンの準備はできました。

特にハードな1週間でもありましたから、体には相当ダメージがあったのでしょう。

パソコンのスイッチを切ると、まるで海の底に沈むこむように眠り込んでしまいました。


そのせいか、今日の私の体調は絶好調、

たまには休みも必要かもしれませんが、今週も、振替レッスンのお申し込みなどをたくさんいただいています。


先ほどは、新しい教室のリフォームの状況を見に行きました。

なかなかすてきな感じです。


毎日、目指すことと、子どもたちの笑顔がそこにある。

一つ一つのことに真心を込め、これからもしっかりと前を向いて歩いていきたいと、心から願っているのです。







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担当課の実地指導

 2016-11-24
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今週の火曜日に、岡山市事業者指導課の実地指導がありました。

認可事業で言えば監査にあたるものですが、私たち通所支援事業所では、今回の実地指導がそれにあたります。


平素から何かとお世話になっている担当課の方が3名お越しくださいました。

児童デイサービスを始めてから5年になりますが、今回が初の実地指導ということになります。


補助金をいただいて建物を建てた関係で、春には会計検査院の実地検査を受けました。

何一つ不正を行っているわけではありませんが、それぞれが初の検査でしたので、落ち度の一つでもあれば、法人の名にかかわることでもあるし、厚い信託を寄せてくださっている利用者の皆様に申し訳が立ちません。

責任者の私としては、特別な思いでこの日を迎えることになりました。


事業を始めるにあたっては、どこかの事業所を参考にするようなとは一切せず、ただ子どもたちやご家族の思いに寄り添うことだけを考えて前に進んできましたから、手続的なことで不安に思う内容は少なくありませんでした。

今回も、いくつかの点で表現の変更が必要であったり、内容を整合させたりする部分についての指導を受けました。

指導を受け点については、すぐにも改善させていただきたいと思いました。


事業を始めて5年、

担当課の実地指導を受ける以前に、補助金をいただくことなど、普通ではありえないことですが、無事今回の指導を終えたことで、私自身は一つ大きな仕事を成し遂げたように考えています。


これで、来春からの新しい事業所の開設申請に弾みがつくというものです。

多くの方の期待と支えがあればこそ、私たちの今がここにあるのです。


コンプライアンスを大切にしながらも、いつも子どもとご家族の願いを受け止め、さらに心の通った支援を充実させていきたい、

私たちの次のステージは、もう目の前にあるのです。








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新大阪教室への思い

 2016-11-19
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大阪や京都に出張レッスンに行かせていただくようになってから、もう7~8年になります。

その関係で、高速や新幹線を使って、何人もの方が、毎週のように岡山でのレッスンを受けてくださった時期があります。

これでは申し訳ないということで、作ったのが新大阪教室、

もう3年にもなります。


土日限定、今は月に3回新大阪のでのレッスンをさせていただいています。

月曜から金曜日は、教室は空き家、

月3回の往復は、当然新幹線。


となると、1回あたりの経費は普通の教室とは比較にならず、事業としてのうまみはほとんどありません。

でも、そのことを可能にしてくださっているのは、利用してくださっている皆様が、経済的な負担をシェアしてくださっているからに他なりません。


新大阪の教室は、全くの個人経営ですから、何の制約もありません、

さながら今では、私の研究の附属小中学校とか、幼稚園とかいった貴重な臨床現場となっています。

ここで儲けようとかは思わず、内容的なことに徹底的に向き合う時間と環境がここにあるということが、今の私にとっての生命線となっているのです。


おかげさまで、岡山の新教室は、開店前にもかかわらず、予想以上のたくさんのお申し込みやお問い合わせをいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

だからこそ大阪は、少し心と時間に余裕をもって、しばらくはクオリティを重視した運営にしていこうかとも考えています。


先日は、新大阪の教室に、会員の方のご紹介で入会してくださる方がいらっしゃいました。

本当にありがたく思いました。

広告を出していた時期もありますが、それをペイするために経営を考えていくバランスも必要です。


内容的な向上と質の高さが、口コミでご紹介の方を増やしていく、

本来の白ゆり教室のスタンスをいつまでも忘れないようにしていきたい。


平素は、白ゆり発達支援センター所長として、皆様の期待と責任を強く受け止める毎日となっています。

だからこそ今、大阪の教室は、私の活動の原点となる位置となっているのです。







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10年もやっていて、初めて気づくこと

 2016-11-18
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今日、3歳の男の子のレッスンがありました。

確かレッスンを初めて3回目くらいの時に、ご両親がレッスンを見に来てくださいました。


それまでは調子よく出来ていたでしたが、その日には、何度もパズルやおもちゃを放り投げてしましました。

せっかくお父さんが来てくださったのに、そんな場面を見せることになり、大変申し訳なく思いました。


しかし、これまでにも、そんな子は何人も見てきましたから、かといって特別困った気にはなりませんでした。

絵本や手遊びが大好きなので、パズルやおもちゃは、そのタイミングが来てからで大丈夫と考えました。


認知に比べて、手指の巧緻性が後から育つタイプ、

出来れば早くそこの育てに取り掛かりたいと、若干あせる思いもありました。


今日のレッスンのことです。

いつもは、私の方で絵本をめくってやる場面がありましたが、どうもそのことを快しと思っていないふうに見受けられましたので、思い切って本児の思うようにさせてみました。


最初は、何となくぎこちない感じがしていましたが、しばらくすると、案外自分で何とかできることに気が付きました。

それどころか、内容的なことがかなり認知出来ていて、それが生きた学習になっていることがわかりました。

言葉によらずとも、内容を共有することで、こうまで心が通じ合い、活動が豊かになるものかと、弾むような気持ちになってきました。


これだけ絵本が好きなら、絵本から数の扉を開けることができるかもしれない。

10年間、何万という個別レッスンを積み重ねて来て、初めて気が付いた内容です。


早速アマゾンで、いくつかの絵本を購入しました。

絵本はいつも高額で、3冊買っただけで数千円にもなります。

でも、その中の1冊でも教材化できたなら、同じような認知特性の子どもの数の扉を、少しでも早く開くことになるかも知れない。

私は、その期待で、胸が高鳴るのを抑えることができませんでした。


汲めども尽きぬ教材研究の奥の深さ、

もっともっと多くの子どもたちからたくさんのことを学び、そのことをさらに以後のレッスンにダイレクトに活かしていきたい、

これだから私は、いつもまでも実践の場から立ち去ることができないのです。









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時の重み

 2016-11-17
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小学校1年生の時からサポートさせていただいている男の子が、来春、高校生となる予定です。

3歳の頃からサポートさせていただいている女の子は、春からは中学生になります。

いずれも8年・9年と、長い期間ずっと私のレッスンを受けてくれてきたわけです。


それぞれに小学校卒業、中学校卒業という大きな節目の時期を迎えるわけですから、ここで何人かの子どもは白ゆりを卒業ということになります。

初めて文字が読めるようになった日のこと、

初めて繰り上がりのたし算ができるようになった日のこと、

一期一会のレッスンの積み重ね、

ここまで子どもと、そしてご家族と共に歩んできた時間は、何にも代えることのできない大切なものとなりました。


支援はいつか除去してこそ、意味をなすものです。

そのあとに残るもの、

決して数字や言葉で表せないそのものが、きっと何かその子のその後の支えとなっていくはず、

これまで私は、そう信じて取り組んできました。


子どもの育ちの8年・9年は、その子の人生の中で特別な意味をなすはずです。

そこに映る私の姿が、いつも笑顔のあふれるものであってほしい、

それぞれの場面で、学びを通して伝えてきたその子の命の輝きを、ずっと心に刻んだままで、新しいやがて来る新しいステージを力強く歩んで欲しい、

そう思うのです。


たった一人の子どもとの出会いから始めたこの教室、

それからもう程なく10年、

限りなく重い子どたちとの出会いが、そこにありました。


この先10年も、信じるこの道をしっかり歩んで行きたい、

心の底から、そう願うのです。






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真の教育者

 2016-11-11
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私は教員時代、研究主任を何度もしましたし、嘱託でしたが教育員会の指導主事もさせていただきました。

どちらかと言えば、一発勝負の大きな研究発表会などが得意なタイプでした。


一方で、そういうことは苦手なタイプの先生もいらっしゃいました。

派手な舞台は得手でなくとも、日々の一つ一つの教育活動にていねいに取り組み、しっかりとした学級を作り上げておられました。

体育館で私がプレゼンの準備をしているときに、クラスの子どもたちと一緒に運動場の草取りなどをなさっている先生の姿を見て、真の教育者は子どもとあゆむその先生の方で、だからこそ私は、その先生のお気持ちに添えるよう自分の役割をしっかりと果たしていかなくてはならないと、気持ちを引き締めたものでした。


今うちの発達支援センターの内容は、とんでもなく高いレベルにまで来たと私は思っています。

もし保護者の方が直接、よそと比べていただいたら、きっとうちを選んでいただけるものと自負しています。


学会など、もっと大きな場で発表してみてはと、勧めてくださる方もいます。

でももうそんな必要以上の派手さは不要で、しっかりと足元を固めていく方が肝要と思い、主任の先生に相談してみたら、彼女も私と全く同じ思いでした。


決して、楽をしたいと考えているわけでも、何かが面倒くさくなったわけでもありません。

目標や夢のないところに、人は集いません。

もう私たちは大きく飾らなくとも、ありのままで、ただ子どもたちの成長と幸せだけをしっかりと見つめていくことが、さらなる次のステージに向かうための基盤になっていくような気がしています。


今の時代に、私たちがなすべき役割は、決して軽くありません。

子どもと保護者の願いを背負う代弁者として、これからも大切なことをしっかりと見つめながら、ずっと前を進んでいきたい。

多くの人がここに集ってくださることを、私は何よりの幸せに感じているのです。










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この先に何がなくても

 2016-11-09
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先日、私のワゴンRを車検に出しました。

もう7年目になる車で、動き出すときに、ハンドルが20秒くらいキューキュー鳴ります。

もう買い替えの時期なんでしょうが、それ以外はちゃんと動くので、動かくなくなるまではずっとこのワゴンRで行こうと思っています。


少し若い時は、いい車に乗りたかったり、いい時計が欲しかったりしたものですが、今では全くそんなことには関心がありません。

ワイシャツだけはきちんと毎日アイロンの効いたものを着たいですが、高級ブランドのスーツや、カバンなどには全く興味がありません。


先生が、どうして年式の古いワゴンRに乗っているのか、不思議でたまりません、

いつも行っている所の美容師さんが、以前そんなことを言っていたのを覚えています。

若い人の中には、こんな私の物欲のなさに、驚く人も少なくありません。


土・日や祝日は、たいていは県外に出かけて、レッスンをしています。

オフの日は、年に数回しかありません。


そのことに驚かれる方も多いのですが、もう10年ずっとそんな生活をしています。

もしも毎週休みのある生活と、今の生活とどっちを選ぶかと尋ねられたら、0・5秒で今の生活を選びます。


もしかしたら誤解を招く言葉なのかも知れませんが、私はもう、このまま死ねたらどんなに幸せだろうかと思っています。

ここから先にあるものは、今の幸せの延長線にあることであって、子どもの成長や幸せのために、自分が何かお役に立てること以上のものは、きっとどこにもないと考えています。


私はもう、これで十分、

私の人生の後は、真心を込めたレッスンを、1つでも多く積み重ねていく、ただそれだけです。


最近、3歳くらいの子が、次々に新しく私のレッスンを受け始めてくれるようになっています。

本当に幸せです。


一度お引き受けさせていただいた子の育てに、何らかの答えを出すまでには、最低3年くらいはかかります。

無責任にリタイアなど、当分できません。


先生は、いつも生き生きしていると、よく言われます。

誰が私の命をつないでくれているのか、

その答えを私は知っています。


一体何が、人の人生を豊かにしていくのか、

そのことを私は、自分の生き方を通して、子どもたちに伝えていきたい。


だから私は、ただ信じる自分の道を、まっすぐに前に進み続けていくのです。






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私のなすべきこと

 2016-11-07
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昨日は、「岡山県産婦人科医会」 様主催の、「おぎゃー献金合奏会 定期演奏会」にお招きいただき、とても意義深い時間を共有させていただきました。

冒頭の会長様のご挨拶の中で、わざわざ私の名前をご紹介くださり、大変驚き、恐縮に感じました。

http://okayama-shirayuri.com/nc_images/pdf/2016.11.06.pdf


会場で、私が教えている何人もの子どもたちとそのご家族と会いました。

なかなか普段接することのできない生の合奏から、子どもたちの心の中に、大切であたたいものが流れ込んでいくように感じました。


いくつかのレッスンをキャンセルしての参加でしたが、来てよかったと心の底から思いました。

そして、子どもたちの成長と幸せを願ってくださっている方が、こんなにも心を一つにしてお取組みくださっていることを知り、胸が熱くなるのを抑えることができませんでした。


時間の都合もあり、最後まで拝聴させていただくことはできませんでした。

次年度は何とか、こうしたお取組みの中で、私たちももっともっとお役に立っていきたいと思いました。


日々レッスンに明け暮れる毎日であったからこそ、こうした会にもお招きくださったるご縁がつながったのだと思います。

だからこそ、これからの私がすべきこともあるのです。


レッスンを大切にする気持ちに、微塵の変化もありません、

1人1人の子どもたちの成長と幸せのために、今の私がすべきこと、


新しいステージでの自分のなすべき役割と責任、

会場を後にしながら、そのことも、しっかりと見つめていきたいと、強く思ったのでありました。






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子どもの行動改善

 2016-11-04
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教育は先手、

私のレッスンは、いつも準備と事前の手立てが命で、万が一の場合の対応にも、待ってましたとばかりに対応できるように、と考えています。

しかし、今朝のレッスンでは、私がトイレに行っている際に、先に子どもが教室に入り、自分の学習席ではなく支援者席に座ってしまい、注意してもてこでも動かないというような状況になってしまいした。


このようすをご覧になったお母さんが、「どうしたらいいでしょう? 最近家でもこんな場面が多くて… 力づくで動かした方がいいでしょうか?」 と心配してくださいました。

私は、この子が学びに来ていることを確信していますから、こんなことで、今日のレッスンをパアにするはずかないと思っていました。

そこで、「まあ見ていてください、ちゃんと自分の意志で着席させますから」 とお伝えし、アプローチを開始しました。


きっと先生席に座って、いろいろと興味のあることをやってみたかったのでしょう、

でも、それ以上に、ここでの学習を楽しみにしているはずです、

一時的な欲求で、その基本的なデマンドが崩れるわずがない、というのが私の基本的な見立てです。


「○○ちゃん、そこは先生の席だから、そこに座っていると勉強はできないよ」

「いつもの所に座りなさい」

そう言っても、にやにや笑って動こうとしません。


「じゃあ、先生は一緒に勉強できないから、あっちの部屋にいくよ」

そう言うと、ちょっと表情が変わったのが見て取れました。

表出言語なんてなくても、ちゃんとコミュニケートがとれている証拠です。


3分ほど間をおいて戻ってみると、動きが少しそわそわし始めました。

やっぱり勉強がしたいに違いありません。


「そうか、残念、 あんなに先生楽しみしていたのに~」

「じゃあ、今日はこれでおしまいです」

バイバイ~、と私が言いかけた瞬間、その子は跳ね起きるように学習席に駆け足で戻っていきました。


「この子は、誰よりもポジティブで、向上心の願いの強いお子さんです」

「だからマイナス行動をしても、ちっとも得にならず、逆に心の中の向上心を満たすような場を作って、きちんと評価して足れば、マイナス行動を起こす動機も意味もなくなるのです」

「最後は少しトーンを落として、言うのがポイントですよ」 とその3分間の間に、応用行動分析のアプローチをお母さんにお伝えしておきました。
お母さんは、ものの5分も経たない間に、その子の体に触れることなく、きちんと学習席に座らせる私のかかわりを見て、「まるで目の前で魔法を見ているようだ」 と、とても驚かれていました。


子どもの成長を心の芯から信じているのが、教育者であり、教育者と子どもは相互の信頼感で結ばれた特別な関係です。

薬ではなく、教育の力で、子どもの望ましい行動変容と成長を目指していきたい。

私たちのチャレンジは、これからもずっと続いていくのです。






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支援除去のテクニック

 2016-10-31
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昨日の大阪でのレッスンのことです。

4年生の子と、15-3×4  や 12-(1+4) のような四則混合の計算問題に取り組みました。


最初は、やや自信なさげな表情でしたので、少し厚めの支援を入れて、エラーが起きないように問題解決に取り組んでいました。

途中でリズムがつき、要領を得てきましたので、20問中半分の10問は支援を入れて、残りの10問は自力解決させてみることにしました。


自力解決の場面では、最初は少しとまどったり、迷っているのが見て取れました。

が、ここは自力解決可能と判断し、喉から手が出るほど言いたい補助発問をぐっと飲みこんで、その子のトライ&エラーを見守ってみることにしました。

何度か消しゴムに手をやったあと、その子は小さく 「うん」 とつぶやきました。

ついに、四則計算の手順が、自分のものになった瞬間です。


よい学習とは、決して支援者が目立つレッスンではないのです。

むしろ支援者は何も言わず、その子自身の手や頭や口が、フル回転し、学習場面の構成が動き出したたら、以下何もしなかったがごとくニコニコと子どもの学習を見守る支援者こそが、私の目指す一人前の支援と言えるのです。


簡単そうに見えますが、こと実践場面となると、そうやすやすと出来ることではありません。

だからこそこの技術を、私は後に続く先生たちに伝えていきたいのです。


大阪の教室は、私にとっての臨床最前線、

技術を磨き上げるうえで、なくてはならない場所なのです。






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矛盾しない二つの価値

 2016-10-28
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それぞれの子どもの発達のレベルや特性に応じた教育内容を構成していくこと、

どの子も同じ一人の子として、同じようにその存在を大切にしていくこと、


文字だけを眺めていると、この二つは相反する内容にも見えますが、私はこの二つの視点こそ、子どもを大切にするというページの表と裏の関係で、矛盾どころか全く同じ内容であると考えています。

この感覚をはき違えることが、えてして母子を、一瞬にして奈落の底に陥れる元凶になっているにつながっていきます。


決してみんなとすべてを一緒にしてほしいと言っているわけではありません、

ただこの子にも、このなりの学びの場を与えていただきたいと思うのです、


たったこれだけのことが、どうしてわかってもらえないのか、

これまで何度も、こうした苦しい胸の内をお伝えくださるご家族に出会ってきました。

決して差別と思っていないその一言が、決定的に母の胸に突き刺さっていくことが、何よりも恐ろしいことなのです。


画一的ではない多様な人の価値を、まっすぐに見つめること、

それは子どもたちとのかかわりを通してこそ、身についていく人権感覚です。


そもそもが分けて育てていて、どうして子どもたちにそれが身についていくでしょうか?

その人としての基本的な感覚には、小さい時でしか身につかないこともあるのです。

準備ができていなから、インクルージョンが容易でないかないからやらないのなら、一体いつになったらそのことが叶うというのでしょう。


私の今のこの感覚は、のべ10000時間をはるかに超える個別指導の臨床実践を通して、やっと身についてきたものです。

何百人という保護者の皆様の、血の出るようなご苦労をお聞きしたからこそ、思う気持ちです。


それがたやすいことだとも、夢の国のことだとも思っていません。

もしかしたら、永遠の課題となるのかも知れないとも思っています。


認定こども園になり、発達支援センターから多くの子どもが、認定こども園白ゆりの子どもとなりました。

記念すべきその最初の運動会は、多くの人の感動と涙に包まれていました。


この子たちは、それが当たり前のこととして、未来の日本を支えていくのです。

私はこの先の人生のほとんどを、そういうことに注ぎながら、全力で駆け抜けていいきたい、

そのことは不幸でも何でもなくて、私の幸せそのものなのです。






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お金の感覚

 2016-10-26
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先日、何だかとても楽しそうな雰囲気だったたので、小学生のグループレッスンのようすをのぞいてみました。

紙のお金をもった子どもたちが、真剣にその日食べるおやつを購入しているのです。

1人100円、飲み物は50円、同じ品物は3つ以上は購入できないというルールが決められていました。


お金はレプリカですが、この設定の中では電子マネーと同じ、しっかりと通用する通貨です。

しかも商品は、正真正銘のリアルです。


プリントの学習は苦手でも、こういう場面では、目を輝かせて取り組む子もいます。

そういう子には、プリント学習の中でも、こうした数感覚が生きる子どもに育てたい。


逆にプリントではしっかり計算ができるのに、こうしたリアルなおつりのやりとりには、手間取る子どももいます。

そんな子にも、こうした教育的な設定が意味をもってきます。


先日は、先生がゲーム大会の勝ち抜きトーナメント表を、とてもていねいに仕上げ、係の子がそれはそれは嬉しそうな顔をしていました。

白ゆりに来ると、子どもの表情が変わる、

難しい理論や肩書よりも、こうしたセンスにこそ、支援者の愛情と力量、そして教育的な信念が垣間見えるものだと思ったのでありました。






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豊かさを加味していく育て

 2016-10-21
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私は、実際に諸外国の教育事情に直接ふれた経験があるわけではありませんが、お仕事等の関係で、海外でお子様の教育を受けられているお母さんの話は日常的に伺っています。

そうしたお母さんのお話をお聞きするたびに、分離教育が当たり前なのは、日本だけのことなんだと感じています。

分けて育てるより、分けないで育てる方が、教育効果が高いことが当たり前のように実証されてされていると聞き、さもありなんと考えています。


一方で、同じ屋根の下にいるだけで、子どもが育つと思っているわけでもありません。

どの子にも、その子の発達段階や特性に合った豊かな教育の質が必要なのであって、それは障がいのあるなしにかかわらず、それこそが教育の基本なんだと思っているのです。


特性理解に基づいた個別の教育は、集団の中にしっかりとした教育の基盤があってこそ初めて生きる、というのが私の揺るぎようのない信念です。

つまりは、集団から切り離して何かをする教育ではなく、それに豊かさを加味していくような支援のスタンスが重要だと考えているのです。


私が個別のお迎えに行ったとき、充実している運営をしているクラスの子は、実にあたたかいまなざしをしています。

その子を自分のクラスの大切なお友達として、送り出してくれていることが、伝わってくるような気持ちになります。

個別レッスンを終えて、集団の中に帰っていくその子の足取りも弾んでいます。


まさに多様性を受け入れているクラスは、一人一人がクラスの大切な一員として受け入れられ、それぞれが自分と友達に対してプラスの気持ちをもっているのです。

友達を大切にしているクラスは、まちがいなくそれぞれの子が先生や友達から大切にされているのです。

これがない所に、どんな権威ある指導者がやって来ても、どんなテクニカルな技を駆使したとしても、決してそれで十分ということにはなり得ないのです。


どんな新米の先生であっても、子どもにとっては、誰よりも大切な担任の先生です。

その誇りと愛情、そしてその使命感が教育者としての命です。


私は、そんな真摯な先生を、全力で支えていくことが、自分の重要な役割の一つであると考えているのです。






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早期療育

 2016-10-18
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私が支援学級の担任だったころ、私が教えていた2年生の子に、誰よりも早く九九をマスターさせ、交流学級の子どもたちを驚かせたことがあります。

○○君すごい、と多くの友達に囲まれている姿を見て、ご両親がとても喜んでくださった日のことを、今でもはっきりと覚えています。


自慢ではありませんが、私は一論車に乗れます。

なので、この子に一輪車を乗せてみたいと頑張りましたが、もう一息というところで、私は転勤になってしました。

今からもう、10年以上も前の話です。


今日の夕方、何気なくこども園の運動場をのぞいてみました。

すると、何とこの春からこども園に入園した子が、一輪車に乗れるようになっていました。

私が見た時には、まだ数メートルという感じでしたが、ここまでくれば運動場一周に、そんなに時間はかかりません。


同じように協応運動の苦手なタイプの子ですが、就学後となると、なかなかこんなふうには出来ません。

運動などの感覚は、まさに早期の指導が重要だと、改めて思い知らされた瞬間なのでした。


先取りして花が咲くこと、

じっくり育てて実を結ぶもの、


教育の世界も、プロのレベルとなると、マニュアルや方程式だけでは太刀打ちできません。

早期療育とは、中身が大事あって、結果を出してこそ初めて意味をなすものです。

どこかの屋根の下にいれば、それだけで大丈夫というものでは決してないのです。


小さい頃に、むやみに集団から切り離すだけでは、マイナス面の方が私は多いと考えています。

集団の中に居場所がしっかりとあって、それでいてそれぞれの子に応じた豊かな教育の場を、

このブログを始めた時から、ずっと伝え続けてきた内容です。


そのことを論理だけでななく、具体的な事例を通して世に示していくこと、

また一つ、大切な1ページが、私のブログに刻まれたのでした。







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学びに代わるもの

 2016-10-17
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私は、教科の学習をとても大切にしています。

それは、障がいの種別や軽重とは、まったく無関係です。


重い課題に向き合っている子は、勉強が嫌いだと思っている人がいるかいないか知りませんが、実際はそんな子ほど逆に、良質の学びを欲しているのだと感じています。

勉強そのものが嫌いなのでは、決してありません。


特性理解に基づく課題設定や研究が、標準的なものと比べて遅れているために、えてして適切な支援や題材の構成が出来ていなかったりしがちなことに加え、他者と比較して、君はダメだとまたりすれば、それが嫌になるのは誰だって同じことです。


例えば因数分解が出来たり、難しい化学式が解けたとします。

それはそれで、何よりすばらしいことではありますが、因数分解自体が生活の中で直接役に立ったり、その子の幸せにダイレクトにつながっていくということにはならないはずです。


2歳の時から、新大阪の教室に通っている女の子がいます。

最初の頃は、同じ色のカラーボールのマッチングもおぼつかないようすでしたが、この1~2年で、数も言語もコミュニケートも行動のコントロールも、格段に向上してきました。

こんなことなら、最初の頃のようすを動画記録に残しておけばよかったと、かなり後悔しています。

今や大阪の期待の星です。


この子とのレッスンは、お母さんが横に座って、母子で一緒にする活動が増えてきました。

それは決して母子分離に不安があったり、何かを母に依存しているということではありません。


これまでたくさんのすばらしいご家族の皆様と共に歩んできましたが、このお母さんが、この子の学びにどれだけの深い思いをもっているか、はかり知れません。

そしてその学びのプロセスを通して、この子が他のことでは替えることのできない大切ものを、どれだけ培っているかが、痛いほど感じとれるのです。


自分に対するプラスの気持ち、

向上心、

目標に向かってチャレンジすることのすばらしさ、

未知の文化へのあこがれや希望、


子どもの時に、しっかりと学びに向き合った子は、必ずやかけがえのない大切な宝物をその心に抱き、社会に力強く社会にその足を踏み出し、自分の命の大切さと他者をいつくしむすてきな人に育つに違いありません。

子どものときに学ばない子が、いったいいつになったら学ぶことができるのでしょう、


せめて子どものときに、そうした豊かな文化を、その子の手のひらにしっかりとのせてあげたい、

それが私が生涯求めてやまない学びの形であり、ライフワークとなっているのです。


子どもが出来たーって笑顔を見せた時、私は脳の中に何か液が流れるような気持ちになります。

うちの教室の先生に、そのことを尋ねたら、私もそうだという返事が返ってきました。


まさか本当に、セリトニンの分泌を体感できたわけではありませんが、もはやこれは中毒症状に近い快感があります。

こうした学びを通してつながっていく信頼感は、母子でなくても、支援者とても同じことです。


学びの形はいろいろで、これでなければならないというものはありません。

私のやっていることが正解で、他のアプローチがだめだなんて、思ったこともありません。

しかし、それがどんな形であれ、学びのない所に、子どもの育ちは決してないと思っています。


学びを通してつながる絆、

子どもの学びに代わるものなど、本当はどこにもないのです。






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表現力 その育ちのステップ

 2016-10-15
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昨日のことです。

小学校中学年の頃から、ずっと国語のレッスンをさせていただいている女の子に、大切な育ちのステップが見られました。


それまでは、問題文に対する解答のほとんどは、教材文から該当の箇所を切り取って書き写すことがほとんどでした。

しかし、昨日は違いました。

該当の箇所を読み解き、それを尋ねられた内容に合わせて、自分の言葉に書き換えているのです。

本人にも伝えましたが、まさに文字に魂が宿った記念すべき瞬間です。


この日は、彼女が修学旅行から帰ったその足で、私の教室に足を運んでくれたのでした。

USJの大きなおみやげの袋を嬉しそうに抱えていた反面、きっと疲労度はMAXで、体調も万全ではありませんでした。


そういうことなら、この日のレッスンは少し早めに切り上げようかと思いましたが、学習が進むにつれて、そうではなくてこの日のレッスンを最高の形でしめくくることこそが、この子の気持ちに応えることになるのだと思えてきました。

時間のほとんどは彼女の自力解決の時間でしたが、彼女が文字とどう出会い、それをどのように内言化しているのかが、私には手に取るように見て取れました。

ややハードな設問での補助発問は、吸い込まれるように彼女の心の中に入り込んでいきましたし、補助発問をしようかどうか迷っていると、はっと気が付いたように答えを記入し始めるような場面は、1度や2度ではありませんでした。


あれから5年、

当時のようすを思い浮かべれば、正直こんな日が来るなんて、予想もできないことでした。

だからこそ私は、子どもの可能性、教育の可能性を、心の芯から信じることができるのです。


この子たちがいたからこそ、私は支援者としての力量を、ここまで高めていくことが出来た、

母から託された教育的な出会い、

支援者と子どもとの深い絆と信頼感、

教育者としての夢と誇りを、この子たちがみんな、私に与えてくれているのです。




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あなたを先生と呼ばせたい

 2016-10-12
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今からもう10年近く前にもなりますが、私が白ゆり教室を始めた頃は、先生は私1人、生徒はたったの3名でした。

たった一人で始めた教室も、今や職員が10名を超え、来年度にはさらに何名かの職員が新しい仲間として一緒に働いてくれる予定です。


中には、白ゆりの職員になった以降に、保育士の資格を取得した職員がいます。

わが子の育てにかかわった経験を、わずかであってもよいから他の子の幸せに生かしたい、そういって白ゆりの門を叩いてくれた職員もいます。


私が採用した以上は、どの職員も、子どもの前に立てば先生となります。

逆に言えば、私の目にかなう人材であれば、白ゆりの先生となっていただくことが可能だし、そうした人材を育てていくことが、今や私の大切な仕事となっています。


有資格者は、もちろん大歓迎です。

ですが、資格があれば免許皆伝というものではなく、それだけでプロとして子どもの前に立たせるわけにはいきません。


必要なのは、子どもの教育にかける深い思いと情熱、

どんな努力をも怠らない謙虚さ、

レッスンから何かを吸収しようとするひたむきさ、

私の望む先生としての素養は、そんなところにあるのです。


大切な子どもを託される責任と使命感

志ある方は、どうか私に声をかけていただきたい、心からそう願っているのです。






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白ゆりの実力

 2016-10-05
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この4月から、岡山市北区伊福町に 「白ゆり小規模保育園」 が、開設しました。

0歳から3歳までの子が、20名近く通ってくれるようになりました。

http://www.shirayurikai.com/syokibohoiku/



準備体操が終わって、3歳の子から順に長縄跳びが始まりました。

最初の子の演技が始まったとたん、  会場から 「おーっ」 というようなどよめきが起きました。


0歳の子が、鉄棒にぶら下がった時にも、同じようなどよめきが起こりました。

そのどよめきは、他の演技の時でも、何度も何度も起こりました。

小さい子が懸命に演技をするたびに、あたりは何とも言えないあたたかい雰囲気に包まれていきました。


小規模保育園のある学区には、以前勤務していた小学校があり、当時教えていた教え子のお子様もその中にいたりして、格別な思いがありました。

あたたかさと感動に包まれながら、記念すべき白ゆり小規模保育園、開設第1回目の運動会は閉会しました。


法人を代表して、運動会の閉会のご挨拶をさせていただきました。

同じこの建物の三階で、来年4月から、発達支援センターの新教室も開設します。


これから子どもたちと、いったいどんな素敵なドラマが繰り広げられていくのでしょうか?

白ゆりを選んでよかった、

閉会のあいさつでご家族と子どもたちの笑顔を見ながら、そう心の芯から皆様に思っていただけるよう、職員と共に努力を積み重ねていきたいと思ったのでありました。








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数感覚

 2016-10-04
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今日、5歳の子のレッスンがありました。

数のプリントをしていた時のことです。


いつもは、1・2・3・4・・・ と、順序数の1対1対応で数を数えていた子が、突然 「あっ、なんかわかる」 と言って、5と5のかたまりが2つある問題を、いきなり10と答え、3のかたまりが3つある問題を即座に9と答え始めました。

それを言語に置き換えて説明したわけではありませんが、5のかたまりが2つあれば10になり、順序よく並べた5のかたまりから1つ欠けたものが9であることを感覚的にとらえることが出来始めたわけです。


私の喜びは、いかばかりであったことでしょう、

一輪車も、二重跳びも、竹馬も上手に出来るようになってきたと、笑顔で教えてくれるその横顔に、すくすくと伸びる成長のエネルギーを感じないではいられません。


どんなにしんどくても、レッスンには、決して穴を空けない。

生活面の節制には、日々留意しているつもりではいますが、この年になると、体調が万全の日の方が少なくなってしまいます。

それでも気力が回復し、それに伴うようにフィジカルも復活していくのは、こうしたうれしい子どもの成長に、ダイレクトにふれることができているからに違いありません。


ここに来て、2歳・3歳の子が、次々に新しい教え子となって私のレッスンを受けてくれるようになりました。

あと何年、現役の最前線で戦うことができるのでしょうか?

こうたしたチャレンジの日々を、1日でも多く積み上げていきたい、

心の底から、そう願う毎日なのでありました。







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こうして起こる教育の奇跡

 2016-09-29
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今朝、こども園の朝のようすをのぞきに行きました。

私が、マンツーマンレッスンをしている子が、何人もこども園の中にいて、私の顔を見るとそれはうれしそうに、笑顔いっぱいの表情に変わります。


私は、こども園にのぞきに行くときは、マンツーマンレッスンをしている子もそうですが、そうではない子と努めてコミュニケーションを図るようにしています。


二重とび出来るようになったの? やってごらん、

一輪車も乗れるようになったの? すごい、すごい、


と、まあこんな感じです。


みんな私が、○○ちゃんに個別に勉強を教えていることは、知っています。

だから、こうして私が声をかけた子は、まちがいなく個別をしているその子のことを大切にしてくれます。

子どもは、集団の中で育つのですから、その子を取り巻く集団を育てていくことが、とても大切な事柄であると考えています。


この日、4歳になる男の子が、ついに独立歩行ができるようになったと聞いたので、楽しみに見に行きました。

この子も、私がマンツーマンレッスンをさせていただいている子どもです。

保育士に手をひかれながら、来る日も来る日も頑張った成果が、ついに形となって表れたのです。


もちろん、医療関係の専門的な先生のご努力と専門性あればこその快挙であると思っていますが、子ども集団にしっかりした居場所と教育的なかかわりを持ち続けることができたことを、私たちは大きな誇りに思うのです。

独立歩行が出来るということは、単にこの子の運動機能が向上したということだけではなく、その後の認知や判断、身辺自立、コミュニケーションや生活力の向上にダイレクトにつながっていくものだと考えています。


そんなことを知ってか知らずか、私の顔を見ると、何人もの子が次々にハイタッチをして私の前を通り過ぎていきます。

どこ子も同じ白ゆりの大切な子、

みんな同じ大切な命、

専門性の名のもとに、その大切な輪の中から切り離すようなことは、決してあってはならない。


お友達の命の大切さを知った子は、間違いなく自分の命の大切さを見つめなおすことにつながっていきます。

ピュアな感性をもった子どもたちと、共に生きるすばらしさと感動を、これからもずっと共有していきたい。


こうして起こる教育の奇跡、

単に分ければ育つというものではない、

人は、人とのかかわりの中で、育ち伸びていくものなのです。








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マイナス行動の無意味化

 2016-09-28
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ある子どもが、つみき遊びに夢中になって、なかなか次の活動に移れませんでした。

先生が、そのつみきを片付けようとしても、頑として言うことをききません。


しばらくそのつみき遊びが続いていましたが、タイミングを見て、別の先生がその子の大好きなアンパンマンの音の出る絵本を持ってきました。

○○ちゃん、先生とアンパンマンの絵本いっしょに見ない?

さあ、上手につみきの片づけができるかな?


そう言うと、その子はさっとつみきを片付けて、先生のひざの上で、アンパンマンの絵本を一緒に見ていました。

そして程なく、その子も集団の流れの中に入り、みんなと楽しく活動を始めました。


「時間が来たのだから、ちゃんと片付けなさい」

そう指導する先生の役割は大切です。


その先生がいればこそ、タイミングをみて別の先生は、その子のプラスの気持ちを引き出しながら、その子自らの手でつみきを片付けるようにうまくサポートすることができました。

やがては、こんなサポートの先生がいなくても、この子だけできちんと切り替えの出来る子に育てていくことが、私たちの育ての目標になるのです。


白ゆりの職員なら、リアルな保育の流れの中で、応用行動分析の手法を生かす取り組みをしてほしい、

研修会の中で、何度か私は、そう職員に話す機会がありました。


子どものマイナス行動の裏には、必ずその子の願いが隠されているはず、

ならば、そのエネルギーをうまく、プラスの行動へと導いて、即座にそのことをほめてやること、

そうすれば、もはや子どもにとって、マイナス行動を続ける意味がなくなるに違いない。


先日、初めて見学に来られたお母さんが、何とも言えない白ゆりのあたたかい子どもの笑顔を見て、驚いてお帰りになりました。

心通う場面では、マイナス行動なんて、何も意味がなくなるのです。


子どもの内発性を信じること、

言語があってもなくても、気持ちをしっかり通わせること、

さすれば子どもは、自ら必ず望ましい方向に向かって歩み始める。


たとえどんなに時間がかかろうが、それができない子どもはいない、

私たちの誇りと信念を支えるもの、

子どもの育ちに勝る宝は、何もないのです。





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そこにある恐怖

 2016-09-27
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先日、私あてに宅配便が届きました。

何だろうと思い、中を開けてみると、永年勤続10年のお祝いのカタログが入っていました。

どうやら小学校の教員を退職したあの日から、社会福祉法人の一員になり、いつの間にか10年経ったということらしいです。


この間、私の中では、時が止まったままの状態です。

ただひたすらに、何かを振り払うように前だけを向いて、がむしゃらに歩き続けた10年がそこにあるのです。

一方では、そのことによって普通ではないことが出来たのかもしれませんが、他方では、目をそらしてはいけない大切なことを避け、自分に襲ってくる恐怖心を払いのけるために、のめりこむように仕事に打ち込んできたのだと考えています。


私のエネルギーの源泉が、自分自身に対する恐れにあることは、ずっと前から感じていることです。

その恐怖から逃れることができたのは、そこに私のレッスンを楽しみにしてくれている子どもたちの笑顔があったからであり、ご家族の皆様の期待や信頼感があったからに他なりません。


自己肯定感は、決して自らの手によるものではなく、他者とのかかわりの中から培われていくもの、

私には、子どもの肯定感を支えていく教育の仕事より他に、自分の生きている価値を見出せるものはありません、


こんな自分でも、必要としてくれる子どもが待ってくれている、

強烈な自己否定の嵐の中から、私を救ってくれたのは、いつもそんな思いでした。


私は、ちっとも偉くも何ともない、

一人の力では、きっと何もできないまま、つぶれていたに違いありません。


支えてくれた人がいるからこそ、今の仕事に打ち込むことができる、

自分に自信がもてない臆病者、

それがあるからこそ、私はこの仕事に、打ち込むことができるのです。








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保護者の自己決定を支える

 2016-09-26
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私はこれまで、多くの保護者の皆様からのご相談を伺ってきました。

決めていただくのはご家族の皆様ですから、より豊かな自己決定をしていただけるよう、その内容を受け止め、状況を分析し、これまでの多くのケースがその後どうであったかなどの情報提供を行い、最後に私の率直な気持ちをお伝えさせていただくようににしています。


先日、5年生の男の子のケースで、転校するかどうか迷っているご家庭がありました。

ご両親で意見が分かれており、その双方とも妥当な理由があっただけに、判断に迷う局面でした。


相談の最後に、「SHINOBU先生ならどうされますか?」

そうお尋ねになりましたので、「きっと最後の最後まで検討するとは思いますが、私なら最終的に転校を選ぶと思います」とお伝えしました。

その場でお母さんは、わかりましたと一言だけおっしゃり、教室を後にされました。


お父さんも、就学前から、幾度となく私のレッスンをご覧いただいている方です。

ご相談の日は、お仕事でお越しくださることはできませんでしが、結局、転校の道を選択されました。


私の言ったあの一言が決定打になったと、後日お母さんはお伝えくださいました。

PTA会長までされているお父さんが、こうした経過の中で転校を決意されるには、相当に深いご判断が必要だったことでしょう。


そのお子様の、転校後の初のレッスンが昨日ありました。

「何組になった?」 と聞くと、「2組」 と元気よく答えてくれました。

多くを語らずとも、その学習に向かう横顔から、私には何かあたたかいものが、心の中に流れ込んでくるような気持ちになりました。


保護者の心のスイッチを押すに足る存在感と実績、

その決断力と状況分析力、そして何より子どもの気持ちを大切にする教育的で深い気持ち、


器でもない私が、そのことを保ち続けるのは、本当に苦しくもつらい作業です。

私が背負う責任は、もはや普通ではないのです。




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Author:SHINOBU
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