イタリアからの便り

 2017-06-20
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↓ 先日、今イタリアで勉強している女の子のお母さんから、下記のような内容のメールをいただきました。


今週でイタリアは学年末の授業が終わり、明日から夏休みです。

すでに、上記のサイトで成績表も見ることができました。
成績もコメントも、本人の頑張りをとても評価してくださったものでした。

日本ではインクルーシブ、インクルージョンというと分けないこと、統合することを言うのに、イタリアではもともと分けてないので、時間割で支援する授業、取り出す授業がインクルーシブと呼ばれるのが新鮮でした。

このシステム、この形だと支援教育の意味がよくわかります。
もともと「分けない」が大前提というのは、気持ちが本当に楽です。こんなに清々しいのかと、改めて思います。
先生との気持ちの行き違いや、細かい差別的な要因がないので、心から学校にお任せできます。

>>ただ単に、特別支援学校を廃止するだけで、それが子どもの成長や幸せに寄与するとは思っていません。
>>ただ同じ屋根の下にいるだけで、子どもが育つとも思っていません。

私もそう思っています。先生の「インクルーシブ教室」の真の意味が、日本にも広がって根付くこと、願ってやみません。

娘はたくさんの経験をまた積んで、来週帰ってきます。
夏のSHINOBU先生のレッスン、楽しみにしています、どうぞよろしくお願いします。





今からもう8年以上も前のことになるでしょうか?

私は、この子がお母さんと一緒に、京都から岡山の教室に来てくださった日のことを、まるで昨日のことのように覚えています。

イタリア人のお父さんと二人で、岡山にお越しくださった日のことも忘れることが出来ません。


このことがご縁で、京都と大阪に教室ができ、そこからすばらしい多くの子どもたちとそのご家族に出会うことができました。

「もともと分けないが大前提」

私がこの子との出会いから、学んできたものは、はかりしれません。


教育の仕事を志し、こうした出会いの中から、私がなすべき役割、

こんな自分でも、子どもたちの幸せのために、なすべき何かがあるということ、

それさえあれば、私は何もいらない、

どんな苦難があろうが、そこに進むべき道があることを、私は何よりの幸せに思うのです。








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私の城

 2017-06-14
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この4月から、私が執務する拠点が、小規模保育園の3階にある個別指導室となりました。

元々は倉庫だった場所をリフォームしたもので、最初は本当にここでレッスンや事務ができるものかと、当時は不安いっぱいでした。


四畳半にも満たない小さなスペースですが、実際に完成し稼働が始まると、パソコン、プリンター、スチール書庫、シュレッター、IPAD、知育いす・デスクが備えられ、発達支援センター、新大阪教室と並ぶ3つ目の個別指導の拠点ができたことに、大変大きな喜びを感じることとなりました。


狭いスペースではありますが、手を伸ばせばすぐの所に、何もかもが揃っているのですから、実際の事務仕事は大変はかどります。


岡山駅近くの私の事務所から出た場合、ここまで通勤時間は3分もかかりません。

新大阪の教室へも、ここからなら1時間以内で行くことが出来ます。

市役所もハローワークも労働基準監督署も法務局も、岡山大学へも就実大学へも、すぐに行くことが出来ます。


あのリフォーム前の様子を知っている人は、ほとんどいなくなりました。

隣の指導訓練室には、連日ほぼ定員いっぱいの子どもたちの笑い声が、聞こえてくるようになりました。


ここはゴールでも通過点でもなく、次のステージに向かうための、私のスタート地点となったのです。

何もない所から、何かを作り出していく営み、

そこにしっかりとした理念や、子どもの育てにかかわる熱い思いがなければ、何も乗り越えてはいけません。


そう言えば去年、ここに教室を開く際には、次から次へと無理難題が降りかかってきて、何度も気持ちが折れそうになったことがありました。

今となっては、そんなことも遠い昔のことのように思えてきます。


次に私がすべきこと、

子どもたちとそのご家族のために、

今の立場にいる自分だからこそ出来ること、

しなければならないこと、


3階から見える岡山の景色を遠くにやりながら、その大切な一歩を、しっかりと見つめて行きたいと思っているのです。









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うれしい便り

 2017-06-11
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↓ 昨日、ある5年生の女の子のお母さんから、以下のような内容のメールをいただきました。



いつもお世話になりありがとうございます。


嬉しいことがありましたのでSHINOBU先生に一番にお伝えしたくてメールをさせてもらいました。

担任の先生が娘のテストのことで悩んでおられどうしたら良いかと聞かれました。

娘にはみんなと同じテストはしんどいのではないかとおっしゃっていたので、いつもSHINOBU先生が娘にご指導して下さっている方法をお伝えしてそれでもダメでしたら娘の能力に合ったテストにして下さいとお願いしました。

昨日、娘を迎えに学校まで行くと担任の先生が昇降口に来られてとても嬉しそうな顔をして

「お母さんが教えてくれた方法でテストをしたらこんなにできました!ヒントから選んで解答したのですがわかっていないとヒントから答えを選べませんよね!読みはほとんどわかっていますね!すごいです!今日はいっぱい褒めてあげて下さい」

とテストを見せてくれました。

担任の先生の気持ちの中で娘はできない子ではなくてこうすればできるんだと理解してくれたことを感じました。一歩前進したことを感じとても嬉しく思えました。

SHINOBU先生のご指導のお陰です。
本当にありがとうございました。

次回のレッスンも親子で楽しみにしておりますのでよろしくお願い致します





これまで、この子の漢字学習に対する集中度は、普通ではありませんでした。

ただ、内言化されたものを書字化するプロセスの中には、どうしても一定の視覚情報を添える支援が必要でした。

ただ、そこに支援を入れていく学習を積み重ねていくうちに、その部分の脳のネットワークが次第に豊かになっていくのが見てとれ、私の支援も段階的に除去できるレベルに迫ってきていました。


アウトプットまできちんと出来ないと、テストでは丸はもらえませんが、だからといってその内容が全くわかっていないということではない場合も多いのです。

ならば、そこには過剰ならず、足らずであらずの支援を入れて、段階的にそれを除去して自力解決に向かわせるというのが、私のレッスンの一つのスタイルなのです。


もしこのことが、学校での学習がさらに豊かになってきっかけになってくれれば、こんなにうれしいことはありません。

私の果たすべき役割の一つは、きっとこんなことにもあるのです。









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記号としての文字

 2017-06-09
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小規模保育園には、日々の活動内容を示すボードがあります。

「縄跳び」「鉄棒」など、そこには活動内容を示す言葉が、漢字で書いてあります。

歩数を計測する万歩計にも、あえてその子の名前を漢字で書いているのです。


小規模保育園の子どもは、0歳・1歳・2歳児クラスの子どもですから、まさか漢字が読める子は一人もいません。

別に、英才教育をしようとして、わざわざ漢字の表記にしたわけでもありません。


「み」「か」「ん」というそれぞれのひらがなを見て、その音韻を認知し、それを内言語化するようになるのは、就学前の4歳・5歳になってからで十分です。

しかし2歳の子でも、「なわとび」 という内言語をもっている子はたくさんいます。

ならば、その内言語と文字言語をつなぐには、表音文字のひらがなより、表意文字の漢字の方がわかりやすいということはあるのです。


例えば 「や」 「ま」  と2文字を認知し内言語化する場合と、「山」 と漢字一文字を提示した場合とでは、実際の山と形が似ている漢字の方が、子どもにとっては認知しやすいのです。

ましてはPDDタイプ、同時処理傾向のお子さんにとっては、なおさらのことです。

他感覚に認知の育った就学前の子どもと、まだシングルフォーカスの2歳の子どもとでは、認知処理の過程が同じではないわけです。


だからと言って、ただ何でもかんでも漢字で書けば育つというものでもありません。

どんな教育も、子どもの実態、指導者の願い、そしてそれを具現化するための教材を、いかに血のつながったものにしていくかが、腕の見せどころであり、その醍醐味であるのです。


実践現場では、おもわぬライブな子どもの反応が、その時間の内容を大きく変えてしまうものです。

レッスンは生き物、一つとして同じものはありません。


あなたがいればこその、今日のこのレッスン、

だからこそ教育の世界は奥が深いし、面白いのです。








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イタリアの特別支援学校

 2017-05-31
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4月28日の京都新聞に掲載された、熊本学園大学堀正嗣教授のインクルーシブ教育にかかわる記事を、保護者会の会報よりご紹介いただきました。

その中の一文に、「イタリアは1977年の法律で特別支援学校・学級を廃止」という一文がありました。

私は京都の教室で数年前から、日本とイタリアの双方で学ぶ小学生のお子さんをサポートさせていただいておりますので、そのことがとても身近に感じられました。



私は10年ほど前に、大学院で初めてそのインクルーシブの理念に触れ、体が身震いするほどの衝撃を受けたことを今でも忘れることができません。

今、この時代に生き、直接子どもの育てにかかわる者としての、なすべき根幹はきっとここにある、

その時に感じたその思いは、以後多くの子どもやご家族の思いに触れていくなかで、衰えていくどころか、いつしか私の心の中で揺るぎない信念と昇華したのでありました。


4月に開設した新しい教室には、「インクルーシブ教室 白ゆり」 という屋号をつけさせていただきました。

長年の日本の分離教育の歴史にあって、インクルーシブという理念が、そうやすやすと日本に根づくとは思っていません。

だからこそ私は、あえて自分の教室に 「インクルーシブ」 という名を冠して、その方向性を明確にしたかったのです。


ただ単に、特別支援学校を廃止するだけで、それが子どもの成長や幸せに寄与するとは思っていません。

ただ同じ屋根の下にいるだけで、子どもが育つとも思っていません。


どの子も生まれながらにもっている内発的な学びの願いが叶ってこそ、そのあるべき学びの形をもってして、その一つの姿をインクルーシブという言葉で示すことになるのだと、私は考えています。


私は、自分の命の最後の一滴に至るまで、ここを目指して歩んでいきたい。

私の命は、そのために神様からいただいたもの、

私の夢も幸せも生きがいも、根元はすべてここにあるのです。











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母の命④

 2017-05-29
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私は、小学校の頃より、両親が共にいない環境で育ってきました。

いつしかそれは、

「自分は望まれて生まれた子ではない」

「それはすなわち、生きている意味がない子だ」 

という思いがずっと心の中を占め、自分は世界で一番不幸な子だと考えていました。


私が誰かにそのことを話すと、何人かの人は、「全然そんなふうに見えないよ、きっと小さい頃は愛情をいっぱい受けて育ったにに違いないよ」 と言ってくれました。

そのときは、とても複雑な思いでそんな言葉を受け止めていました。


連休中に、母が長年にわたりお世話になったギルフォード教育研究所にお伺いさせていただきました。

所長様をはじめ、皆様には、大変なおもてなしをしていただきました。


そのときに、ある先生がお伝えくださった言葉は、今でも私の心の中に深くしみわたっています。


私は、自分の母の介護を長年にわたり続け、それは言葉では言い表せないほど、とても重い時間でした。

SHINOBUさんの人生は、ある意味不幸であったという見方もできますが、では人のいう幸せな人生というのは、いったいどこにあるのでしょうか?

何か一つ足らないものがあったとして、そのことだけを考えていられたというのは、もしかしたらそんなに不幸な時間ではなかったのかも知れません。

あなたのお母さんは、きっとあなたのことを片時も忘れたことはないはずです。

人と同じような幸せが一つかけていたとしても、その分あなたのお母さんは、あなたの苦しみを一つ背負って旅立たれたのかもしれません。


母が、私と同じ教育の世界に身を置いていたということ、

その臨床の最前線で、日々子どもたちと向き合っていられること、

そして、何の迷いも無く、日々の仕事に集中して取り組むことができること、


誰が願ってこんな環境にいられることでしょう。

これが私の人生であって、そのことを誰かと何かと比べてみても、それはそんなに意味のあることではないかも知れない。


私の命がここにあることを、

私はここにきて、今はっきりと感じることが出来るのです。







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言語にかかわる専門性

 2017-05-27
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例えば「みかん」という言葉があったとします。

みかんのカードをみて、それをみかんと認知して、言葉でそれを「みかん」と伝えることが出来る、

とても大切な言語のプロセスです。


「みかん」という文字を見て、その文字を「み」「か」「ん」と音声化することが出来る。

これもとてもすてきな言語の育ちです。


でも、たとえ「み」「か」「ん」と音声化出来ても、それが「みかん」と認知出来ているかどうかは別問題です。

「み」「か」「ん」とⅠ文字Ⅰ文字を音声化するのに精一杯で、その時「それなあに?」と尋ねてみてもキョトンした顔をする子もたくさんいます。

音声化は認知のための第一歩でありますが、もし音声化しただけで、その内容を認知出来るのであれば、読解指導なんて不必要で、国語の勉強はずっと音読だけすればいいということになってしまいます。


おしゃべりが大好きな人は、世の中にたくさんいます。

ですが、その方に「今お話くださったことを、文章でまとめてください」とお願いしたとしたら、案外そんな方に限って、「作文は大の苦手で…」と言われることが多いように思います。


私は文章書くのも、1,000人の前で講演させていただくこともあまり苦になりませんが、プライベートな小集団で、ジョークを飛ばしたり、場を盛り上げたり、気の利いた事を言ったりするのは大の苦手です。


さらに文字を書くプロセスも、内言から一つ一つ文字化することが出来る子と、「みかん」というカードを見てそれを視写するように書いていく子と2通りあります。

きっと何年か経てば、その子がどんなプロセスで書字化しているかは判明出来ないほど言語ルートが豊かになっていくと思われますが、そこまで育てていくまでには、その時々でその子にあった有効な支援というものがあります。


多くの子どもの言語の育ちを長年見てくると、こういう子のこういう場合には、こういう支援が有効であったということが体験的に見えてくるときがあります。

これが私の言語の育ての基本スタンスです。


理解の言葉、文字の言葉、話言葉

長年の学習により、いつの間にかそれを自由自在に使いこなせるようになった者には、なかなか文字の読めない子のメカニズムは、逆に見えなくなるものです。

言語の育てにかかわる専門性、

きっとそれは、こんなこころにあるのではないかと、私は考えているのです。








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ダメなリーダー

 2017-05-26
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私は元々一匹狼の変わり者で、職人肌ではありますが、組織のリーダーには向いていません。

今では、3つの事業所の統括をしていますが、それぞれの事業所で直接子どもの指導にあたっており、自分自身のレッスン内容については、納得できないレベルのものは決して受け入れることはできません。


私がいつもレッスンにに集中できるよう、他の職員には事務などの事前の準備をしっかりとするよう指示しています。

こうしたスタッフ努力抜きに、私のレッスンを考えることはできません。

多い日には、一日に10人以上のレッスンをこなすことができるのも、こうしたスタッフがいればこそのことであるのです。


先日、そのスタッフにちょっとしたミスがありました。

いつもレッスンにかかわることは、完璧にしていきたいと思っている私ですので、懐深くそのことを受け止めることが出来ず、感情がすぐに表に出てしまいます。

スタッフもそこにいた子どもたちも、私のいつもと違うオーラを目の当たりにして、場が凍り付いてしまいました。

リーダーとしては、全く失格の内容です。

心の中では、しまったと反省をしていますが、だからと言ってその私の基本的なスタンスが変わることはありません。


一度でもレッスンに穴を空けたら、即引退する

それが私の口癖であることは、職員はみんな知っています。


本日法人の理事会があり、新しく開設したインクルーシヴ教室のここまで利用実績を報告させていただきました。

ダメなリーダーのもとで、わずか開設2か月で、よくぞこれだけの数字を残してくれました。


器のちっちゃい私ですが、そこにかける真摯な気持ちだけは、理解してくれているようです。

これがなくなったら、もう私ではありません。


真摯な思いだけは決して失うことなく、自分なりのスタンスで成長していきたい、

こんな私をいつも支えてくれる職員、

私は、本当に人に恵まれました。








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教材を選ぶ力

 2017-05-24
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以前、私の教室には、おもちゃの墓場というものがありました。

就学前のお子さんのレッスンを担当して間もない頃、高い値段で買ったおもちゃが、ことごとレッスンで役に立たなかった時期があるのです。

その教材を見て、子どもの動く姿が全くイメージできていなかった証拠です。

使えないおもちゃが山のようにたまってしまっていた、私の修業時代の苦い思い出の一つです。


いい絵本やおもちゃを選ぶことのできる保育士は、間違いなく相応の力量のある保育士です。

豊かな実践のある保育士は、おもちゃや本に出合った瞬間に、その絵本やおもちゃで生き生きと活動できる○○ちゃんの姿が思い浮かんでいるのです。

どんな活動も、まず子どもの育ちの実態があり、教育者としての願いがそこに生まれ、それをつなげる教材や活動を組み立てる。

その原則には、かわりがありません。


小規模保育園の子どもが、朝の時間に食いつくように取り組んでいる活動があります。

画像のような小さいボックスに大きなの違う大小の丸いキャップのような物を入れる活動です。

別に保育士がやらせようとしているのではなく、いつも子どもが夢中になって取り組んでいるのです。


手作りの知育玩具なのですが、ボックスはキラキラ、

入れる部分は、ボール紙で適度な弾力があり、すぐにスポット入ってしまわない所が、子どもの探求心や好奇心をくすぐっています。

試しに個別指導の場で使ってみましたが、案の定子どもの食いつきは抜群です。

もう一つこれに似た手づくり玩具のカード版もありますが、これも臨床実践場面での即戦力です。


何気ない所ほど、保育者としての力量の差が歴然と出るものです。

そのわずかな技量の向上こそが、私たちはそのプロとしての専門性の証であると考えているのです。










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インクルーシブの風

 2017-05-21
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このところ適応であったり、表情であったり、生活面の安定性であったり、目に見えて大きな成果が現れだした子どもが何人もいます。

それらの子に共通する内容は、この春から、白ゆりのこども園であったり保育園であったり、この春から集団の中にしっかりとした居場所ができたということです。

私は、子どもが劇的変わるための、必要条件の一つがここにあると考えています。


専門性の高い個別支援の場が重要であるか、地域の学校園で育てていくことが重要であるか、そんな議論はナンセンスであると考えています。

そのどちらもが不可欠であり、そのバランスやタイミングを考え、結果としてどう子どもを伸ばしていったかが、プロとしての力量を示す尺度であると思っているのです。


こうした子どもの育ち、保護者の皆様からいただく感謝の言葉こそが、私たちの理念や活動の根幹を支える原動力となっています。

一人でも多く、一つでも豊かに、

私たちの誇りも夢も自信も、すべてはこのたちの育ちが根元にあるのです。










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迷路で培う思考力

 2017-05-18
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先日、ある4歳の男の子に上のような迷路をさせてみました。

この4月から、プリント学習に取り組み始めた男の子です。


さあ、これから迷路の勉強だよ、

そう伝えた時の、その子の驚きと、目の輝きがしっかりと見て取れました。


適切な支援や見通しがないために、子どもがつまづいたり、一定の教育的な効果があがらないようでは、導入する意味はありません。

このレベルの場合、ポイントとなる分岐は1つか2つなので、その場面だけはタイミングよく支援を入れます。

そこさえ過ぎれば、あとはその子の判断で自利解決することができるのです。


トライ&エラーの模擬体験であったり、視覚認知と判断の協応力を育てていくためには、迷路はなかなかの題材です。

認知処理様式の異なる子でも、同時系と継次系の行ったり来たりを使い分ける場面があるのです。


洞察したり、類推したり、試行したり…

子どもが飛びつくのは、そうした知的探究心や追求意欲を満たす何かが、この題材にあるからです。

良い教材で子どもが育つと同時に、理屈では無く、子どもが育つ教材こそが、良い教材なのだと私は考えているのです。







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ほんのわずかの差

 2017-05-17
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上の画像のプリントは、どこにでもあるような一般的なものです。

左のくだものに対応して、右のまるに色を塗っていくものです。


ですが私は、丸に色を塗らせるのではなく、丸に / (斜線)を入れるようにさせます。

小さい子が、8つも9つも小さい丸を塗りつぶすのは、結構骨のいる作業です。


このプリントの主眼がそこにあるのならそうさせますが、私がここでその子に付けたいのは、数の1対1対応と、順序数をショートターンにキープして、それをすばやくアウトプットして意識化させることです。

ならばその子のショートターンメモリーのキープ時間を考えると、いちいち丁寧にいろ塗りをさせるのではなく、素早く斜線を入れさせる方がよいと判断しているわけです。


このプリントをさせることなら、誰でも出来ます。

色を塗らせるのではなく、斜線を入れなさいと指示すれば、みんな同じようにできます。

しかし、実際にプリントをやらせても、子どもの目が輝くかどうかは、実線場面での技術力・対応力と、ねらいの明確さや教育的な信念の差が如実に反映されるものです。


プロの技術の差は、ほんのちょっとの差が大きな差となります。

すべての活動のほんのちょっとの差が、総合力では天と地の開きとなってしまいます。


汲めども尽きぬ奥の深い教育の仕事、

満足のいくゴールは、いつ見えてくるのでしょうか、

そのわずかな技術の向上のために、これからもずっと研鑽を続けていきたいと、思っているのです。







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言葉が出る

 2017-05-16
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言語聴覚士の先生から、「あまり療育の成果が見られないから」 という理由でセラピーを終了させられてしまいました…

長い間この仕事をしていると、何回かそんなご相談をいただくことがありました。


先日、私が就学前のお子さんのレッスンを行っているときです。

ある小学生の男の子が、少し早めに教室に来てくれました。


勉強時間までは少し時間があったので、担当の先生と歌の絵本で遊び始めました。

その先生はこの日が初出勤だったので、何にも気付かなかったみたいでしたが、私の方は個別指導室に聞こえてくるその子の歌声に、飛び上がるほど驚いてしまいました。


年長さんだった1年間、週に2回、雨の日も風の日も、この子はほとんど欠かさず、私のレッスンを受け続けてくれていたのでした。

STさんの指摘されたように、言語表出の数は少なく、その明瞭さにも課題の残るお子さんでした。

レッスンや療育そのものに対する抵抗感もあり、最初の頃から、とても流れるようなレッスンが出来ていたわけではありませんでした。


しかし、いつの頃からが、その子の表情にも変化が見られ始めました。

言語自体の課題が一気に改善するということにはなりませんでしたが、信頼感やコミュニケートのレベル、その表情や活動に対する内発性などは、ぐんぐんと向上し、私はこの子とのレッスンが楽しみでたまらなくなってきました。

週に2回もさせていただく個別レッスン、

私は与えられた自分の責任とご家族の期待を一身に受けながらも、笑顔いっぱい、毎回生き生きと活動に取り組むその子の表情を何よりの喜びに感じていました。


小学生になり、担当の先生は別の先生にお願いすることになりました。

当初はどうかなと危惧していたプリント学習などにも、きちんと適応できるようになりました。


この子の言葉の育ちには、内言語をダイレクトに表出するまえに、大好きな歌を一緒に歌うことが大切だと考えていましたから、小学校の担当の先生も、毎回個別学習の後には別室で、一緒に歌を歌う活動をずっと欠かさず継続してくれました。

2年生になり、インクルーシブの教室が、ご自宅から近い位置に出来、送迎サービスもあるいというので、この4月からはこちらの教室でのレッスンがメインとなりました。


お母さんの方から、表出言語がクリアになってきたという情報をいただいていたので、それはとても楽しみしていたのですが、まさかここまで伸びているとは…

本当にうれしい気持ちでいっぱいでした。


私がこの子にプレゼント出来たことなんて、きっとほんのわずかであるに違いありません。

でも、そのことを願い、決してあきらめずぞれを信じて歩み続けてきた事と、この子の大きな成長とが、何よりの喜びに感じているのです。


子どもの成長を心の芯から、信じられることこそが、支援者の力量

これだから、教育の仕事はやめられません。







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母の命 ③

 2017-05-05
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5月4日に、母が40年近くお世話になっていた東京町田市のギルフォード研究所の千葉先生の所にご挨拶に伺いました。

母は、私を岡山に残して、50年間全くの音信不通でした。

今回は、その母がその50年をどう生きてきたかを知るための訪問でした。


まずは、母が何年か暮らしていた玉川学園の分室にご案内いただきました。

今は研究所の分室になっているということでしたが、玉川学園駅から徒歩10分程度の高台にあり、一度はこんな所に住んでみたいというくらい緑豊かなすばらしい環境がそこにありました。

1時間余り、奥様より、生前の母の仕事ぶりや暮らしぶりを詳しくお聞きすることができました。

この住まいも、千葉先生ご夫妻のご好意で、母が住まわせていただいていたのだと伺いました。


その後、町田にあるギルフォードメモリアルホールに伺いました。

そこで初めて千葉先生のお話をお聞きすることができました。


しばらくして近くの場所で夕食をごちそうになりました。

当初は1時間足らずの滞在で岡山にとんぼ返りするつもりでいましたが、話がはずみ、帰るに帰れなくなりました。


ゴールデンウィークど真ん中で、何件あたってもなかなか宿を取ることができませんでした。

私は、カプセルホテルでも、サウナでも大丈夫だと考えていましたが、小林先生が赤坂のホテルニューオータニに宿をおとりくださり、ご自身のお車でわざわざ私をホテルまで案内してくださいました。

その車の中で、ギルフォード教育の一端をご教示いただきましたが、教育者として私にとっては雲の上のようなすばらしい研究実績を残されてきた先生方が、初対面の私を、まるで家族のように、いや普通では考えられないようなVIP待遇で迎えていただいたことに、驚きを禁じ得ませんでした。


あなたのお母様は、比類なき優秀な能力をもった方でした、

千葉先生は、そのように言ってくださいました。


これは、先生のお母様に対する私の感謝の気持ちです。

ホテルニューオータニにご案内いただいた小林先生は、そのようにお伝えくださいました。


奥様は、その言葉の一つ一つのすべてに、本当に家族のように、私の母を心の芯から受け入れてくださっていました。


私の母は、ここでこのようなすばらしい先生方の輪の中で、まるで家族のように接していただきながら、母なりの形で子どもの成長と幸せに寄与する仕事に生涯たずさわっていた、

母の人生は、そんな人生だった…

皆さんのお気持ちに、私は何度も涙がこぼれ落ちそうになりました。


翌朝10時には、岡山行きの新幹線に乗りました。

母の生き様を探る旅は、事前の私の予想を全くくつがえすかけがえのないものとなりました。

ここに来て、本当によかった。


様々なエピソードから、間違いなく私は母の子であり、母のDNAは今この時も、しっかりと私の血の中を巡っているのだと確信しました。

もう私は何も迷わない。


私はこれからも、自分の命の最後のひとしずくまで、子どもたちの成長と幸せのために、力を捧げ尽くしていきたい。

50年間会えなかった母の命は、今私の心の中にしっかりと生きているのです。







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↑ギルフォード研究所玉川分室 何年か母がここで暮らしていたとお聞きしました。

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↑町田にあるギルフォードメモリアルホール

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↑中はこのようになっています

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↑千葉先生にお話を伺いました

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↑千葉先生ご夫妻 小林先生に夕食をごちそうになりました

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↑その日の新幹線で帰る予定が、話がはずんで帰るに帰れなくなってなり…

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↑連休でどこも宿がとれない中、小林先生のコネで、なんと都内のホテルニューオータニに泊めていただくことになりました

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↑まるで外国にいるような朝食の風景

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↑非日常の朝食

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↑私のチョイス

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↑40階から迎賓館が見えました







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未熟だからこそ

 2017-04-30
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この土曜日は大阪和泉市に伺いました。

今年5年生になる女の子のことで、とてもうれしいニュースを耳にしました。

学校の先生が、私の教室との連携を検討してくださると言うことでした。


近いうちに私のレッスンを見に来てくださることになるのでしょうか?

きっときっとその日、その子はいつも以上に張り切って勉強するに違いありません、

その子はうれしいに決まっています。

弾むようなそのその子の笑顔が目に浮かぶようで、今からとっても楽しみです。


これまで、何か学校でうまく行かないことがあると、すぐにマイナスの提案ばかりで、ご家族も私もだからといって安易には引き下げることは出来ず、いつかはわかってもらえないかと戦いの日々の連続でした、

やっとの思いで今、その力量と理解度の深い先生に出会えたなと、胸をなで下ろすような気持ちです。


私の所に見学に来てくださる先生は、ほとんどと言っても良いほど謙虚な先生ばかりです。

決して批判的なことやマイナスなことは言わず、ご自身が取り入れてくださるポイントだけをシャープにとらえていかれます。


ご自身の実践に信念のある先生は、他者を批判する必要などどこにもありません。

私のレッスンから何かを吸収しようとする姿勢の先生は、間違いなくその時点で、一定の水準を超える教育実践力をおもちであることを示しています。

学級づくりがうまく行っていない人は、そうでなくても、自分の学級経営を他者と比較されるのを恐れるはずです。


何かがうまく行かないのは、決して子どものせいだけではありません。

A先生でうまく行くことが、自分ではなかなかうまくいかない、

そのことを子どもの特性とすり替えるのは、自分自身に力がないからです。


そういう意味で私こそが、まだまだの未熟者、

CMでの三浦知良の言葉ではありませんが、へたくそであるからこそ、もっともっと研鑽し、さらに技術を磨いて、そのことで一つでも子どもの豊かな学びに貢献したいのです。


私のチャレンジは、これからもずっと続いていくのです。






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子どもの育ち

 2017-04-29
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この春から、インクルーシブの教室に通ってくれるようになった男の子がいます。

保育園の友達の輪の中にも入り、母の元を離れての初めての育てが始まったわけです。


最初は泣いてばかりで、なかなか活動に参加できませんでした。

アレルギーのこともあり、給食が食べられず、毎回お弁当を持参して来てくれていました。


そんな不安いっぱいのスタートではありましたが、いつの間にか笑顔で活動に参加できるようになりました。

先生との信頼関係も、みるみる豊かになって

いきました。

手当たり次第何でも好き放題に要求するのではなく、順番を待ったり、がまんをしたり、場の状況に合わせたり、いわゆる社会的な態度を一つずつきちんと身につけていく流れが出来てきました。


この一ヶ月に一体何があったのですか?

これまでとは全く違う大きな成長が見られます


他の養育の先生が、驚きのあまり目を丸くされたとも伺っています。


ご家庭の深い愛情があればこそ、人は多くの人とかかわりの輪の中で育つ、

集団の中にしっかりとした居場所があればこそ、個別支援は初めて意味をなす、


これまで私が伝え続けてきた大切なことを、この子の笑顔はしっかりと、私に示してくれてくるのです。





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プラシーボ効果

 2017-04-28
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先日のことです。

6年生の男の子とこんなやりとりをしました。

「先生って何歳?」
「うーん、何歳だと思う?」
「28歳!」
「当たり~、どうしてわかった?」
「よかった~、32歳って言わなくって…」

きっとこの子の感覚では、30歳も50歳も同じ年寄りというカテゴリーでまとまってあるのだろうけど、いくらなんでも、今さら自分は58歳とは言えず、私はただただ苦笑いをするだけでした。


新しい事業所が増え、急いで児童送迎用の車のリースの手配をしましたが、納車は早くても5月連休開けになるとのことでした。

その急場をしのぐため、それまでは私の車を送迎車として使ってもらうことにしました。

なので今私は、原付バイクを使って事業所間の移動を行っています。


この日5歳の子のレッスンがあったのですが、私が原付に乗っている姿をその子が見て、それがカッコいいのだとと言ってくれました(笑)

一体原付に乗ってる私のどこがカッコいいのかと、これまたただただ苦笑いをするしかありませんでした。


私と勉強したら、必ず頭が良くなると信じている子がいます。

きっとご家庭では、お母さんが毎日のようにSHINOBU先生に勉強教えてもらったら、きっといっぱい賢くなるはずだと、何度も話してくださっているに違いありません。


だこらこそ、こんなイメージが勝手に私に貼り付いてしまったのでしょう。

どうでもいい年齢や外見のことは別として、勉強にかかわる子どもの期待たけは、何としても裏切らないようにしたいものです。


子どもがあこかれるようなレッスンにかかわるカリスマ性、

ご家族が私に寄せる期待と願い、

力はありませんが、何としても努力と経験とで、その事に少しずつであってよいから磨きをかけていきたい。


勉強ができるようになりたいと、切に願うピュアな子どもの思い、

私の担う使命は、もはや普通ではないのですから…




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地域の中の育ての基盤

 2017-04-27
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昨日、年長さんのお子様の就学にかかわることで、ご両親の相談を伺いました。

様々な点を考慮して、次の学びの場は、地域の支援学校を軸に検討をしていきしょう、ということになりました。


やがてどの子も、それぞれの育ちのステージの場で、それぞれがそれぞれの道を歩み始める分岐点というものがあります。

野球の道に進む子、お笑い芸人を目指す子、大学に進学して研究者を目指す子、福祉の道に進む子、家族の輪の中で生活の基盤を築いていく子、外国に留学する子、

どの道にも貴賎はなく、それぞれがそれぞれの子にとって、大切な一歩となるわけです。


その先がどんなに分岐していこうが、根元が同じであるのなら、何年経とうがその心はずっとつながっているはずです。

だからこそ私は、幼少期には、地域の中で地域の子どもと一緒に育つことが絶対に必要であると信じているのです。


同窓会で会うみんなは、50年経っても100年経っても、みんな友達です。

移り行く人生の景色次々と変わっていくからこそ、その根元の友達とのつながりは、決して色褪せない。


決してそのことだけにこだわっているわけでもなく、それぞれの進路は決して一般論で決められないと考えています。

だからこそ、6歳まで、できれば小学校までは、地域の小学校でみんなと一緒に学ばせたいというのが、私の基本的なスタンスです。


どの子もすべて、等しく豊かに学ぶ権利をもって生まれてきたはず。

家族の輪の中で、その子らしく豊かに学んでいけること、

当たり前だけど、何よりも大切なこと。

これからも私はそのことをしっかりと見つめて、ご家族とともに歩んでいきたいと願っているのです。










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子どもの変容の基盤にあるもの

 2017-04-26
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先週のことです。

他の保育園のある年長クラスの女の子が、弾むような感じで教室に入ってきました。


月に1回のペースで、私のレッスンを受けに来てくれている子どもです。

これまでとはうって違って、ゆとりのある、生き生きとした笑顔がそこにありました。


レッスンが終わり、お母さんにお話を伺うと、とてもすばらしい年長さんのクラスがスタートできたのだとお伝えくださいました。

毎年毎年、私はこれまで、何度も同じような光景と出会ってきたのです。

子どもが教室の扉を開けた瞬間に、、何も語らずしても、そのことはダイレクトに伝わってくるように感じ取りました。


そもそも私一人が、保育園やこども園にうって代わることなど、出来ようはずはありません。

私のレッスンは、こうした集団の中での基盤があってこそ、初めて生きる、

そして、一番苦しいときにこそ、子どもと保護者の一番近い位置にいて、一緒に歩んでいくこと、

その足取りが力強く響き始めたら、私は少し遠くから、その歩みをそっと見守り続ける…


主体者としての子どもとそのご家族を支えていくこと、

そうしたことのベースは、きっとこんなところにあるのです。








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主体者としての保育と教育

 2017-04-21
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保育園の園長になってから、程なく1ヶ月を迎えようとしていますが、今日は子どもたちと一緒に園外活動に参加しました。

20名近くの子どもたち、数名の保育士、法人の運転手さん、インクルーシブ教室の職員と本当に楽しい時間をすごすことができました。


バスで20分程度のところにある吉備津彦神社にこいのぼりをバックに記念写真を撮りました。

3歳未満の子どもたちの集合写真を撮るのは簡単なことではありませんが、職員のほれぼれするような見事なチームワークがそこにありました。


神社に参拝に来られた方と、何人も出会いました。

そのすべての皆さんが、子どもたちのようすをご覧になり、笑顔いっぱいの表情に変わっていくのが見て取れました。

全くの偶然ではありますが、私が以前勤務していた小学校の校長先生もそこにいらっしゃいました。

まさにこれこそが、この子どもたちのもっている、弾けんばかりのパワーであると思いました。


私は今、保護者の信託を受け、こうした宝ものような子どもたちの命を、お預かりしているんだという思いが、心の芯からわき上がってくるような気持ちになりました。

その責任と役割はとてつもなく重いと感じているのです。


それぞれのご家庭には、そのご家庭でしか出来ない大切な役割があると同時に、私たちには私たちでしかできな専門性と育ての中身が必要です。

それこそが主体者としての保育であり、教育なのだと感じています。


そのうちの一人の子は、午後からは私のマンツーマンレッスンがあります。

すべての子どもに集団の中での育ちと、それぞれのお子様にあった豊かな学びの場を、

自分自身が標榜し、大切に考えてきた育ての形が、今ここに具現化されようとしているのです。










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 2017-04-18
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先日、銀行へ行って、事業用の口座の名義変更や新しい口座の開設をお願いしました。

今時のことですから、事業用の口座となると手続きは簡単ではなく、関連書類すべて整えて窓口に伺いましたが、それでも9時に銀行に到着して、実際に通帳を手にしたのは11時半をまわった頃でした。


発達支援センターの口座番号は、下4桁が1111となっており、当時いい番号をもらったととても喜んでしました。

さて今度のインクルーシブ教室ではどんな番号をもらえるかとドキドキして待っていると、程なく真新しい通帳が手元に届きました。

注目の口座番号は、下4桁4567

またしても、縁起のいい番号をもらったものだと、とてもうれしい気持ちになりました。


個別支援の教室を開いて以来、私はたくさんの子どもたちとそのご家族に出会ってきました。

長い子ではもう10年近く、大阪や京都の子も7~8年以上続けてレッスンさせていただいているケースも多くあります。


補助金をいただいて立派な建物ができたのも、また新しい教室を開くことができたのも、こうしたみなさんがずっと私を育ててくださったからに他なりません。

改めて、私のもっている運が普通ではないと感じているのです。


だからこそ、このことに感謝して、相応の仕事を積み重ねていくこと、

私にはそれしかできないし、そのことこそがすべての源泉であると信じているのです。













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積み上げてきたこと

 2017-04-17
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オープンから2週間が経ち、インクルーシブ教室白ゆりでの私の個別指導教室の環境もかなり整ってきました。

倉庫だった場所をリフォームしたのですが、この場所で本当に個別指導が出来るようになるものか、ずっと不安を抱えたままでどんどんと時間が過ぎていきました。


すべて用意したはずが、実際にレッスンを始めてみると、あれがない、これがないと、その都度に作成したり、文房具屋に直行したり、ホームセンターで材料を購入して細かい場所を徐々に整えていきました。

この場所は、駅にも近く、市役所・銀行・労働基準監督署・法務局などにも至近で、街中バイクも活用しながら、これまで以上に速やかに開業にかかわる業務を次々に迅速にこなしていくことが出来ました。

今では、すっかり私の仕事の拠点、手の届く所にすべてが整うこの部屋が、まさに私の仕事のコックピットとなり始めたのでした。


以前、発達支援センターに通ってくれていた子が、何人もこの教室にも通ってくれるようになりました。

今年年長さんになる男の子もその一人です。


メンタルがデリケートなお子さんで、これまではなかなかお母さんと分離してレッスンを受けることができませんでした。

ここでのマンツーマンでは、私はレッスンだけに集中し、記録やご案内、会計や手続き的なことはすべて別の職員が担当します。

ですから、小さな部屋に私と子ども、そして記録の先生、ご家族と4人が一緒に入ることも多いのです。


この日の記録の先生は、この子がまだ一人でレッスンを受けたことがないことを知りませんでしたから、子どもが教室に入るといつも通り、扉をパタンと閉じてしまいました。

元々初めての場所には、苦手なタイプのお子さんです。

これはマズいと思い、すぐに扉を開けてご家族のご案内をしようと思いましたが、なんとその子はすぐに用意していたプリントに、食いつくように取り組み始めました。

ついに、不安な気持ちより、学習を積み上げ、さらに向上していきたいという内発性が上回ってきたのです。


元々教科学習の基礎となる力はしっかりと身についていたお子さんです。

学びを通して、支援者とつながることにより、自己肯定感が高まり、そのことが必ず人としての望ましい成長につながっていくに違いない、

そう考え、ご家族と共にずっと歩んできた積み上げが、このタイミングで一つの結果を示すことになったわけです。


レッスンが終わって、お母さんの元へと帰ったこの子の表情は、以前のそれとは比べものにならないくらい輝いていました。

まさに信じてここに通い続けてくださったお母さんの完全勝利となったわけです。


これからこの教室で、子どもたちと一体どんなすてきな出会いがあるのでしょう?

複数の拠点、複数の教室をもつ喜び、

恵まれた環境と、これだけのレッスンを支えてくれる職員、


微力ですが、これからも一つでの多く豊かな教育実践を積み上げていきたい、

私は本当に幸せ者です。










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子どもの前に立つ実践者を育てる

 2017-04-10
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今日から、就実大学での授業が始まりました。

新築となった校舎、とても行き届いた環境の中で授業をさせていただきました。


近い将来、幼児教育の実践者となる51名の学生さんとの新たな出会いがありました。

私の勤務する保育園から、車でわずか10分の位置にある大学です。

ある意味、学生さんより緊張していたのは、私の方だと感じました。


簡単なワークの演習と、授業後の感想に目を通しました。

私が学生さんに伝えたいことのいくつかが、それぞれの学生さんの言葉を通して書かれていました。


大学の先生としての私の経験不足は否めません。

ならば私は、実践者としての持ち味で、自分の大切な思いを、一つでも多く学生さんたちに伝えていきたい。


早速、私の今日のレッスンのようすを動画に撮ってもらい、学生さんたちに見てもらうことにしました。

いつも文献や文字にばかり接している学生にとっては、リアルな子どもの動画はとても新鮮で、ほとんどの学生が食い入るようにそれを見ていました。


すべては子どもがつなげているそのこと、

また一つ大切な一歩が、今日からまた始まるのです。









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始動

 2017-04-07
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インクルーシブ教室と銘打った新しい教室が、4月4日についに始動し始めました。

開始初日から、定員いっぱいの10名の子どもたちのご利用をいただきました。


慣れない場所での初めての活動に不安いっぱいだった子も、30分もしないうちに笑顔いっぱいでお勉強を始めました。

これでついに、白ゆりでは1日50名ものお子様のご利用をいただく事業所となりました。


4日からのスマホの万歩計を見ると、月曜日が16,000、火曜日が19,000、水曜日が11,000、木曜日が13,000となっていました。

我なからよくぞここまで走り回ったと感心してしまいます。


個別の勉強をきちんと見てもらえ、適切な支援によりその達成感をもつことができる、

教育的に構成され、配慮された行き届いた集団の中で、お友達とのかかわりやコミュニケートの基礎を培う、

まさに私たちの目指したいた支援のスタイルが、現実のものとなりました。


また白ゆりで勉強したい、

心の底から子どもたちに思ってもらえるよう、私たちのチャレンジが今スタートしたのです。






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白ゆりの先生となる皆さんへ

 2017-03-31
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マニュアルはレシピは、素人の方や学生さんのためのもので、プロの実践者たるものが、そんなものを頼りにしてはいけない。

それが今でも変わらぬ私の考えです。

正直、マニュアルなんて見たって、私と同じことなんて誰にも出来ないものだと思っていました。


ところが、白ゆりのマンツーマンレッスンのニーズが日に日に増してきて、それだけの子どもの数を、どうやったって私一人では対応できなくなってしまいました。

なのでということで、誰にでも出来る内容については、他の指導員さんに任せながら急場をしのぐことにしました。


白ゆりの個別支援というからには、どうしてもゆずれないポイントがいくつかあり、とるに足らないようなことで何度も何度も指導員さんにダメ出しをしてきました。

そんなこんなをしているうちに、その指導員さんの技術がめきめき向上してきました。

私には、圧倒的な実践量がありますから、いちいちダメ出しについて、その手立てを具体的に示すことができます。

それを繰り返すうちにポイントが明確になり、技術も構えも格段に豊かになっていきました。


当初は、あんなに不安いっぱいの表情だったその指導員さんは、日に日に勉強を楽しみになってくる子どもたちの笑顔を何よりの喜びと感じ、何人もの保護者の方の感謝の言葉をもって大きな自信となり、やがて一人前の実践者として力強く歩み始めました。

その姿を目の当たりにして、これこそが、これからの私が力を入れてなすべきことであると、私の意識が大きくシフトチェンジしていったのです。


実践者は、マニュアルなんかを頼ってはいけない、

その信念には微塵も変わりはありません。


しかし、白ゆりの個別支援という以上、子どもに向き合い、教材に向き合い、そこから何かを生み出そうとする営みの中で、何かより所となるものを事前に伝えておく努力も必要なのかも知れない…

「白ゆりの先生となる皆さんへ」

ここから何か大切な道が少しでも開けていくことにつながれば、どんなにすばらしいことでしょう、


この4月から、また私たちのチャレンジが始まっていこうとしているのです。









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君は決して後ろには戻らない

 2017-03-29
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京都の中学生と、ずっと漢字の勉強を続けてきました。

この1年間は小学校のおさらいで、漢検5級の勉強をしてきました。


先日から、漢検4級、中学校在学レベルの問題に取り組み始めました。

「今日から漢検4級、中学校レベルの問題に取り組むよ」

そう使えたときの、この子の目の輝きは普通ではありませんでした。


1回目の学習で、満点をとったときには、これまでにない満面の笑みがこぼれていました。

いかに子どもにとって、学習から得られる肯定感が重要であるかを、改めて思い知らされた気がしました。


しかし、意気込んで取り組んだ2回目の学習は、本人の気持ちとは裏腹に、期待を大きく下回る点数となってしまいました。

さすがに、このときは落胆の色は隠せませんでした。


しばらく時間を置いて、「そんじゃあ、また小学校の問題に戻ろうか?」 と、私がそう尋ねると、

「それだけは、絶対に嫌だ」 

即座にそんな答えが返ってきました。


絶対にそう言うと信じていました。

やがて、この子の書字にかかわるレディネスは、1~2年のうちに必ず劇的に改善されると私は考えています。

彼がそう答えた瞬間に、彼はもうこの山を乗り越えることが確定したと、私は確信しています。


月に2回も京都から大阪まで、ずっと休まずに通ってくれているこの子のモチベーションは、全く下がる気配はありません。

そこに超えるべきしっかりとした目標と手立てのある子は、決してその歩みをとめることはありません。


これまでの何百という実践の中から、私にはやがて大きく伸びる子と、やがて去りゆく子との違いは、はっきりと見てとれます。

そこの差異はは何か?

その答えは、決してテクニカルな所にあるのではないと、考えているのです








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ゆとり

 2017-03-28
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先週、ある6年生の女の子のレッスンがありました。

レッスンの前に、お母さんがLINEで、立派に卒業証書を受け取っている写真を添付してくださいました。

大阪で、就学前からずっとサポートさせていただいていたお子様です。


読解問題、漢字、繰り下がりのある筆算、九九など、用意していたプリントを次々にテンポよくこなしていきました。

以前は、お母さんと分離出来ずに、教室の前で固まっていたことも何度かありました。

何かが不安になり、行動のコントロールが出来にくくなった場面もありました。

が、今ではもうそれは、遠い昔の出来事となってしまいました。


「今でも、不安になることは何度もあります」

お母さんは、そうおっしゃいました。

もちろん、すべてのことに、何の不安もなくなったということはありえません。


子どもは、学びの充実をもってこそ、生存の不安から解放され、望ましい方向へと歩み始める。

それが、実践を通して培ってきた私の信念であり、私の実践の根幹をなすものです。


子どものとっての学びは、一体何なのか?

それは子どもが生きていく証そのものある。


この子が開いた学びの道は、間違いなくそのあとに続く子の大切な道標となり、目標となるはず、

この子との小学校6年間の学びの歩みは、まさにそのことあったと私は感じているのです。








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成長

 2017-03-27
オセロ







小さい頃は、集中して活動に取り組むことが苦手な子がいました。

オセロのコマを積み上げることが好きで、何度も何度もその活動ばかり繰り返していた時期もありました。

それでもお母さんは、毎回欠かさずに私のレッスンを受け続けてさせていただきました。


そのご家族が、お仕事の都合で他県に引っ越すことになりました。

制度の関係で、通所支援事業が利用できなくなったこともあり、月に1回となってしましましたが、私のプライベートレッスンを費用自己負担で受けてくださるようになりました。


小学校に入学してから、めきめき教科学習の力が伸びてきました。

大きな声で正しく音読ができるようになりました。

さらに、数量の感覚が大きく伸び、計算力もめきめきと向上していきました。


45分の時間いっぱい、一度も集中力の切れることなく、生き生きと学習を積み重ねることができるようになってきました。

これがあの、オセロばかりやっていた子かと思うくらい、勉強が大好きな子に成長していきました。


↓そのお母さんから、下記のような内容のメールをいただきました。


先日、長男の小学校で懇談ありました。担任の先生から「白ゆりでの頑張りがあるから、やっぱり違う。とても伸びている。」と言っていただきました。担任の先生も少ない時間の中、勉強に取り組もうとしてくださる先生でしたので、長男も2年生でとても伸びたと思います。担任の先生からも、国語と算数が長男の成長には必要と言っていただきました。白ゆりのマンツーマンレッスンを認めていただけていたのだなと、胸がとても熱くなりました。担任の先生も学校でもっとしてあげたいのだけど、難しいという現状も教えていただきました。白ゆりのマンツーマンレッスンは長男の成長になくてはならないものと、学校の先生と確認することができ、嬉しく思いました。






とても充実していた学校生活だったことが、文面からにじみ出ているようでした。

こういう先生だからこそ、この子はこれだけ勉強が好きになったのに違いありません。


私の支援は、主体者である子どもとそのご家族、そして学校での学びを支えるものであって、決してそれに成り代わるものではありません。

だからこそ、私のなすべき役割がそこにある。

これまでがそうであったように、その小さな一歩を、これからもずっと積み重ねて行きたいと願っているのです。






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それぞれの春

 2017-03-21
ボール







先週末の3連休は、すべて大阪でのレッスンでした。

最後の一日は、毎回おなじみの大阪和泉市・和泉シティプラザでの出張レッスンでした。


大阪での出張レッスンを始めて、もう8~9年にもなるでしょうか?

初めてその子にあったのは、その子がまだ小学校低学年の頃でした。


この子は、得意なことと苦手なことがはっきりとしているタイプのお子さんでした。

その頃は、学校での適応のことも含めて、お母さんが何度も心を痛める場面もありました。


「高校に合格しました」

少しはにかみ加減で、この日その子は、開口一番私にそう伝えてくれました。


この日は、中学3年生の数学、三平方の定理を中心に勉強しました。

正直私は、与えたプリントに丸付けをするだけで、何一つ内容的なことの助言はありませんでした。

それでも、和泉シティプラザの出張レッスンの時には、毎回欠かさずに来てくれていました。


「お母さん、もう私はこの子に教えることは何もなくなってしまいました」

私はお母さんにそう告げると、「先生は、この4月からもまた続けてここに来てくださいますか」 と尋ねてくださいました。

中学卒業、そしてこの日が最後のレッスンだと思っていたのは、どうやら私だけであったようです。


レッスン中にその子は、私立であるその高校に、何と特待生で入学をしたと話してくれました。

パソコンに目をやったまま、その子は横顔で私にこう答えてくれました。


すげえ勉強した…


特待生となれば、そりゃそうでしょう、

この母子のストーリーに、こんな一コマが訪れる日が来ることを、一体あの日誰が予想することが出来たでしょう、


この子のこの馬力や底力が、一体どこから生まれてきたか?

私の姿は、今この親子の瞳には、一体どんな姿で映し出されているというのでしょう、


今では、熱狂的な高校野球のファンとなった彼、

私が、誰よりも子どもの可能性を信じることができるその理由、

この子と過ごした学びの時間は、そのことときっと無縁ではないはずです。







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そこにある母と子

 2017-03-21
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先週、ある女の子が卒業証書を持って教室にきてくれました。

笑顔いっぱい、とても晴れやかな姿がそこにありました。


「9年間、母としてはあまり良い記憶がなく、あんな教育環境しか作ることができなかった自分が情けなく、後悔ばかりです。」

「それでも、その中で強くたくましく成長した娘は、最終的には、自分の望む環境を自分で交渉して手に入れ、笑顔で卒業することができました。」


お母さんは、メールで私にそのような内容のことを伝えてくださいました。

私は支援者という立場で、この子とご家族と共に歩んできましたが、このお母さんの教育にかける真摯な気持ちは、普通ではありませんでした。

だからこそ、後悔という言葉がにじみ出て来たのだと思いました。


レッスンが終わりお母さんが迎えにくると、それまであれだけ真剣に勉強していたこの子の顔が、いっぺんにほころびます。

その輝くような笑顔を目の当たりにして、ああ、この親子はいかに深く心がつながっていることかと、うらやましくも感動すらおぼえるのです。


ご苦労の分だけ、他では代えることのできない何か大切なことが、きっとこの親子の間には宿っているに違いない、

学びを通して培われていくのは、自分に対するプラスの気持ちだけでなく、こうした親子や師弟の深い絆であったのです。


また一つ、大切なことを学ばせていただいた、

これから共に歩む、次の学びのステージにも、きっと豊かで美しい風景が広がっていくに違いありません。


そのことを信じられることこそが、私たちの幸せそのものであると考えているのです。




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Author:SHINOBU
新大阪教室

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