そこにある恐怖

 2016-09-27
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先日、私あてに宅配便が届きました。

何だろうと思い、中を開けてみると、永年勤続10年のお祝いのカタログが入っていました。

どうやら小学校の教員を退職したあの日から、社会福祉法人の一員になり、いつの間にか10年経ったということらしいです。


この間、私の中では、時が止まったままの状態です。

ただひたすらに、何かを振り払うように前だけを向いて、がむしゃらに歩き続けた10年がそこにあるのです。

一方では、そのことによって普通ではないことが出来たのかもしれませんが、他方では、目をそらしてはいけない大切なことを避け、自分に襲ってくる恐怖心を払いのけるために、のめりこむように仕事に打ち込んできたのだと考えています。


私のエネルギーの源泉が、自分自身に対する恐れにあることは、ずっと前から感じていることです。

その恐怖から逃れることができたのは、そこに私のレッスンを楽しみにしてくれている子どもたちの笑顔があったからであり、ご家族の皆様の期待や信頼感があったからに他なりません。


自己肯定感は、決して自らの手によるものではなく、他者とのかかわりの中から培われていくもの、

私には、子どもの肯定感を支えていく教育の仕事より他に、自分の生きている価値を見出せるものはありません、


こんな自分でも、必要としてくれる子どもが待ってくれている、

強烈な自己否定の嵐の中から、私を救ってくれたのは、いつもそんな思いでした。


私は、ちっとも偉くも何ともない、

一人の力では、きっと何もできないまま、つぶれていたに違いありません。


支えてくれた人がいるからこそ、今の仕事に打ち込むことができる、

自分に自信がもてない臆病者、

それがあるからこそ、私はこの仕事に、打ち込むことができるのです。








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健康診断

 2016-09-13
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今日は、職員健康診断の日でした。

39歳の頃、がんの手術をして、その後の5年間は、定期検査の日は、学校をお休みにさせていただいて、病院に通ったものでした。



前月の検査はOKでも、当月の検査で転移が見つかり、そのまま入院、

その後1年ももたないままに帰らぬ人となった同じ職場の友人や同僚のことを、今でも忘れることはできません。

結局、同時期に手術を受けた3人のうち、今生きているのは、私だけになりました。


土日返上で、

今みたいな生活を続けていると、いつか体をこわしますよ、

もう25年以上の付き合いですが、会うたびに、私にいつもそう忠告してくれる友人がいます。

でも本当は、こんな生活をしているからこそ私の命がつながっていることを知っているのも彼だし、私の教育にかかわるコアな話を何時間でも受け止めるのも、彼にしか出来ないことだと思っています。


永遠の命なんて、どこにもありはしない、

だからこそ、命というのは輝くものだし、一瞬の時間たりとも、二度と戻ることはないのです。


同じこの日、2歳半の女の子が、私の教室で、マンツーマンレッスンのデビューの日を迎えました、

こうして生を受けたあなたの命、

そのことを誰よりも大切に受け止めることのできる支援者で、私はあり続けたい。


こうして私の命がつながっているのは、何のためか、

なすべきことがそこにあることを、私は何よりの幸せに感じているのです。








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私のプライベート

 2016-09-06
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私は、決して友達が多いタイプではありません。

どちらかといえば、気難しい職人肌の偏屈者で、これでよく人をまとめる組織の管理の仕事などできるなと、自分でも不思議に思うくらいです。


そんな私ですが、小さい頃から兄のように慕う友人がいます。

その友人が、昨日私を食事に誘ってくださり、タレントの石田純一さんを紹介してくださいました。


最近何かと話題にもなっていましたが、芸能界の第1線で長年ご活躍の方ですので、果たして私のような一般人に対してどうなのかと案じていたのですが、本当に気配りの利く紳士で、ご覧のように記念写真にも笑顔で応じてくださいました。

もう7年以上もブログの記事をアップさせていただいていますが、こんなプライベートは記事はほとんど記憶にありません。


幼い頃家庭に恵まれなかった私ですが、その私が大きく道を外すことなく、人の道をまっすぐ歩いて来れたのは、心の中にこの友人の存在がずっとあったからです。

彼は今、大きな会社の社長として、芸能関係の方とも幅広いお付き合いをされています。

そのことを誇らしくも思う反面、社会的な立場がどんなふうに変わろうとも、私の心の中にいる彼の存在は、小さい頃のあの時のままでずっと変わらずにいるのです。


そんなふうに、私は子どもたちやご家族の心の中にいるずっといる存在であり続けたい、

人がより望ましい自己決定を積み重ねていくために、どうしてもなくてはならないこと、


それは人と人との心のつながり、

それ以外にはありえないと、私は信じているのです。








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私のプライベート の続きを読む

信じることこそ教育の基本

 2016-09-05
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今、4歳の男の子で、なかなか集団の流れに乗りにくい子がいます。

私はこれまで、何回となくいろいろな保育園や幼稚園の巡回相談に行かせていただいた経験がありますが、さすがにこの子の場合はもう少し時間がかかると思っていました。


ところが、現場で直接子どもにかかわっている主任さんは、わたしとはちょっと違う見方をしていました。

彼女にはこれまで白ゆりで、何人何十人という子どもを変えてきた実績があります。

さすがにあの子は急には無理だろうと思っていても、3か月もしないうちにその子がどこにいるのは分からないくらいしっかりと集団に溶け込んでいく姿を何度も見てきました。


白ゆりで、必ず子どもは変わる、

変わらないわけがない、

そう信じている気持ちは、いつも間にか、わたしより現場にいる彼女の方がずっと強くなっていたのです。


あなたはいい子、

だから何も心配しないで、

さあ、先生と一緒に、みんなと一緒に、楽しく遊ぼう、


その信念は、言葉よりもむしろ、にぎったその手の温もりから、抱きしめた時のその香りから、流した涙のその輝きから、子どもはしっかりと感じ取っていくのです。


どんな論文より、どんなデータより、確かで美しい教育の奇跡を、私はこの保育士からまた一つプレゼントしてもらえました。

子どもも職員も、まさに白ゆりの宝


子どもを信じることから生まれる療育の新しい形、

私たちの目指す方向が、しっかりとそこにあるのです。







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新教室の開設

 2016-09-02
小規模外観

小規模室内





平成29年4月より、「岡山白ゆり発達支援センター伊福町教室」を、白ゆり小規模保育園 の3階部分を使用して開設することにしました。

指定にかかる諸手続・人事・資金・リフォームなどこれから先幾多の課題を解決していかなければならないのですが、この度開発許可・建築許可について一定のメドがつきましたので、一足早く皆様にお知らせする運びとなりました。


新しい教室は、個別指導中心の教室で、ご希望であれば送迎や一定時間の預かり保育も併せてご利用いただけるようにしたいと考えています。

定員は、就学前のお子様、就学後のお子様合わせて1日10人の予定です。


本館のマンツーマンレッスンがもはや満杯状態でしたので、このままでは来年度の新1年生をお迎えすることができません。

毎週のレッスンをご希望くださっているのに、時間によっては隔週しかお受け出来ないケースも何件もありました。

私のいる教室で他の職員が勉強を教えている間に、私が直接保護者の方のお話を伺ったり、ご質問にお答えできる時間が、大変意味のあることだとわかってきました。

また、送迎の都合や、お子様をお預かりすることができないために、マンツーマンレッスンをあきらめたという方のお話も何度も伺いました。

これでそのことがすべて解決ということにはなりませんが、せめてもの1歩は、これで改善できればと思います。


「一人の願いに寄り添うことが、すべての皆様の願いに寄り添うこと」

「その1歩1歩の積み重ねて、白ゆりはここまで来た」


私たちのチャレンジは、これからもずっと続いていくのです。






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支援学校の選択制度

 2016-08-22
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岡山にも、地域ごとにいくつか支援学校があります。

それぞれの支援学校が、それぞれの持ち味や専門性を生かしながら、子どもたちのためにご家族のためにと、努力や工夫をずっと積み重ねてくださっています。

中には独自のカラーを打ち出して、そのことに対して保護者が大きな期待を寄せているケースに、このところ何度も遭遇してきました。


しかしそれと同時に、たとえ学校側がどんな専門性の高い教育のビジョンを提案しても、制度として他地域からの受け入れを極端に制限されているという話を、何度も耳にするようになりました。

最低限の学習ビジョンが、Aという学校でも、Bという学校でも、Cという学校でも、同時に担保されているのなら問題はないのですが、Aという学校のビジョンは、Aという地域に住んでいる子にしか受け入れられないという形になって、Bという地域の子が門前払いを食らってしまうのはいかがでしょうか?


通常の学級であれば当たり前のように制度化されている学区の選択性が、最もそのことを必要としている特別支援の領域で実現されないというのは、なせででしょうか?

一方で合理的な配慮とうたう行政が、子どもの最善の利益と提唱する行政が、まず正していく内容はどこにあるのでしょうか?


私はこれからも、保護者の願いの代弁者として、こうした個々のケースに、ずっと寄り添っていきたいと願っているのです。



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幸せの尺度

 2016-08-19
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6月で3歳になった女の子がいます。

2歳半の頃からサポートさせていただいていますが、最初は泣いてばかりでした。

基本私のレッスンは3歳からということでお願いしているのですが、どうしてもというご家族のご希望を受け入れる形で、レッスンをスタートさせていただきました。


泣いてばかりいた頃も、目に見えた成果が表れないときも、1度もお休みすることなく、車で1時間近くかかる地域からずっと通い続けてきてくださいました。

いつ頃からか、泣いたりすることは全くなくなりで生き生きと活動に取り組むことができるようになってきました。

みるみる表出言語が増え、コミュニケーションレベルは各段に向上し、数か月前には泣いてばかりいたことが信じられないくらいの成長を見せてくれました。


視線が合うようになったとか、表出言語の数がいくつ増えたとか、何ピースのパズルが何分で出来たとか、プロとしては数値で評価できる内容を、ご家族にきちんとお示しすることが必要です。

しかし、今私が全身で感じている充足感や、幸せ感は、決して数値でお示しすることなんて出来ません。

もっと言えば、今の私にとって、これを超える幸せ感を、他のことで置き換えることなど、出来るはずもないのです。


この、心が通じ合った感は、いったい何なのでしょうか?

どれだけ楽しい時間を二人で過ごすことができたのかをお伝えする方法が、私には全く見つからないのです。


最初苦労した子ほど、つながった時の喜びは大きいものです。

どんなに困ったときでも、逃げ出さなくなったのも、腹をくくることができるようになったのも、向かう先の成長を信じることができるようになったのも、すべてはこうした子どもたちとの歩みがあればこその話です。


何はなくても、私にはこれがある。

今、私は最高に幸せです。








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発達のカーブ

 2016-08-17
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昨日は花子ちゃんのレッスンの日でした。

小1からサポートさせていただている花子ちゃんも、もう高校生になりました。


小2の時に、「みんなと同じように漢字ドリルがやりたい」 と涙を流した花子ちゃんも、今では書字に関しては、以前そうであったことがまるでうそのように大きな改善がみられました。

今、同じように高校に通う男の子も、書字に大きな成長が見られ、クラスでもトップクラスの成績をおさめるようになりました。


今できないから、あたかも一生できないと思うのは、大きな誤りです。

特に、日本の学校教育のシステムでは、学級担任は原則1年間しかかかわれないわけですから、ある意味1年で結果を出せなければ、あとはもう別の先生に託すしかないわけです。


今、あの男の子が、真綿に水がしみ込むような勢いで学習が進捗しているのも、今この子の目の前に教科学習に打ち込める環境があったからであり、一歩間違えれば、せっかくその時期がやってきても、その子の学びのニーズを満たす環境がなければ、生涯の大チャンスをみすみす水泡に帰す結果となってしまうのです。


私は、花子ちゃんのサポートを初めてから、もう10年になろうとしています。

今は英語を中心に学習を進めていますが、彼女の学びの本番はこれからです。


うさぎとカメではありませんが、例えば18歳というラインで考えれば、ここからの彼女の勢いは、決して他の子にひけをとるものではありません。

ここまで私を信じて通い続けたお母さんの思いに応えるためにも、私は与えてくださったレッスンの1つ1つに、渾身の魂を込めて取り組んでいかなければなりません。


決して他者と比べることだけが、評価の尺度とはなり得ません。

学びを通して培った自尊心こそが、社会の中で自己実現していくための、絶対的なエネルギーとなっていく、

私の信念には、微塵の揺るぎも迷いもありません。


18歳になれば、児童福祉法の枠組みからはずれてしまします。

しかし、まだまだ学び続けたいという願いを、18歳だからということだけで、断ち切ることがあってもいけません。


花子ちゃんが、18歳になる2年後までには、何とか生涯にわたって学び続けられる制度についての、私なりの答えを見つけたい。

「先生に、うちの子の勉強を見てもらいたくて、今日ここにご相談に伺いました」

10年前のあの日の出会いこそが、今の私の、すべての原点となっているのですから。








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東京での研修

 2016-08-08
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今日から、2日間の予定で東京での研修に出かけています。

私は所長でありながら、直接子どものレッスンを担当してきましたから、通所支援の事業を始めてからこれまで、県外に出張するようなことはありませんでした。


この週の振替を、別の週でご案内できること、

私に代わるスタッフの力量が向上してきていること、

そして、子ども・ご家族・地域・時代のニーズや願いにそった、よりきめ細やかで質の高い新規サービスを行っていくために、今回の研修参加を決断しました。


思えば前身の白ゆり教室開設の構想を練ったのも、10年ほど前の東京での研修が契機となったことを、今でもはっきりと記憶しています。

あの頃思い描いたビジョンは、私の予想をはるかに超え、補助金をいただいて新園舎完成という大きな事業にまで発展していきました。


昨日の岡山でのレッスンの時に、18歳以降のお子様の学びの場について、ご家族の切なる願いを受け止めさせていただきました。

すでに全国では、特性理解に基づいて、生涯にわたって学び続ける新しい支援の形が模索されているようです。

また、夢をもって働くことのできる新しい就労の形も、全国各地で広がっているとも聞きます。


これまで10年、子どもとご家族と共に歩み続けた実践者として、

そして社会福祉法人の管理者という立場にあるものして、

どうしても、今の私がなすべき役割がそこにある。


今後10年、私たちが進むべき道と、

実り多き新しいビジョンの開発と実践、

希望に胸ふくらむ思いと、たぎるような熱い決意を抱きながら帰りの新幹線に乗ることができるように、与えられたこの機会を大切に生かしたいと願っているのです。







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言葉にはならない言葉

 2016-08-03
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昨日のレッスンのことです。

ある男の子が、画像のような鉛筆ケースを見て、「わー、すごい」 と目を丸くしていました。


一流の野球の選手が、バットを粗末に扱うことはないと信じています。

ここでの鉛筆は、買ったばかりの長いものは、小学生・中学生がまず使うようにしています。

就学前の子は、短めの鉛筆でないと扱いにくい場合が多いので、18CM以下なったら、就学前の子が使う鉛筆ケースに移動するようになります。


妖怪ウオッチなどのキャラクター鉛筆が好きな子もいれば、逆にアカデミックな感じのする無地のuni鉛筆を好む子もいます。

女の子にはリラックマや動物鉛筆、筆圧の弱い入門期の子どもには、くもんの三角鉛筆を使用したりします。


また、消しゴムは1.2CM以上の厚みのある大型消しゴムを、あえて2つに分割し、正方形もしくは円の形にしたものを使用します。

使用前に余計な汚れを取り除いていくと、力の弱い未就学児でも、比較的文字をきれいに消すことができます。

子どもたちに、最高の学びの場を提供したい、というのが私の夢でありこだわりなので、こういう何気ない部分にこそ、その魂が宿るだと信じ、環境整備にはかなりの神経を使っているつもりです。


またしても赤ちゃん体操のときに、小さい子が私にしがみついて離れなくなり、周りの人が驚いていました。

言葉でごまかしのきかない子ほど、感性は豊かに決まっています。


真心を心を込めて整えられた鉛筆や消しゴム、

勉強こそが自分に対する肯定的な思いを高め、自立や社会参加の最大のエネルギーとなっていることを、心の底から信じない者に、果たしてここまで、文房具を大切にする気持ちが宿っていくでしょうか?


勉強を大切にすることは、子どもの存在自体を大切にすることと同じ、

勉強しなくていいというのは、あなたは社会にいなくていい、そう言うのと同じことです。


あなたには、あなたにしかない大切な命の輝きがあります、

だからこそ、先生は、あなたにしっかりと勉強してもらって、もっともっとすてきな人になって、たくさんの人からあなたがいて良かったという存在まで育て上げたいのです。


私にしがみついて離れない子、

何の言葉はなくとも、私たちの心は、しっかりと通じ合っているのです。







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大切な旅路

 2016-07-24
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このところ、お子様の育てのことで、とても大切なご相談を相次いで伺っています。

どの方も、私の一言一言をとても重く受けとめてくださり、ある意味そのご家族の自己決定に、決定的な影響を与えているケースもあります。

それだけご家族にとっての私の存在は、特別な意味をもっているのです。


こういう場面で、支援者の私がご家族と一緒に揺れていたのでは、何にもありません。

私は、自分がもっているすべての経験や判断力をふりしぼって、ご家族のより豊かな決定に資する内容を提供しなければなりません。

どんなに苦しくとも、逃げ出さずに、そのミサイルを真正面から受け止めていくことになるのです。


どうしてSHINOBUさんが、自分のことをそんなに低く言うのか、いつも本当に不思議に思います。

ヘアカットに行くと、美容師さんがそんなふうに言います。


私は、自分が優れていると思ったことは一度もないし、心の中は劣等感のかたまりです。

ご家族の熱い期待を受け、そのプレッシャーで胸が押しつぶされそうになることも度々ですが、もはや逃げ出す道などどこにもありません。

その劣等感があるからこそ、そんな場面で腹をくくり、歯を食いしばって頑張り続けることが出来たのではないかと思っています。


先日から、新大阪の教室に4歳の女の子が来てくれるようになりました。

まだ2~3回のレッスンを行ったに過ぎませんが、きっとこれはまた運命の出会いになったのではないかと感じています。


特別な思いのない方が、新大阪の教室にお越しくださることはあり得ません。

何としてもこの子の心の扉の鍵を開け、自分に対するプラスの気持ちを、心の中にしっかりと根付かせたい。


こうした小さな希望の芽というものは、困難な苦しさのふちから、ある日ぴょこりと顔をのぞかせるものです。

その気持ちが重ければ重いほど、そこから咲く花は、可憐で美しいものだと考えています。

そしてその小さな花は、生涯心の中で咲き続けていくものだと信じています。


「自分は小さい時から、笑われ続けた。だからこそ、そのことに負けまいと頑張り続けた」

イチロー選手は、先日のインタビューで、そんな内容のことを言っていました。


私は、自分に対するマイナスな気持ちがあるからこそ、今日も臨床の現場に立ち続けるのです。

それ以外に、私の心を支えるものは何もない。


だからこそあなたにも、あなたにしかない宝物がきっとあるはず、

私のレッスンは、学びを通して、そのことを見つける大切な旅路であるのです。









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何があっても 君を高校に

 2016-07-20
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先日のことです、

ある小学生お母さんに、お子さんの高校進学のことで、ご相談を伺いました。


知的の支援級在籍だと、一般の高校受験資格がもらえない、

ならば、知的支援学級から通常級へ転籍してでも、高校受験を目指したい、

そういった内容のご相談でした。


これまでもこうした内容のご相談を受けてきましが、知的支援学級在籍の子が、公立・私立を含め、何人も一般の高校への進学の夢を実現してきました。


知的支援学級在籍なら、一般の高校受験は認めない、

一般の高校の受験が可能であるのなら、知的支援学級在籍の必要感がどこにあるのか?


地域によって、担当者によって、言い方やニュアンスは異なりますが、こんな言われ方をしたケースも少なくありません。

ですが、知的支援学級に在籍していても、合否はともかく、受験を認めないというのなら、これは明らかに障害者差別禁止法に抵触する内容です。


小学校の時点では書字や読字につまづきがあったため、どうしても学習の成果が点数として表れにくかった子が、中学になって視覚的な認知力が格段に上がり、点数が劇的に向上するケースは、決して稀でも奇跡でもなく、私にとっては当たりまえのことなのです。

実際に、何人もの子を一般の高校へと送り出してきた私は、どうしていまだに、あちらこちらからそんなことを言われるのか、不思議でたまりません。


何があっても、高校に行く、

そう決めたこの子は、それまでとは表情を一変させ、真剣に学習に取り組み始めました。

ならば私は、この子とご家族の願いを何としても支え、夢を現実へと引き戻していかねばなりません。


出来なかったらどうしようとかいうことではなく、どんなことがあっても、何がなんでも、とにかく絶対やり遂げるのです。

困難を打ち砕いた君の先輩たちから、先生はそのことを、固く約束しているのです。


そこから生まれる何かと、そこへ向かう道で培う大切なもの、、

それでもあなたは、夢に向かって学ぶ子どたちから、希望の光を奪い取っていきますか?


何があっても、私たちは、絶対に負けませんから。







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出張レッスン 次の10年へ

 2016-07-18
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この3連休、2日は新大阪の教室で、最終日は大阪堺教室の出張レッスンに出かけました。

こちらにおじゃまさせていただくようになって、もう7年~8年のお付き合い、あの日3歳だった子も、もう小学校4年生になりました。


多い年は、月に2回定期的にお伺いした時期もありました。

今では、すっかり私の日常となりましたが、私にとってはの堺は、自分をここまで育ててくださった特別な場所でもありました。


5年経てば、子どもはここまで育つ、

そのことを親目線ではなく、教育者としての立場から支え続けることの意義を、体験を通して学ばせてもらいました。

まさに今ある自分の原点の一つとなっているのです。


最近、小学校の教員時代の教え子がやっているイタリアンのお店に、ちょくちょくと顔を出すようになりました。


先生って、何でそんなに若いの?

お店に入って来た時に、すぐにわかったよ。

20年前と、何にも変わらない


教え子は、この店に行くたびに、何度もそう尋ねます、


めんどくさいから、ちゃんと美容院に行って髪を染めているからだよ、

そう答えるようにしていますが、本当の理由は別にあると考えています。


堺に行き始めた時、年長さんだった子が、今は中学1年生、

義務教育9年間を完全サポートさせていただくことが出来れば、この仕事も10年という大きな節目を迎えることができます。


私の心の中ではもう、これから生まれ来る新しい命へのサポートが始まっています。

これまで培ってきた大切な宝物は、次の世代へのサポートに、しっかりと生かしていかなければならないのです。


3連休のすべてを、子どもたちのためにと、一心に打ち込むことのできる幸せ、

それをつらいとか、やめたいとか、休みたいとか、そんなことを思ったことは一度もありません。


このところ岡山の教室に、他県からお越しいただいている方から、何度も出張レッスンのお問い合わせをいただくようになりました。

それではということで、ここにきて私は、新たに出張レッスンの募集を行うことにしました。


▽ 出張レッスンの要綱はこちらから


今から10年続けての完全サポート、

おそらくは、実践者としての最後の大仕事、

これまでに出会った子どもとご家族の願いをすべて受け止め、集大成として、この仕事にに打ち込んでみたい。


私には、老け込んでいる暇など、どこにもないのです。





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子どものせいだけには出来ない

 2016-07-13
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先日、他の先生のレッスン中、子どもにも先生にもちょっと困った感のオーラが出ていたので、「こうやったらいいんだよ」 というモデルを、横でちょこっと示してみました。

「同じ教材なのに、支援のポイントをちょっと変えるだけで、こうまで子どもの動きが変わるのに驚きました」

その先生は、目を丸くしていました。


私には、とてもSHINOBU先生の真似はできません、

その時その先生はそんな顔をしていましたが、それでもその後は、流れるようにその先生のレッスンは進んでいきました。


子どもに何らかのつまづきが見られたときに、すぐさま、数ある支援の引き出しの中から、最適なツールを提示できる、

どんな優秀な先生であっても、そんな技が、わずか2年や3年の経験で、身に付こうはずはありません。

今後この先生の根性が決まり、実践を積み上げていくことさえ出来れば、数年後には私の技術のすべてを習得していくことでしょう。


どの先生が教えようが、今この教室での学びは、すべて私の責任で行っているのです。

私が後ろについている限り、子どもの心を痛めたり、いたずらに無駄な時間を過ごしたりということは、許されません。


個別指導であれ、学級経営であれ、何かうまく行かないことがあれば、、それほとんどを子どものせいにしてしまう先生がいます、

でもそれは、内容をうまく構成できない指導者側の問題であると考えたほうが、当たっている場合が多いのです。


逆に、学級経営の手腕に長けている先生は、口をそろえて、

「私は特別なことは何もしていません」

「ただ子どもに恵まれただけです」

「保護者の皆様の支えがあればこそ、何とかここまでやってこれました」

そんなふうに、おっしゃいます。


うまく行かないときにこそ、子どもも先生も、共に育つのです。

そこにそんな願いがあるからこそ、それを打ち抜く流れが、子どもにも先生にもやってくるのです。






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あなたたちが生きてきた意味

 2016-07-09
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土曜日は大阪のレッスンでした。

午前中は、堺市から女の子と男の子が来てくれました。

2人とも、3~4歳の頃からずっとサポートさせていただいているお子さんです。


二人ともこのところ、言語にかかわる伸びが、顕著に見えてくるようになりました。

文字を見て、それを音声化し、イメージ化したり、思考のベースに乗せたり、内言語と結びつけたりする。

言語を通して、学習の成果が目に見えて確かめることができるようになっただけでなく、コミュニケーションのツールとして機能し始めたことにより、行動のコントロールや社会的な態度の形成にまで、よい影響を与えるようになってきました。


「みーな、だいすき」

「みーな、する」

用意してきたプリントを数えながら、笑顔いっぱいで、きらきらとして目をして、その子は私にそう伝えてくれました。


この子たちが、3~4歳だった頃に、いったい誰が、こんなにも生き生きと学習する姿を想像することができたことでしょう、

どちらの子も、この数年間、月に何回かのレッスンを、ほとんどお休みすることはありませんでした。

いつもご両親ともに、堺市から新大阪までお越しくださり、学習の後には、学校での出来事や学びの様子について、時間をかけて必ず私にお知らせくださいました。


こうしたご両親の深く真摯な気持ちと行動力が、お子さんの成長を、根幹から支え続けたに違いありません。

「子どもがここまで来れたのは、先生のおかげです」

奇しくも、どちらのご両親も、全く同じことを、判をついたように私に伝えてくださいました。


私はただ、お子さんの歩む学びの道を、同じ歩幅で歩んできたに過ぎません。

明日は、4歳のお子さんが、新規のご相談にお越しくださる予定になっています。


この子たちとの大切な学びの歩みを、一人でも多くの子どもの成長の道しるべととして、つなげていきたい、

それが、支援者としての私の責務。


あなたたちが歩んできた宝物は、きっとこれから、多くの子どたちの成長や幸せにきっと結びついていくことでしょう。

あなたたちがこの世に生を受けたことの、大切な意味の一つは、きっとこんなところにもあるのです。







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未来につなげる次の一歩

 2016-07-05
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昨日から、園庭に花壇を敷設する工事が始まりました。

昨年秋に相談支援事業の開始にかかわる申請を行ったところ、通所支援施設であっても、市街化調整区域で相談支援事業を行うのは、新たに開発許可が必要になるということでした。


秋に申請を行い、審査会が春に行われ、敷地の3%を緑地にするという付帯条件のもと、開発許可が受理されたのが連休明け、

その間の設計事務所にお願いしていた事務手数料だけで、80万円を超える金額になるのです。


既にある相談室の一室を、相談支援事業として使用することに、これだけの手続きと費用がかかるのです。

補助金をいただいた施設ということや、借入金をお願いしている医療事業団に承認をいただくために、この間法務局に足を運び、測量士の方と、細かい点について、何度お願いやら打ち合わせやらをしたことでしょうか?


相談支援事業自体が、事業所に大きな利益をもたらすなんて、考えられません。

かけた費用がペイできるのは、何年先のことになるのでしょう?


現時点では、それに見合うだけの報酬が設定されているとは言えません。

相談支援の事業所が増えない理由の一つがそこにあります。


だからこそ今、白ゆりがやらなければならない、

事業の責任者という立場からは、ずいぶん迷いましたが、最終的に私は、そう決断しました。


私たちの進む先、

そこに子どもたちの笑顔があるなら、どんな労苦があろうとも、決して後ろに下がることがあってはなりません。


一歩でも前に進んでいこうとする方向感の先にこそ、未来を拓く何かが待っている、

子どもとご家族の願いを背負うものの責任は、ずっしりと重いのです。














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家族から託されたメッセージ

 2016-06-29
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人の心の根本にあるのは、不安や恐れなのではないかと、私は考えています。

その不安があるからこそ、自己防衛のメカニズムが機能するのです。


それが大きな恐れであった場合は、その子のエネルギーの大半はそのことに費やされてしまいます。

それはそれで、全く無意味な時間とは思いませんが、人が育つ過程が、いつもそんなふうであってはなりません。


では、その不安や恐れを軽くしていくために、支援者としては、何をすればよいのでしょう、

その答えは、子どもと心を通わせあうことだと、私は信じています。

人は人とつながることにより、不安は安らぎ、恐れは軽減されていくのです。


こんな自分でも、誰かの役に立てることがある、

そう心の底から感じたときにこそ、肯定的に自分のことを理解することが出来ます。

自己肯定の気持ちは、他者の評価によって、かもし出されていくものなのかも知れません。


家族、特に両親は、絶対無二の存在です。

他者では替えられない、特別な存在であることに間違いはありません。


だからこそ、子どもが自己肯定の気持ちを培って行くには、家族ではない他者からの評価が不可欠です。

自分は、このクラスになくてはならない存在として受け入れられている、

そう感じた時に、その一員と彼との間に、きっと学びと同じくらい大切なものが、芽生え育っていくことでしょう。


支援者には、クラスのお友達にはなれませんが、ご家族の願いを託された教育者として、その子に寄り添うことはできます。


君には、君にしか出来ない役割がきっとある、

あなたには、あなたにしか出来ない大切な役目をもって、この世に生を受けたということ、

そのために、私は子どもと心を通わし、思いを伝えあうのです。


私が学びを通して、子どもたちに育てたい大切なメッセージ、

ご家族から託された願いの代弁者として、私はずっと、子どもたちにそのことを伝え続けていきたいのです。







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支援除去を極める旅路

 2016-06-28
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大学で、応用行動分析を学んでいた時、支援除去(prompt fading)について学びました。

何かができない子どもには、その特性に応じた適切な支援を施して、その支援を段階的・意図的に除去していきながら、子どもの内発的な学びの欲求をを支えていく、


子どもを育てるという営みは、支援除去もしくはスモールステップ、あるいはその2つを組み合わせていくということ、

その提示の方法やとタイミング次第で、生きた教育にもなれば、死んだ教育にもなる、

その成果のあった実践を一つでも多く積み上げ、広くその有効性を世に示したい、


それがこのブログを始めたきったけでもあり、実践者としての私の旅路のスタートでした。

そのときの私は、まるで10年分のメシの種を手に入れたような、そんな気持ちでいっぱいになりました。


このブログを始めてから、8年以上になりますが、そのときの思いには微塵のブレもありません、

10年・15年・・

尽き果てるその日が来るまでは、生涯一実践者として、この道を歩み続けたい、


汲めども尽きぬ水、

その先にはいつも、子どもの笑顔が待っているのです。







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そこにあるもの

 2016-06-27
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週末の大阪のレッスンでの出来事です。

中2男の子が来てくれました。


今から数年前、大阪で講演会をさせていただいた時、ご両親で会場にお越しくださり、その場でレッスンのお約束をさせていただきました。

その子がまだ、小学校1年生か2年生の頃でした。


当時はまだ、新大阪に常設の教室を構えていませんでしたから、大阪でもなかなかレッスンのご予約をお受けできず、しばらくの間、岡山に毎月通ってきてくださった時期もあります。

わずか数十分のレッスンのために、毎月、大阪から高速を使って来てくださる、

私が、新大阪に教室を出すと決心した背景に、この子の存在も大きく影響したと考えています。


その子がこの日、いつもとは違う表情で教室に入ってきました。

「先日の宿泊学習で体調を崩して、もし何かあったらロビーで待機していますから、すぐに連絡してください」

お母さんは、そんなふうに私にお伝えくださいました。


なかなか言語で、こうしたことを伝えることが出来にくいタイプのお子さんです。

着席し、もう一度その子の顔を見ると、「さすがに今日は、最後までレッスンを続けることはむずかしいのでは」

そう思わせるくらい、いつもとは違う土気色の顔色でした。

お母さんの携帯番号を確認し、いつでもスクランブルで連絡できるよう準備して学習に取りかかりました。


レッスンを始めて10分くらい経った頃でしょうか?

その子の頬が、いつものようなピンクに変わっていくのが見て取れました。

と同時に、表情も生き生きとしたものに変化し、あの弾むような感じが戻ってきました。

誰が驚いたと言って、間近でその様子をダイレクトに見ていた私の驚きは、簡単に言葉で言い表せるものではありませんでした。



予定通り45分のレッスンを終え、時間ぴったりにお母さんが教室に戻って来られました。

私は、自分の心の中で高鳴る興奮を抑えながら、そのことをお母さんにお伝えしました。


「ほら、来る前と表情が全然違うでしょう?」

半分死にかけたような表情から、またいつもの笑顔いっぱいの彼の表情がそこにあるのでした。


もはや、この子にとってここで過ごす学びの時間がどんな意味をもつのか、

そのことについては、はるか私の予想を超越したものになっているのかも知れないと感じました。

私の話を聞いたお母さんは、目に涙をいっぱいにためておられました。


ここ何年か、岡山の発達支援センターの本館建設にかかわる様々な流れ中で、命を削るような毎日を送ってきました。

今は少しその内容も軌道にのり、時間的な余裕も、若干ですが生まれてきました。


大阪教室のホームページも、7月よりリニューアルさせていただくことになりました。

固定電話を開設したり、新しいタブレットやプリンターを購入したり、教材書庫の整理をさせていただいたりしました。


ご縁があってここの通ってくださる子どもとご家族の、さらにその真心にかなう質の高い学びの場を提供したい、

教室をあとに家路へと向かう母子のうしろ姿を眺めながら、そんな思いがこみ上げてくるのでした。










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自己否定の裏側にあること

 2016-06-20
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何年か前のことです。

私はある小学校で6年生の学年主任をさせていただいていました。


小学校の学級担任として、納得のいく学級経営ができたら、以後は特別支援教育の道に進む、

それが当時私の信念でした。


そのクラスは、本当にすばらしい子どもたちの集団で、学級活動の話し合いのようすを見学していた教育実習生が、「私は、人としてこんな豊かに心の通い合う場面を、生まれて見ました。20年も生きている人間の先輩として、自分が恥ずかしい。本当に心が洗われるように感じました」 と、大粒の涙をぽろぽろと落とした日もありました。


その年の学年末に、校長室に呼ばれた私は、「次年度は特別支援学級の担任をお願いする」 と告げられました。

「その年、教師として、最も力のある者に、特別支援学級の担任をさせる」

校長室でそうおっしゃったその一言が、私の運命に、決定的な影響を与えることになりました。


後にわかったことですが、この出来事の数年以上前、私が当時の特殊教育の内地留学に行かさせていただいた時、当時教育委員会の課長として、その道を切り開いてくださったのも、この校長先生でした。

後にこの校長先生は、県の校長会の会長になり、全国校長会の実行委員長として、大きな手腕を振るわれ、大学に入られてからは、教員養成の分野で出色の実績を残されることになります。


校長はかくあるべし、という姿が焼き付いた同時に、逆立ちしてもこんな校長にはなれないという思いが、当時から私の心の中に広がっていったのでした。


私の心の中にある、負のエネルギー、

教員として、あんなに目をかけてくださった先生のご期待に添えなかったというマイナスの思いを、私はどうしても振り払うことができません。

だからこそ、がむしゃらになって今の活動に打ち込んできた、

そんな側面が、ないわけではありません。


人間のパワーの源は恐怖である、と私は考えています。

そこに立ち向かうからこそ、生まれる何か、

苦難を振り払り払いながらも、踏み出すその小さな一歩こそが、未来につながる大切な道となるのです。


そう言えば、いつだったか、シアトルまで野球を見に行ったことがありました、

あれからもう10年?

先日のイチロー選手のインタビューにいたく心を打たれながら、私の胸には、そんな思いがこみ上げてくるのでありました。








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最強の裏方

 2016-06-16
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小学校でも、学級担任制だけでなく、教科担任制の良さを取り入れる学校も増えてきました。

私の教室では、小学校の学習指導の場合は、私も含めて3名のスタッフで、同じ時間に2名の子を教える体制をとっています。

もちろん私が直接教えることを基本としていますが、この頃はあえて私が2名のスタッフのバックアップ、つまり裏方に回る機会が増えてきました。


すべての教材は、その日の朝、私が用意しています。

これまでの学びの経過、その子の認知処理様式、学校での学習の進捗度などを考慮して、その子にとって最も旬の教材、つまり発達の最近接領域のものを選びたいと考えています。


その私が、少し離れた位置で、その子の学習の様子を見ていると、その子の中で今何が起こっているのかが手に取るようにわかります。

その部分につまずきが見られたなら、教科書のあのページを提示してやれば、子どもは自力解決できる、

そう判断したなら、すぐにその教科書を広げ、担当の先生のふところに渡します。

そしてその先生が、ジャストのタイミングで、子どもに提示することができるのです。

ケースによっては、すぐさま別のプリントをその場で印刷して差し替えることだってできる、

まさに最強の裏方。


私が直接教える意義と、私が裏方に回ることで得られるパフォーマンスの豊さ、

これからの私は、その二つを、さらにうまくバランスをとって構成していかなければならないと考えています。

単にこの子ならこの先生とプロデュースするだけなく、「この子の場合、この教材はA先生で、ここからの教材はB先生に」というところまで組んだフォーメーションの精度と内容を、もっともっと高めていかなければなりません。


私でなければ出来ないことがあるように、私には出来ないことがあります。

私が組織のリーダーとして子どものためにすべきこと、そして一人の実践者として立ち向かうべきこと、

その答えのすべては、きっと子どもの学びの中にあるのです。






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支援者だから見えること

 2016-06-02
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2歳くらい子から高校生まで、

年間10,000を越える個別レッスン、

私の幸せの根元は、すべてここにあります。


これだけのレッスンを何年も続けていると、「これは伸びる」 と確信する瞬間が時折あります。

この確信の実現率は、ほぼ100%、

これまでその期待が裏切られたことは、1度たりともありません。


そのことを感じるのは、決して順調に行っている時ではありません。

必死な思いで、ずぶずぶになりながら、母子で前に前に前にと進もうとしている足取り、

そのわき目も振らず、遠くを見つめる母子の目の色を見て、遠からずこの子は必ず化けると確信できるのです。


あの時、先生にそう言われましたが、その時はとても信じることは出来ませんでした、

先日、三重からお越しくださったお母さんが、しみじみ私にそう伝えてくださいました。


あの苦しい場面でも決して軸をぶらさず、何があっても前に進んで行こうとするその足並みの力強さ、

その足音が、本物であるかどうかが、私にはわかるのです。


逆に一時的に熱心な人であればあるほど、案外1年くらいで売り切れてしまうことが多いのも、まぎれもない事実です。

その途中の景色までは言い当てることはできませんが、やがてくるその日のことは、私には何となくわかります。


レールに乗っかって、オートマティックで、ただそれに乗っかっていればよいのであれば、どんなに楽なことでしょう、

一歩でも、半歩でも、前に進もうとしなければ、苦しみもなければ、困難もありません。


でも、それが子どものためになるのなら、あえて母は、いばらの道でも裸足で歩んでいこうとするのです。

それがもしも 深く、ゆるぎなく、本物であるのなら、どうして思いの叶わぬことなどあるでしょう。


歩むのは母であり、私ではありません。

そしてその歩みは、決して誰にも止めることは出来ません。


だからこそ私は支援者として、

遠くに見える希望の光を、笑顔でしっかりと、指差していかねばならないのです。






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多様性と共生社会

 2016-05-28
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朝一番に、こども園の男の子のレッスンをしました。

こども園から、発達支援センターまでの道のりは、わずか10分足らずの道のりになります。


その子の手を引きながら一緒に歩いていると、同じクラスの男の子が、笑顔いっぱいに手を振って声をかけてくれました。

すると今度は、すぐに別の保護者の方から、「今日は発達支援センターで、お勉強なの?がんばっておいで」 と、やさしく声をかけられました。


10歩歩けば別の子が、また10歩歩けば別な保護者がと、次から次へと声をかけてくれます。

どれだけこの子が、みんなから愛され慕われているか、本当に驚いてしまいました。

おそらくは、この子抜きのクラス運営など、もはや考えられないと感じました


私は個別指導の実践者ですから、それぞれの子どもの特性に応じた専門的で豊かな教育の必要性を、誰よりも大切にしている一人です。

ですがそれは、その子が所属集団や社会の中にしっかりと居場所があればこそ生きるのであって、集団から分離して小さな部屋で療育をすれば、あたかもそれが専門的な教育と考えるのは、大きな勘違いだと考えています。


これまで何十年にわたり脈々と続けれれてきた日本の分離教育を、頭から否定しているのではありません。

それよりむしろ、それぞれの人がそれぞれの持ち味を生かして、社会の中で生き生きと暮らす共生社会の実現に向けて、地域や集団での基盤がしっかりと構成され、そのうえでその子の特性に応じた豊かで専門性の高い教育の場を構成していくことこそが、これからの日本の教育が目指していく形であると信じているのです。


インクルージョンとは、そういうこと。

お題目は、誰でも共感していただけますが、こと具体となると、たったこれだけのことがなかなかすぐには理解してもらえません。


みんな同じ服を着て、みんな同じ方向を向いている、

果たしてそれが、本当にあるべき姿なのでしょうか?


よそ者や自分とは違うものを受け入れない風土、

何々は何々であるべきという固定的な価値観、


四角いビルが整然と並ぶ風景よりも、本当に美しい自然の中では、すべての生物がそれぞれに豊かに暮らしているのです。

















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選べる教育

 2016-05-20
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学校でも、家でも出来ないのに、どうして白ゆりではこんなに生き生きと学習に取り組めるのか?

多くのお母さん方から、そんなコメントをいただいいています。


私なりの種明かしをさせていただきます。


その秘密の一つ目は、指導目標と子どもの力や願いをつなぐ、いわゆる発達の最近接領域にあたる一人一人の教材を、毎朝私がオリジナルで仕込んでいるからです。

それが市販であろうが自作であろうが、いわば旬の食材、血の通った教材を、責任者の私が手作りでチョイスしているのです。

新鮮なライブのレッスン程、子どもの目を輝かせるものはありません。


二つ目の秘密は、担当者を選ぶプロデュース力です。

どこの学校でも、子どもによって先生を選ぶことは出来にくいと思いますが、白ゆりは違います。


現在、個別指導は3名のスタッフで運営していますが、その時間的な割り振りは、すべて私が構成します。

その時間のすべてを私が担当する場合もありますし、逆にすべてを別の先生に託す場合もあります。


また、算数はA先生に担当させ、国語はB先生お願いするというパターンもあれば、AちゃんにはA先生、BちゃんにはB先生と決める場合もあります。

要は、与えられた戦力で最高のパフォーマンスとなるように、すべての結果責任を負う形で、指導内容と人を、私がプロデュースしているのです。


私はプロとして、30年以上教育に携わり、経験の面で私に太刀打ちできる先生はいませんが、私に出来ないことがAという先生には出来、Aという先生にはない持ち味がB先生にはあるのです。

これまでなかなか出来そうでできなかった選ぶ教育、

その意義が、実践を通して実証できるかどうか?


すべての子に、主体者として、生き生きとした学び場を提供すること、

ただその子に最適な学びの場を構成したいと願うこと、


私たちのチャレンジは、これからもずっと続いていくのです。






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母の思い

 2016-05-09
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ご縁があって1年前、発達支援センターでサポートさせていただくことになった5歳の男の子がいます。

この1年で、職員も目を見張るほどの大きな成長を遂げられました。


この4月、白ゆり保育園がこども園へと移行するのを機会に、晴れて 「認定こども園白ゆり」 の年長クラスのレギュラーメンバーとなりました。

園長さんも、「入園式でもひと際目が輝いていたね」 と、その成長ぶりに目を細めていました。


そのお母さんから、多額の図書券を頂戴しました。

うちの主任さんは、絵本のチョイスについては、ピカイチのセンスをもっていますので、その図書券をそっくり彼女に渡しました。

そして、購入させていただいた絵本が、画像の通りです。


お迎えの時、いつも子どもたちは、担当の保育士に寄り添われながら、食い入るように絵本に見入っています。

その母の思いを、形として子どもたちに伝えたい。

ありがたくて、ありがたくて、何だか熱いものが、胸の中にこみ上げてくる思いでいっぱいになりました。





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しっかりと学びに打ちこんだ子

 2016-05-08
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私は今、チームとして事業を行っているので、スタッフの人選は生命線です。

ご縁があって、特別支援教育を学ぶ学生が、これまで何人もアルバイトとして働いてくれました。


ある学生が、応用行動分析について、かなりしっかり学んでいました。

学生としては、相当の力量だと感じました。


しかし、その子が、リアルな実践現場で即戦力となるかどうかといえば、それははっきりとNOという答えになります。

たかが学生が、ちょっとくらい学んだからといって、プロのフィールドで即通用するレベルにはなりません。


逆に、「私は文献研究ばかりやってきて、実践については素人同然です。先生方の指導を見て、一から学んでいきたいと思っています」 と、言う子は魅力的です。

何年も経たないうちにきっと、子どもの心に寄り添う、いっぱしの実践者へとなっていくことでしょう。



学生時代に自分の研究に真摯に打ち込んだ子は、現場に来て必ず花開く、

もしも私が採用するなら、小手先のテクニックをもった子ではなく、大学でしっかりと学びに打ち込んだ子の方を選びます。


人は、学びに真剣に打ち込むことによって、自尊心を培っていくのです。

因数分解が出来たところで、因数分解そのものが生活や将来の何かに直接役に立つことは稀です。

でも、学びそのものををおろそかにする所から、何も大切なものは生まれて来ません。


障がいのある子どもの学びに真剣に寄り添ったことがある者なら、「障がい児は、勉強が嫌い」 なんてことを、思ったこともないはずです。

むしろ、誰よりも良質の学びを欲しがっているのです。


「こんな子に勉強させても無駄」 だと、平気で言う人がいました。

では、お尋ねしますが、あなたが高校で習った因数分解の何が、あなたの将来に役に立ったと言えるのでしょうか?


学びに真剣に立ち向かうことから、人は自分自身に対する肯定感を培い、アイデンティティーを確立し、自立への扉を開いていくのです。


学んでも無駄という言葉は、生きていても無駄だ、という宣告にも等しいと、私は思っています。


この子たちから、大切な学びの場を奪わないでほしい、

いつもキラキラととした目で教材を見つめる子どものうしろ姿が、私の目には、何よりも愛おしく映るのです。




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学びのツール

 2016-05-06
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私の事業所には、児童用として surface pro2 が2台、surface pro2 のRTが2台、I pad が2台、ノートパソコンが2台、学習ソフト満載で、いつでも使える状態で準備しています。

紙や鉛筆が使えなくても、こうしたツールを使えば、生き生きと学習できる子が何人もいます。


それぞれに幼児用のソフトから、中学生向けのソフトまで、ありとあらゆるものを厳選してインストールしています。

このタイプの子にはこのソフトが合う、

ここまで認知が育ったのなら、次はこのソフトを使えばいっそう生き生きと学習に取り組めるはず、

それぞれのソフトの向き不向きや良し悪しも、実践を通してブラッシュアップしてきました。

画像の子の数字の書字の教材もその一つです。


ソフト1本インストールするのも、数千円の費用がかかります。

買ったは良いものの、ちっとも役に立たず痛い目に会ったことも1度や2度ではありません。


これを個人で負担するには額が大きすぎます。

ならばということで私は、教材にかかわる費用は一切惜しまずに、さまざまなものを購入してきました。


白ゆりに来れば、そのお子さんに最適なツールが提供できる、

こうしたことも、私たちのような通所支援事業所の果たすべき大切な役割であると考えています。


子どもに今必要なツールは、何にも増して最優先で自由に購入できる、

そうしたシステムができたのも、利用者の皆様の応援があればこそというものです。


子どもの学びの要求を、思う存分かなえていける環境づくり、

私たちの目指す一つの形がそこにあるのです。







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立ち止まらない者

 2016-04-29
大人は言葉でだませても、子どもの心はごまかせない、

裸の王様ではありませんが、子どもの感性にごまかしはききません。


ましてや、私の所に通って来てくれる子は、自分の命にピュアな部分をもっていますから、その人が自分にどんな気持ちで向き合っているのかを、瞬時に見抜いてしまいます。

それは、言葉ではなく、まっすぐな命で、物事を見つめているからだど私は考えています。


毎週金曜日、最後のレッスンは、中学3年になったりんちゃんです、

決まってりんちゃんは、私に 「今週は大阪?」  と聞いてきます。


うんそうだよ、と私が答えると、「そう?」 と言って、とてもうれしそうな顔をします、 

帰る間際になると、「先生、かっこいいよ、頑張ってきて」 と言って帰ります。


5年生のさきちゃんは、最近私とは別の先生と勉強している時間が多いのですが、その2人の先生に見送られながらも、帰る途中、振り返りざまに 「SINIOBU先生、かっこいい」 と大きな声で言って、みんなの爆笑をかっていました。


さきのちゃんは、まだ小学校2年生ですが、私のことを彼氏のように思っているふしがあって、「もうっ、先生はさきちゃんの彼氏じゃないんだよ」 と言うと、後ろでレッスンの様子を見ていた先生が、思わず吹き出していました。


この子たちは、どの子も、もう4~5年以上続けてレッスンをさせていただいている子です。

1年に3,000時間以上のレッスンを積み上げ、時間を走るように駆け抜けてきた私を、一番そばで見つめてきた子どもです。


ダウン児症の赤ちゃん体操の教室をのぞくと、たくさんの赤ちゃんが、一斉に私の方に目をやります、

私以外の誰かで、赤ちゃんが同じような反応をしている場面を、私はこれまで一度も見たことがありません。


何か目標をもって生きることの大切さ、

他者に貢献できることで感じる、肯定的な自分に対する見方、

この子たちのあこがれが、外見なんかであろうはずがありません。


言語に置き換えて物事を判断するのではなく、ピュアな感性でそのものを感じ取る子ども、

私が、自分の後ろ姿で子どもたちに伝えたいこと、


あなには、あなたにしかできない大切な役割をもって、この世に生を受けたのです。

どんなことがあっても私は、時間を駆け抜ける営みを、止めることはできないのです。















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学びの豊かさが母にもたらすもの

 2016-04-28
以前、白ゆりに通ってくれていた男の子の兄弟が、ご家庭の事情で県外に転居されました。

制度の都合で、公費で白ゆりの通所支援を受けられないということで、費用自己負担で県外から月1回通ってくださるようになりました。


私は、自分の技術が特に優秀だと思ったことは一度もありませんが、学校教育ではできにくいこと、個別指導だからできることがあると考えて、日々のレッスンに取り組んでいます。


オリジナルで開発した読解支援プリントもその一つです。

それぞれのお子様の認知処理特性に合わせて、同じ内容のものを3つのバージョンで用意しており、その3セットを月別に4段階のレベルで揃えてあります。

私の個別指導は、指導訓練室で行い、ご家族の方はモニター付きの保護者控室でレッスンの様子をご覧いただいています。


この日、レッスンを終えて保護者控室に伺うと、お母さんが目に一杯涙を浮かべておられました。

別室から聞こえてきた読解指導場面での私たちのやり取りを耳にして、ここまで楽しそうに、ここまで豊かに学習できているかと思うと、何とも言えないあつい思いが胸にこみ上げてきたと、お伝えくださいました。


母の胸には、わが子の学びが、一体どのような風景で映し出されていったのでしょうか?

そのことを何よりの喜びと感じる母の愛情の、何と豊かで美しいことでしょうか?


たった45分の学びの時間に託された美しくも大切なこと、

子どもの前に立つ指導者は、いつも心してこのことを受け止めなければならない、


弾むように生き生きと学習に取り組む子どもたちの横顔、

そのことが、きっと何か大切なことを、次々と切り開いていってくれているのです。







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夢をもつ意味

 2016-04-23
「白ゆり発達支援センター」という文字の前に、私はあえて「岡山」という2文字を入れさせていただいています。

それは、発達支援にかかわるスタンダードモデルを、この岡山の地から全国に発信し、自分の夢に向かって歩み続けるという覚悟の現れです。


私は現在57歳、

この先私がどれだけ心血を注いで仕事に打ち込もうが、そうでなかろうが、給料自体は何も変わりません。


現状維持で、大きなミスもなく、守りに入って日々を過ごした方が個人としての生活は安定するのでしょうが 、私の家族は、そんな私を求めていないのだろうだと思っています。

そしてそれは、きっと私のレッスンを受けてくれている子どもたちが、一番敏感に感じ取る部分であろうとも思っています。


人には、夢に向かって歩む人の輝きを、心の芯で感じ取るセンサーをもっているのです。

私のレッスンに来てくれる子は、誰よりも自分の命に敏感な子が多いわけですから、そのセンサーの感度が鈍かろうわけがありません。


子どもの幸せを願い、日々夢をもって歩んでいる先生と、そうでない先生、

いくら理屈や言葉で取り繕ったとしても、子どもの感性までごまかすことはできません。

自分自身が熱い夢を持ち、打算を打ち砕き、力強く前へ前へと進まずして、どうして君に夢をもっていきることの大切さを語ることができるでしょうか?


たとえあなたがどんな課題に向き合っていようが、私はあなたに、夢をもって生きる子どもになってほしいと願っているのです。

そのことで、自分の命をさらに精一杯輝かせて生きる毎日を、プレゼントしたいのです。


今日は大阪、

来週は京都、

私には、土曜日も日曜日もありません。


屋根付きの屋内運動場を整備して,雨の日も自由に遊べる場所を、子どもたちにプレゼントしたい、

岡山に次の新しい事業所を作って、ご家族に希望の日数だけ、自由にご契約いただける環境を提供したい、


大切なお子様の成長と、ご家族の願いを託していただける誇り、

そこに向かう私の歩みに、立ち止まる時間など、必要ないのです。







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大切さを全国に伝えたい
新大阪教室

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岡山教室

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Author:SHINOBU
白ゆり発達支援センター

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