誰かのために 何かができる子に育てる

 2011-04-15
次女が、この春、高校を卒業しました。

それは決して平坦な道ではなく、親子共々、苦難の縁で苦しみながら到達した一つの節目でした。


本当にギリギリまで、卒業できるのかさえ、わからないような状況でした。

卒業式の午後、これまでご迷惑をかけ続けてきた学年主任の先生に、両親でご挨拶に伺いました。

卒業証書は、まだ学年主任の先生の手元にありました。


学年主任の先生が、私の目の前で、その卒業証書を開いて見せてくださいました。

娘の名前が、しっかりと書かれていました。

娘が誕生し、出生届に、初めてこの子の名前を書いた日の事がよみがえり、思わず目頭が熱くなりました。


中学の時の、ほんの小さなつまずきから、この子にとっては苦しみぬいた中学・高校生活でした。

体が動かなくなり、数ヶ月間、高校を休学した時期もありました。


4月から、その娘が、学童保育や小さい子どもの支援の仕事をするようになりました。

保育士の資格があるわけでもなく、まったくの見習いとしての仕事をしています。


先日、様子を見にいくと、給食の時に小さな子どもの横に座って、やさしく言葉かけをしている娘の姿がありました。

鉄棒の横で、小学生の子が、連続逆上がりをしている姿を、しっかりと見てあげている娘の姿がありました。


子どもが帰ったあと、娘は、一生懸命トイレ掃除をしていました。

「どう? 働くのも悪くないだろ?」

一言、私がそう言うと、娘はこっくりと深くうなづきました。


昨年の夏、私は、ブロードウエイのミュージカルに、この子を連れて行きました。

感動で、胸を一杯にしている娘の表情に、そこから動き始めた何かを感じる事が出来ました。


この子は、きっと苦しんだ分だけ、大切なことをつかんだに違いない、

小さな子から、「石原先生」 と、呼ばれたこの子は、やっと自分の命の輝きを取り戻し始めました。


誰かから、必要とされることによってのみ、人は自分の生きている意味を感じ取ることだできる、

私は、自分の娘の育ちから、改めてその大切さをかみしめたのでした。


たとえそれが、どんなささやかなことであって良いから、私は指導者として、支援者として、かかわった子どたちとご家族に、そのことを伝えていかなくてはなりません。


すべての子に、必ず命の輝きがあるのです。

誰かのために、何かのできる子に、何としても育てていきたい。

それを、既製品のものさしで、決して決めつけることがあってもいけません。


そのことは、その子と家族の幸せに、きっときっと、深く結びついていくのです。


この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-04-16)



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コメント
いつもお世話になっています。
遅くなってしまいましたが、おめでとうございます。
嬉しいお知らせでした。
人が育つために大切なことと、その道筋はいろいろなんだということを改めて感じながら読みました・・。
【2011/04/18 08:39】 | 夢追い人 #- | [edit]
こちらこそ、ありがとうございます。

育ちの局面では、厳しい時期もあろうかとは思いますが、色々な人との出会い、色々な人とのかかわりを通して、培っていく内容もあろうかと思います。

真剣に向き合えばこそ、痛むことがあり、痛んだ中から大切なことに向き合うこともあったように思います。

人の輝きということについて、しっかりと見つめる視点を養っていければと願っています。

これからも、気がついたことを教えていただければと思います。

どうぞよろしくお願いします。
【2011/04/18 19:34】 | SHINOBU #- | [edit]












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