特性理解を ポジティブ発想で生かす指導の実際

 2011-02-11
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私は、大学院で勉強していたとき、それぞれの先生に、とても大切なことをたくさん教えていただきました。

その中でも、特に強烈に心に響いた言葉、

それは、

「ダウン症という障がいは、本人にとってもご家族にとっても重く切実な現実で、決して軽々しく受け止めることは許されないけれど、発生学的、あるいは医学的な見地から見ると、必ずしもネガティブな側面ばかりとは言えない」

という一言です。


私は今、月に40名ものダウン症の子の個別指導に直接かかわっています。

今日、事例を紹介するりんちゃん (小3) も、その一人です。

同じダウン症のこ子といっても、それぞれが、それぞれの魅力と課題をもっていますが、私は今、改めて、りんちゃんとの指導を通して、その特性をポジティブ発想で指導に生かしていくことの、意味と価値をかみしめているのです。


かれんちゃんもそうですが、私の教室のダウン症のお子さんの中には、達成動機が高く、本番に強く、そして人の気持ちや文脈、場の空気をデリケートに感じることの出来る子が多いのです。

一旦ツボにはまれば、それはそれは楽しい学習活動が展開できます。

しかし、それが自分の意に反する内容であったり、連続性の意味がわかりにくかったりすると、突然固まったり、暴走モードに突入したりします。


そこで、そうした特性を、いかに指導場面で生かしていくかという具体的な事例の紹介が、今回の紹介させていただく記事の中心となるわけです。



この日も、りんちゃんは、中心教材となる算数のプリントに取り組みます。

「何だ、またこれか?」 と、小さい声ですが、先制パンチを食らってしまいます。


ここで、心に余裕の無いときであれば、指導者の心に微妙に心に焦りが生じ、急に高圧的なトーンに変わったりするので、ますます子どもの意識は、ネガティブになってしまいます。

そういう痛い経験を何度も味わってきた私は、すかさず、「これから算数の勉強を始めます。 誰か、号令をかけてくれる人はいませんか?」 と、必殺技を繰り出します。

この一言で、りんちゃんに、これから始まる楽しい算数劇場の華やかな扉を開けさせるのです。




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> さて、一番の問題を読んでくれる人はいませんか?


りんちゃん、元気よく手を挙げてくれます。個別指導教室ですから、生徒はりんちゃんしかいません。必ず、りんちゃんが当たるのです。でも、ここはバーチャルリアリティ=仮想現実の学校現場の再現になっているのです。

りんちゃんの学びの夢をかなえる空間が、今ここにあるわけです。


さっきまで、「何だ、またこれか?」と、言っていたりんちゃんですが、「はい、それでは、りんちゃん、お願いします」と、言うだけで、それはそれは生き生きと問題を読んでくれるようになるわけです。

あれだけ、算数の問題文を読むのが嫌だったりんちゃんは、どっかに行っちゃいました。


これまでの取り組みにより、文字を見てそれを音声化し、さらにそれをイメージ化するプロセスが、少しずつレベルアップしている手応えを感じていますが、まだまだ支援は必要です。


> 「たまごが、10こありました。」  誰か、黒板にたまごを10個かいてくれませんか?

うちの教室に、黒板なんてありません。 が、りんちゃん、またまた手を挙げて、プリントにたまごを10個、かいています。

> 「きょう、5こたまごやきにつかいました」 誰か、使ったたまごに、×印をつけてくれますか?

ここが、今日のポイントです。 私は、りんちゃんの演算決定のこれまでの育ちを把握していますから、この第1問は、あえて、「使ったたまごに、×をつけてください」 という発問をしたのです。 こうすることにより、彼女の得意な文脈やストーリーの中で、引き算の意味を体験的にとらえさせたかったのです。

今のりんちゃんには、ここで 「さて、これは何算ですか?」 と、文字言語だけで判断させるより、「使ったたまごに×印をつけてくれますか」 と、自らの手による操作活動を1本取り入れ、ストーリー性をきっちり把握させることによって、エラーが未然に防がれ、「これは引き算」という演算決定の意味が、しみこみうように理解できていくのではないかと思ったのです。


ダウン症の子のレッスンに、この手の発想の手だてが、有効に働く確率はかなり高いと思います。

りんちゃんも、これまでの活動体験がありますから、×をつけたとたん、「これは引き算」とすぐにピンときたようで、問題を解くのが、楽しくてたまならいようすです。

もちろん、この支援も、やがて段階的にフェードアウトしていきます。

このさじ加減は難しいですが、育てるのは、そういうことだと、私は思っているのです。




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この日、りんちゃんの学校は、3年生のクラブ見学の日でした。

その影響で、いつもは90分のレッスンが、60分しか出来ませんでした。


文字を読んで、それを具体的にイメージ化できる。 演算の意味を、体験を通して理解できる、

ねらいとする所に、手が届き始めた、

そのプロセスが、安定してきた、

支援が最近接の領域に近づき、徐々にそれをフェードアウトしていくことも可能になり始めた、

思ったより早く、次のステップに進めるかも知れない。

私にとって、その60分は、楽しくて楽しくて、手応え十分の内容になりました。


指導の後で、りんちゃんのお母さんと、今日の指導内容の報告をさせていただきました。

「調子が出るまで、時間がかかる」

それは、多くのダウン症のお子さんに共通することがらです。

そういうお子さんには、長い長い滑走路が必要なのです。


しかし、それは、短所であると同時に、長所でもあるのです。

かれんちゃんにしても、りんちゃんにしても、一度スイッチが入ってしまえば、それはそれは楽しい学習が展開できるのです。

これは、この子たちにあたえられたすばらしい才能だと、私は感じているのです。


私の教室には、あるお母さんからいただいた、「すてきなダウン症」 というカレンダーが飾られています。

2月には、ちょうどそのお子さんの写真が掲載されています。


ダウン症を 「すてき」 と、表現できるには、その可能性を信じることのできる裏付けが必ず必要なはずです。

教育が可能性を伸ばす

その可能性を信じることの出来ない者に、教育を語る資格などはないと、私は思っています。


目の不自由な方が、音に敏感になるということを聞いたことがあります。

また、脳には代償性機能というのがあって、左脳に障がいがあるがゆえに、右脳を使って天才的な業績を残したというエピソードも聞いたことがあります。


学童期の子どもは、脳の可塑性が高い時期ですので、あらゆる学習でその可能性を高めていかなくてはなりません。

苦手な面にも、挑戦させてあげなくてはなりません。

と、同時に、短所だけにとらわれすぎず、発想を切り替えて、長所活用の視点も取り入れていきたいものです。


ご家族の願いは、切実です。

短所を見過ごすことは、出来ないのです。

出来ないことを、出来るようにさせたいと願わずして、親とは言えないわけです。


教師も、基本的にはそうあるべきだと思っています。

だからこそ、家族だからこそ出来ない部分については、指導者がそれを長所活用の視点で生かしていく才覚も、併せ持っておくべきだと思っています。

例えば、集団での授業の中で、りんちゃんのような子が活躍できる場を、もっともっと豊かに構成することはできないものでしょうか?


子どもの学びは、一般論で語れない部分が、たくさんあります。

私が、多くの実践例を紹介させていただいているのも、そのためです。


ダウン症の子には、ダウン症の子に共通する課題と魅力があります。

それは、広汎性の発達課題のある子にも、同じ事が言えます。


これからも、具体例を通して、何か少しでもお子さんの育ちに大切なことを感じ取っていただきたい。

後に続く多くの子どもたちの幸せのために、

それは、私のかかわっているすべてのご家族の、共通の願いでもあるわけです。



この記事は、「特別支援教育人気記事ランキング1位」に選ばれました。 (2011-02-15)





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