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それぞれの発達の曲線に寄り添う

 2011-01-13
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かれんちゃんは、3・4歳の頃は、パズルが嫌いでした。

当時は、まだうまく言語で表現出来ない時期でしたから、途中で目を三角にしてパズルを放り投げてしまうこともありました。


その代わり、ロールプレイ大好きで、時間を忘れるようにごっこ遊びを楽しむことができました。

私に初めて、「せんせい」 と言ってくれたのは、いつだったでしょうか?

「せんせい」 と言ってくれる度に、うれしくて何度も何度も抱き上げてほめると、ケラケラと笑ってくれたのが、遠い昔のように思い出されます。


> 紙ちょうだい

> はい、紙をどうぞ

> ありがとう

> いいえ、どういたしまして 


今日は、何度も何度も、そんなやりとりができました。

ご覧のように笑顔いっぱい、心が通い合い、笑い声の絶えない時間を過ごすことができました。


そのかれんちゃんが今、昔あれほど嫌がっていた認知系のパズルを選択する機会が増えてきました。

今日も、アンパンマンのシェイプソートや、鍵開けなどに、自分からチャレンジするようになりました。

ここに来て、認知・巧緻性・達成動機など、いわゆる学習レディネスが整ってきたわけです。


ひとつのスタンダードな発達の指針として、3歳ではここまで、4歳ではこのくらい、そして5歳ならここまでは、という目標を決め、系統的・計画的なプログラムのもとに、計画的な教育を実施していくのが王道だと思っています。

そのことによって、得意なこと、苦手なことが明確になり、未知であるあるけれど、大きな可塑性をもった子どもに、豊かな教育の営みが展開されていくのです。

例え、到達度はそれぞれの子によって違っていたとしても、オフィシャルな教育の場では、ぜひ、こうあってほしいと願っているのです。



一方、微細な認知は苦手だけど、感受性が豊かな子もいれば、パズルは得意だけど、絵本のストーリーをつかむのが苦手な子もいます。

可能であれば、ぜひ苦手なことにもチャレンジして、それができるような子に育てたい。

そう願うのは、当然なことです。


しかし、いくらそういう願いが強くとも、学習レディネスが整っていない段階で、課題分析をしないままに、根性だけでこれでもか、これでもかとやったら、さすがにパズルが嫌いになってしまいます。

一人一人の発達のカーブはそれぞれです

もしもそのことで、やる気を失うようなことになったなら、何のための営みかわけがわからなくなってしまいます。


できることなら、多くの豊かな内容を学習させたい。

苦手な事にも取り組み、それができる喜びを体感させたい。

そういう思いが強ければ強いほど、無理強いをして、失敗するリスクも高くなります。


適切な理解のもとに、苦手な事にも、みんなと一緒にチャレンジさせたい。

その一方で、個に寄り添う機会が構成できるなら、その子の発達のルートに寄り添いながら、できる・わかるを軸にしながら、豊かなに枝葉を付ける活動を取り入れてやりたい。

そのことが、私に与えられた役割の一つであると考えているのです。


一見回り道に見えるようなことが、実はずっと近道だったと感じることが、何度もあります。

待つ勇気と、行き先が見通せる力量は、表裏の関係です。

かくいう私も、目先の要求が先行して、子どものやる気を踏みにじることはしばしばです。

そのさじ加減は、いくら経験を積んでも、なかなか思うようには行かず、反省ばかりの毎日です。

正解は、だれも教えてくれません。


課題をいくつか用意して、子どもに選ばせるのは、一つの方法です。

子どもの発達のストーリーはそれぞれですし、日々成長していますからね。

しっかりした見通しと、柔軟な対応。

受容と要求のバランス。

言ってしまえばそれだけのことですが、なかなか実践場面ではむずかしいことです。


子どもの表情は、多くのことを示してくれます。

それを読み解く才覚と、方略を具体化できる実践力を、もっともっと磨いていきたいと願っているのです。




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