「分かると分からない」 それをつなぐ個別計画

 2010-11-05
「何で分からないの? 今言ったばっかじゃん!」


これは、私が自分の娘に、勉強を教えた時に言ったセリフです。

「何で分からないの?」 を翻訳すると、「君の反応は、事前の私の予想を超えており、、どうしてあなたが分からないのかが理解できないので、感情のコントロールを失ってしまいました。」 ということになります。 

さらに、「今、言ったばっかじゃん」 は、「私には、こう説明する以上の能力は、ありません。できないのは、あなたのせいだから、私が悪いのではないからね。」 と感情的になった自己を正当化し、娘に認めさせようとする適応機制のの言葉です。



娘は、目を白黒しています。

皆さん、安心してください。

父親としての私は、こんなものです。

まったく、ダメな父ですね。


きっと、皆さんの方が、私より何倍もステキなご両親でいらっしゃると思います。

娘のモチベーションは、ガタ落ちです。

でも、親子の場合は、そこに絆というものもありますから、まだ何とかなります。



昨日は、りんちゃん (小3) のレッスンの日でした。

私には、この子に、基本的な計算スキルと生きた数感覚を、6年生までに必ず身につけさせるという大目標があります。

そのために、毎週90分の個別レッスンの時間を与えられているのです。

こんな私でも、さすがに教室でのレッスンの時には 「何で分からないの?」 とは、言いません。


この頃、りんちゃん、すごろくゲームが、かなりスキルアップしてきました。

以前は、サイコロで 「6」 の目がでた時、最初は 「6」 で止めるつもりでスタートしたのに、「1・2・3・4・・・」 と数えているうちに、それが 「6」 であることを忘れてしまい、「7・8・9・・・」 と、何度もオーバーランしていました。


毎回5分のすごろくゲーム、

やっぱり続けてみるものですね。

この日は、ほとんどオーバーランすることがありませんでした。

少しずつですが、メモリーをキープする力が付いてきたのです。

これまで、ショートターンメモリーの力を育てるために、何千円、何万円の教材・教具もいくつか購入してきましたが、私の教室では、このすごろくゲームが一番合っています。

もうボロボロで、うらは何重にもセロテープが貼られています。




文章題で、「合わせて 何まい?」 という問題がありました。

りんちゃん、こういう問題では、よく 「5こ」 と書いてしまいます。

私が、「おしい~、ここもう1回読んでね」 と指示すると、りんちゃん 「わかった~」 と、それが 「個」 ではなく、「枚」 であることに気がつきます。

が、次の瞬間、「まい」 と書くつもりが、「ひき」 に変わってしまうのです。

さっきまで、「まい」 と書こうと思っていたのですが、書くときに 「ひき」 になっちゃったのです。

すぐに、それに気づいたりんちゃん、自分自身でで大爆笑。

でも、これは次週に必ず生きるはずです。


目下、ショートターンメモリー増設中のりんちゃんですが、実はロングターン記憶は、結構得意なのです。

前回、すごろくゲームで、サイコロの目の小さい数が出た時に、二度振り? していたりんちゃんですが、先週、「今度はちいさい数のときにも、ちゃんとその数だけ進めるようになったらいいね、りんちゃん、3年生なんだから、きっとできるよね」 と、ゲームの終わりに伝えておきました。

言った本人が、半分忘れかけていたこのことを、実はりんちゃんはずっと覚えていて、今日は 「1」 が出ても、「2」 が出ても、ちっとも2度振りをしません。

前回に伝えておいたことを、りんちゃん、しっかりと心に刻んでいるのです。


きっと、そうなるであろうと思っていました。

決して見過ごすわけではないけれど、あそこでひっかき回すと台無しになってしまう、これまでの個別のストーリーがそこにあるわけです。

これぞ、りんちゃんだからこそ、ということで計画した指導内容です。

個別計画の、個別たるゆえんです。



達成動機の高い子なら、まずは、先に何回か勝たせてやろう。

しかし、社会性を育てる意味で、いつまでも2度振りでは、いただけない。

然るべきにタイミングで、うまくそこを乗りこえさせてやろう。

この子なら、近いうちに必ずできる。


そう考えていれば、余裕で、それは乗りこえることができる。

もちろん、たっぷりほめてやりました。

こういうとこは、父としての私と、指導者としての私の、同じではないところです。

大げさに言えば、肉親の愛情と、教育愛との質的な違いです。



どちらがよいのかということではなくて、私は、子どもには、その双方が必要なのだと考えています。

きっと娘は父としての私の教え方に幻滅したとは思いますが、でも、父を離れて、教師として娘に接したならば、さらに複雑な思いが生じてしまったのではないかと考えています。

優秀な先生を見つけることはできますが、親の代わりはできにくいのです。

娘は、指導者としての私に家にいて欲しいと、思っているわけがありません。



プロとしての私は、りんちゃんの 「できる」 と 「できない」 の間を冷静に見つめ、分析し、自分なりの仮説と小さなステップを構成し、毎回そこを、ていねいにブラッシュアップしていきます。

まずは、被加数をメモリーにキープさせ、加数を継次的に操作する数処理の手順を定着させたい。

次に、視覚的言語を内言語としてイメージ化させる小さなステップを構成し、演算決定の手順を帰納的につかませたい。

さらには 「できる」 感覚を育てた上で、「わかる」 ための算数的な活動 (ロールプレイ) をたっぷりと構成し、体験させてやりたい。


これが、今、私の考えているりんちゃんに対する個別の指導計画の一部です。

毎週、その内容は、お母さんと共有させていただいています。

ここまで、課題が明確になってきたのも、毎週のお母さんとの情報交換の時間なくしては考えられません。

お母さんの存在なくして、決して豊かな内容は構成できないと考えています。

保護者との内容連携の一つの形が、ここにあります。


昨日、お母さんにお伝えしましたが、私、ここまで来るのにも、ずいぶん回り道をしてきました。

ずいぶん、余計な月謝を払わせてしまいました。

おそらくウン万円?

なかなか最短距離では、走れません。



でも、そのことを含めて、ご家族は私に信頼を寄せてくださいます。

それがあるからこそ、今歩んでいる道の大切さを噛みしめているのです。


「この子は、勉強が好き」

本当にそう思います。

その宝ものを、大切に大切に育てていかなくてはなりません。


私の果たすべき役割がそこにある。

指導者としての私は、このようにしてご家族に育てていただいているのです。

私は、本当に幸せです。



この記事は、「特別支援教育 記事ランキング 1位」 に選ばれました。 (2010-11-6)





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