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家族として歩む 険しい道のり

 2010-09-17
子どもに生涯寄り添い、歩み続けるのはご家族です。

どんな状況にあろうとも、子どもの育ちに責任を負い、ずっとずっとその子のことを思い続けるのもご家族です。

私が、ご家族の意思や願いを、その子の育ちの主体者として、限りなく尊重し続ける理由がそこにあります。

そう言う意味において、特別な場合を除いて、ご家族に取って代わる機関などあり得ないと思っています。

だからこそ、私は、ご家族の自己決定を、何よりも大切に考えているのです。


支援とは、ご家族に代わって何かを代行することではなくて、主体者としてののご家族の力が、十分に発揮できるよう応援させていただくこと心得ています。

何らかの課題を背負って生まれてきた我が子と共に、そのご家族が歩んでんでいくべき道は、すべて未知なるものです。

その時その時に、精一杯判断した道でさえ、きっとその行き先に、不安を感じないではいられないことでしょう。


時には、予想だにしなかった展開となり、組織と対峙しなければならないことだってあります。

迷いながらも、心に不安を抱きながらも、子どもの育ちに責任をもつ家族として、その道のプロと対等に向き合って行かなければならないこともあります。


私は、色々な経過から、こうしたご家族の支援者としての、新しい道を歩み始めました。

時には、その結果が、必ずしもご家族の希望に添う形になりえず、自分の力の無さを痛感することもありました。

何のための支援者であったか?

でも、だからこそ、そこに支援者としての成すべき役割があることも、同時にかんづいてきました。


もしも、カーナビも何もない真っ暗な山道を、たった一人で進んでいるとするとと、心の不安はどんなものになることでしょう。

どうでもいい旅ならいざ知らず、二度と後戻りのできない大切な道であったとすれば、その不安も一層強くなるというものです。


そこに、地理に詳しい水先案内人は、不必要でしょうか?

この道は、まだまだ遠く苦しいもの、でも、ここを踏ん張れば必ず次の頂に到達する、そういって励ますナビゲートは、全く意味のないことでしょうか?


歩き続けるのは、ご家族です。

ご家族に成り代わって、歩むことはできないのです。

しかし、苦しい場面では、わずかであっても共に歩み支える支援者は不可欠です。

あまりにも大きな負担を、そのご家族のみに、強いている現状がありはしないか?

それが、家族支援の旗印を掲げ、3年近く歩んできた私の偽らざる気持ちです。


私は今、子どもの学びについて、学校側とデリケートな局面で向き合っているいくつかのご家族と共に歩んでいます。

そのご家族が、どんな気持ちで日々を過ごされているかを思うと、何とも言えない気持ちが胸一杯に広がっていきます。


私に何ができるか?

何をしなければならないのか?

その役割は、十分認識しているつもりです。


苦しい峠を越し、歩むべき次の頂が視野に入り、ご家族自身の足でしっかりと歩んでいくことができるようになれば、私の役割は終了です。

大きな課題に向かって行く旅路が、そんなにたやすいもので、あろうはずがありません。

そのことに、主体的ご立ち向かうご家族だからこそ、支援が必要となるのです。


ご家族の顔に、以前のような満面の笑みが戻るその日まで、私は一緒に歩み続けていきます。

家族にしかできないことがあるように、そこには支援者が果たすべき役割というものもあります。

そのことが、私の今を支えているのです。

そこに成すべき事がある限り、私はご家族と一緒に歩んでいこうと思っているのです。


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