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形で示す 先生から君へのメッセージ

 2010-08-13
先日、ある就学前の女の子のレッスンをしていたときのことです。

それまで順調に進んでいたのですが、何を思ったか、突然、その女の子が離席してしまいました。

お母さんは、少し離れた所でそのようすを、を見守っています。

少し前までは、ポイ投げが見られていたお子さんです。

その時、私がお母さんの表情を伺うことはしませんでしたが、そのお母さんの心境は、痛いほど伝わってくるのでした。


でも、私は、待つことにしました。

決して、それがマイナス行動ではないという、確信があったからです。


この日、導入時に、お買い物ゲームをしました。

この子は、かごの中から品物を選び、机の上に並べ、お財布から十円玉を、品物と1対1で対応させています。

わずか数回の指導で、手順を覚え、自分で活動をリードして進めることが出来るようになっています。

驚きです。


手順さえ明確に構成してやれば、達成動機の高い子ですから、自分で何でもやってみたいわけです。

それに、これまでずっとこの子の主体性を信じ、できる限り教材を自己選択させ、学びの意欲に基づきながら相互の信頼関係を培ってきたはずです。

多少のことはあっても、絶対にここに帰ってくる。

私は、そう判断し、何も声かけをせず、様子を伺ってみました。


そこに、ちょっと気になる、何かがあったのでしょうか。

数秒、それをごそごそいじると、すぐにその子は席に帰ってきました。

胸をなで下ろすような、お母さんの息づかいが伝わってきます。


お買い物ゲームで感じた、この子のモチベーションと、学びの構えは、やっぱり本物でした。

この日のレッスン、その後、信頼感の糸も、集中力の糸も、ひとときも切れることがありませんでした。

スケールの大きいこの子を育てていくのですから、正直私は、もう少し自由に泳がせてもいいと、思っているくらいです。

この日は、色々な状況から、このくらいの塩かげんでいいかなと、判断をしたのです。


マイナス行動の対処の仕方として、すぐに、それが望ましい行動でないことを、子どもに伝えることは大切です。

でも、それが確信犯であったなら、そこには行動の読み解きが必要です。

その子の生活の文脈・背景・行動を維持する要因・そのマイナス行動によって何を訴え、何を得ることができるのか、どうしてそんな労力を要してまで、何がその子をそんなマイナス行動に駆り立てるのか、その源泉はいったいどこにあるのか?


私なら、そういうことを自分なりに整理して、次回のレッスンの方略を立てます。

それは、いけないことだよ、と言語できちんと伝えると同時に、「本当の君の気持ち、先生はわかっているよ。だから、こんな子になってほしいんだ」 ということを、言語ではなく、レッスンの内容の工夫という形で子どもに示すことにしています。

それが、私の何よりの答えなのです。


言語で示すべき事と、言語以外で伝えることがあるのです。

言語化されないことの方が、子どもの心には、結局早く、深くしみわたっていきます。

建前の言葉が、こうした子どもの心に届くであろうはずがありません。



「親としては、あのように、信じて子どもを待つことができません」

レッスンの後に、お母さんはそう伝えてくださいました。

聡明なお母さんです。


そりゃ、当たり前です。

教育の場と、生活の場では、環境が同じではありません。

だからこそ、時間をかけ、費用をかけ、ここに通ってくださっているのは、お母さんご自身ではありませんか。


私が決して親の代わりができないように、親だからこそできることと、できないことがあるのです。

だからこそ、その付託を受け、私にしかできないことを、ここでさせていただいているのです。

この環境だからこそ、子どもに培っていかなくてはならいない内容が、そこにあるわけです。


子どもによっては、非言語の方が、つながると、ダイレクトに心は通い合います。


いつも、教室に入ると、スイッチを一つ消す子がいます。

言語表出のあまりない子です。

言語は少ないけど、私、最近この子との信頼関係が、飛躍的に深まっているのを感じています。

信頼が深まってくると、言葉がなくても、コミュニケートはできるのです。


私、ずっと遊び半分の自己刺激でスイッチをいじっているのだと思っていました。

「ダメだよ、スイッチで遊んじゃあ」 と言いながら、何度もそのスイッチを元に戻していました。


ところが、それでもまたその日、そのスイッチを消すのです。

よくよく見てると、それはいつも、南半分のライトのスイッチでした。

「そうか、そっち半分のスイッチ、消して欲しいんだ」

試しに、そのままにしておくと、いつもに増して、快調に学習を進めています。


そこに子どもを信頼する気持ちがなくて、果たしてこういう行動の読み解きができるでしょうか?

簡単なようですが、相互の信頼感がないと、こういう行動の読み解きは、なかなかできません。


以前は、着席さえなかなかできにくかった子です。

「何回、注意したら分かるの?」

そこで、心を傷つけるような発言の一つでもあろうことなら、マイナス行動は次々とエスカレートしていきます。

こういう場合、そのどちらに責任があると思われますか?


私の場合、そういうことの積み重ねで、子どもとの信頼感を培ってきました。

それが、私の何よりの財産であり、宝ものです。

私が信じているのは、子ども自身の学びの欲求なのです。

誰だってみんな自分を向上させたい、いろいろなことをいっぱい知りたい、成長したいと思っているのです。


それがその時、たとえうまく行かないことがあったとしても、教育はまず、それを信じる所からスタートします。

それがたやすいことなら、努力も苦労も、喜びもありません。


子ども学びの欲求と、無限の可能性を信じ、明るく、笑顔で、子どもにしっかりと力強く道筋を指し示す。

それが、私の仕事です。

私が目指す真の教育者の姿が、そこにあるのです。


私が行う日々のレッスンは、そこへと向かう大切な一コマです。

さあ、進んでいくのは、あなた自身なのだよ。

私にとって、こんなに楽しく、やりがいのある仕事は、決して他にはないのです。



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コメント
本当に、そうですね。こちらが思う「困った」行動は、本人の精一杯の表現なんだと痛感します。
その行動を読み解けたときは、「うわぁ!私より一枚も二枚も上手だ~」ということがたびたびです。
【2010/08/13 17:26】 | かいぬま #- | [edit]
私は、無条件に物事を何でも言語で置き換えて考えようとしてしまうので、時に非言語の大切なことを見過ごしてしまいます。

言語は、大切なコミュニケーションの手段でありますが、あくまでそれはツールであって、目的は心の通い合いであることを、しっかりと心に留め置いていこうと思っています。
【2010/08/14 07:57】 | SHINOBU #- | [edit]












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