子どもの特性を生かして、次のステージへ歩ませる

 2010-08-06
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かれんちゃん、昨日、久々に私の教室にやってきてくれました。

このところ、保育園のキャンプや、私の出張などで2週間も続けてお休みになってしまいましたので、とてもさみしく思っていましたが、扉を開けると、また元気一杯のかれんちゃんの登場に、教室の中がいっぺんに華やいだ感じになりました。

魅力満開のかれんちゃんの登場です。


このところ、かれんちゃんは内言語=イメージの世界が次々と発展していくようになりました。


おなべ1個、フィギュア1組、ミニカー1台あっただけで、続々とお話が発展していくのです。

「さあ、みんなおいで~」

「だいじょうぶ」

「こっち来て」

など、上手にその言語をキャッチして返してやると、面白いように世界が広がっていきます。

きっかけとなるものだけ用意できたら、あとはあまりごちゃごちゃ細かく限定して設定をしない方が、そのエネルギーが加速していくことも、活動を通して明らかになってきました。


かれんちゃんは、場の状況を読み取ったり、人の気持ちを感じ取ったりする力がすぐれています。

小学生の子どもで、聴覚性の言語ではナチュラルに応答できるのに、文字言語になると、とたんにイメージとして内言語化することができにく子がいます。

発達の過程で、時々起こるこんな場面に、私は何度も遭遇してきました。

一口に言語といっても、そのルートはとても複雑で高度なものなのです。


イメージを、正しく言語に置き換えて表現したり、文字言語などと対応してとらえるようにすることが、今後、かれんちゃんが目指していく課題の一つになっていくわけですが、この優位性を理解していることが、次のステージへ進むための支援を構成していくうえで、大切なポイントになるのではないかと考えています。



この日、かれんちゃんは、公文のステップアップパズルと、数字カードを自己選択してくれました。

私は、可能な限り、教材を子どもに選択させるようにしています。

それは何より、内発的な学習の動機付けを大切に考えているからです。


課題の多いお子さんほど、課題の重いお子さんほど、自己決定・自己選択の場面は限定されているのです。

そこには、周到な準備と、教育的な配慮、そして見通しという指導性が不可欠です。

平素、やらされることが多いお子さんだからこそ、自己決定・自己選択の場面を、工夫すべきであるというのが、私の願いであり、信念でもあるのです。


自立とは、自己肯定をベースにして、主体的に生きることです。

支援者に、その存在を肯定的にとらえる理念や価値観がなくして、どうして自立をめざすことなどできるのでしょう。

そこには深い哲学と、人が生きるという価値のとらえが不可欠なのです。

私が、子どもの内発的な意欲を、何より尊重するのは、こうした理由によるものです。


だれだって、成長の欲求、学びの欲求はあるのです。

歩むのは、子ども

導くのが、指導者です。

そこには、深い子ども理解と、周到な道筋が必要なのです。


人を、育てるということ

たとえそれがどんなに険しく、むずかしい内容であったとしても、人間として、親として、これ以上尊い営みが他にあるでしょうか?

私は、苦しみながらも笑顔を忘れず、真摯に歩んでいくご家族を、これからもずっと応援していきたいと願っているのです。


一人の子が育つというねうちを、しっかりと見つめていきたいと思っているのです。



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