ゆっくりだからこそ ちゃんと培うこともある

 2010-07-19
学校には、1年生だったら繰り上がりのたし算、2年生だったら九九、3年生になったらわり算やひっ算、4年生なら小数というように、学習内容が法的な拘束力をもって定められています。

文字通り、学びの中心地であり、オフィシャルな教育機関としての社会的な役割と責任を担っているのです。


しかし、私の教室には、時間割もなければ、教育課程も、系統的なプログラムもありません。

あるのは、ありのままの子どもの姿と、学びの欲求、そして指導者として育てたい具体的な目標だけなのです。

ある意味、ここでは時間が止まっているのです。


先日、4年生のある女の子が、理科で87点をとってきました。 快挙です。

「この子が、通常学級で学ぶと言うことは、お母さんがロシア語を聞いているのと、同じことなんですよ」

低学年の時、ある先生が、そうおっしゃいました。

私は、何て不用意な、配慮の欠ける、浅はかな発言だと、怒りを通り越して、あきれてしましました。

この先生、この子の聴覚言語の優位性に、何にも気がついていない・・


たしかにその当時、微細な視覚認知に脆弱な部分があり、精緻な文字の認知や書字に大変苦労をしていましたから、テストプリントなどでは、成果が現れにくかったのは事実です。

しかし、それを補うかのように、文脈理解や感情を読み取る力は、着実に育っていたのでした。

書き込み問題はできなくても、3択問題では、当時から出色の成果を見せてくれていました。

初めて、「黄色のバケツ」という教材で、この子の優れた能力に気がついたとき、私は感動で涙がこぼれ落ちそうになったことを、今でも忘れることができません。


この継次性能力があれば、苦手な部分はあっても、かなりの部分は改善できるのでは、というのが当時の私の見立てでした。

お母さん、この子は九九は行けるはずです。

1年生の時に、そうお伝えしましたが、当時はまだ、たし算もできていない時期でしたので、その時はなかなかそのことをうまくお伝えすることはできませんでした。


2年生になり、この子は支援学級へ籍を移しました。

そのこと自体を、結果論でどうこう言うつもりは、全くありません。

そこに、ご両親の真摯なご決断があったということを、痛いほど知っているからです。


以前にも、お伝えしましたが、この子、しばらく九九は 「九の段」 だけ言える時期がありました。

2の段は言えないのに、九の段はちゃんと言えるのです。

それは、通常学級の朝の会に行き始めたとき、朝の歌で 「九の段」 の歌を歌っていたからです。


今では、ほぼパーフェクトに九九はマスターしました。

私の教室では時計が止まっていますが、ずっと前に、お母さんにお約束したことを、実現できることができました。

先日、かけ算のひっ算ができるようになったとき、この子、プリントに思わず、 「ヤッホー」 と書いてくれました。


4年生になり、この子、支援学級から、再び通常学級に復帰しました。

最初、「5点」 のテストを持って帰ったと、お母さんは教えてくれました。

しかし、この 「5点」 は、ただの5点ではないと、私は信じていました。

よくぞ、明るく前向きに、このテストに取り組んでくれたねと、抱きしめててやりたいような気持ちでした。

すぐに100点は、とれなくても、絶対にこれから伸びる 「5点」 がそこのあったのです。

何と価値のあるテストであったことでしょう。

その値打ちが見えるのは、私が彼女の優れた能力を知っているからです。

それが見えていたなら、「ロシア語発言」 など、あろうはずはないからです。


通常学級に戻ってから、私の教室での学習内容は、見違えるようにダイナミックになってきました。

例えば、苦手だった漢字の書字にも、4年生の教科書を使います。

例えば、同じ 「強い」 という文字を学習するにしても、2年生の漢字ドリルから、順番につぶしていきやりかたと、4年生の今の教材から、「強い」 という文字をピックアップするのと、どちから子どもの学習意欲をかきたてる事ができるでしょう。

「あっ、この漢字、学校で習ったんだ~」

以前に比べて、うれしそうな表情を浮かべる、そんな発言がとても多くなってきました。


「1+2」も出来にくかった頃、

サイコロの目を、何度も何度も 「1・2・3・4・・・」 と数えていたあの頃、

少しゆっくりですが、四則計算、卒業までには何とか出来そうな所までやってきました。

ここに来て、発達のカーブも、急上昇です。


学校でのオフィシャルな教育があればこそ、私は、時間を止めて、この子のペースで歩んでやればよいと思っています。

私、小数や分数で、この子がよい点を取ってくる日も、やがてやってくるのではないかと期待しています。

時間をかけて体験的に、誰よりも、算数的な活動は積んできましたからね。

数原理さえつかめていれば、整数も分数も、そんなに変わりはないはずです。

4+7が出来れば、0・4+0・7だって、できないはずはありません。


理科や社会では、選択問題も多いはずです。

この子の力が発揮できるフィールドがそこにあるのです。

苦労した分、できた喜びは大きいし、その価値を誰よりも感じているのは、この子自身なのです。


人と比べて、切磋琢磨する営みは、あってよいと思っています。

しかし、人の尊厳を比べることは、あってはなりません。

どの子にも、その子のよさというものがありますから、比べていいことと、そうでないことがあるのです。


私はその大切な部分を、時間をかけてでも、ていねいにていねいに育てていこうと思っているのです。

こうした営みは、ご家族の信頼がなければ、できる仕事ではありません。

私が育てていきたいのは、この子が幸せに生きていくための、大切な心と力なのだと思っています。



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Author:SHINOBU
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