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つまずきがあればこそ 君は輝く (セットの発想で 肯定的な自己理解を育む)

 2010-05-28
例えば、昨日、交通事故を起こして、多額の修理費が発生してしまったとします。

誰しもが、「しまった」 と思い、後悔することでしょう。

そんなとき、「大けがにならなくってよかった」 とか、「あれは避けようがなかったことだった」 とか言いながら、大好きなケーキを腹いっぱい食べながら、友達に愚痴って、そのことを忘れようとします。

イソップの寓話で、取れなかったブドウを指さして 「ま、いっか、どうせ、あのブドウはすっぱいから」 とうそぶいたキツネも、そんな言い訳をして、心理的なダメージを回避しているわけです。


この、「ま、いっか」 は、一見ずるいことのように思われますが、現実生活の中では、こうしたことは、こころの安定を保つためにとても大切なメカニズムです。

心理的なミサイルをまともに食らいすぎて、自分が沈没したのでは何にもなりません。

このことを、精神分析では、「防衛機制」 と言ったりもします。


「ま、いっか」 が出来にくいことが、自閉症の大きな課題であるでいうことを、昨日、あるお父さんのお話の中から教えていただきました。

「自閉症とは、嫌なことを、忘れられない障がいである」 とも伝えてくださいました。



目の不自由な方は、聴覚や皮膚感覚がとても研ぎ澄まされると聞きます。

言語の少ない子が、人の感情を読み取る力が強いのは、日々の実践で、私が日常的に感じていることです。

継次処理の苦手な子は、同時的な力が育ちます。

表出言語がなく、聴覚性言語の入力も苦手な子が、裏返しにしたパズルを、見るも鮮やかに1~2分で完成させてしまう場面を、私は何度も見てきました。

まさに、長所と短所は表裏の関係にあるのです。


もちろん、すべての力が全面的に伸びていってほしいと願っていますが、言い換えれば、花子ちゃんは、書字が苦手だからこそ、お話をスラスラ読む力が身についてきたのです。

太郎君は、聴覚性の言語の入力が苦手だからこそ、工作や漢字の書字が発達してきたのです。

苦手なことだけを、片面から必要以上にネガティブにとらえすぎると、時として、子どもの成長や利益につながらいことだってあるのです。


「俺、目が見えなくってもいいや、ピアノが弾けるから。」

ピアニストの辻伸行さんの言葉であったと記憶しています。


先のお父さんは、こんなふうに思えないことが、マイナスのことだけが、ぐるぐると頭の中で回り続けることが、自閉症の大きな課題であるのだと伝えてくれました。


そのお子さんが、週に1度、私の所に通ってくれているのです。

私は、一体何をすべきなのでしょう?

その一つの方向性が、昨日の話の中で、私たちには見えてきました。


子どもを育てる道筋は、2つ。

子どもが育つまではと、支援を施し、子どもの自立に合わせてそれを段階的に除去するプロンプトフェーディング法と、課題分析をし、小さなステップを構成して、一歩ずつそれを登っていくスモールステップ法。


現実生活に密着したご家庭では、プロンプトフェーディング法で、子どもの気持ちを支えることが第一です。

そして、教育的に環境を整えた私の個別指導の場では、スモールステップ法で大切なことを培っていきたいと思います。


私が、その小さなステップで、この子に培って行くことは何か?

それは、「君は苦手なところがあったけど、だからこそ君の得意なことが伸びたんだ」 というセットの発想で、肯定的な自己理解の力を培うことです。

誰しもが、長所と短所をもっている。

比べるのは他人とではなく、絶対的な唯一無二の存在として、君自身のよさを見つけてほしい。


何のために、この子と勉強を続けているのか?

ずっと心の中で繰り返してきた、私自身の問いに、今一つの道筋が見えてきたように思います。


大きな可塑性をもった子どもですから、苦手なことも、できればもっとここまでという営みで、努力を続けて欲しいものです。

そのことによって、大きく開かれる未来もそこにあるはずです。


しかし、時としてそのことがマイナス面ばかりに目が向き、存在そのものを否定的にとらえがちになる、マイナスの作用があることも、心得ておくべきであると思います。

肯定的に自分を理解できている子は、少々のことは大丈夫です。 うんと鍛えてやってください。 そのことで、さらに達成感をもつことができます。


しかし、マイナス面だけに目が向いて、自分はダメだと思っていては、伸びるものも伸びません。

そこは、育て育む者が、心しておかなくてはなりません。


あの時の苦労があればこそ、今の自分がある。

少年時代のつまずきがあればこそ、今の私がある。

苦手なこともあったからこそ、今のあなたの輝きもあるのです。


あなたのステキなこと、

防衛機制が苦手だからこそ、私はそのことを、言葉だけではなく、学びという形でずっとこの子に示していこうと考えました。


毎回の、学びの小さな積み重ね、

それは、あなたの特性を生かした、長所活用型指導の具体化でもあります。

軸さえぶれなければ、やがてそれが大きなうねりと化することだってあるのです。



この子、自分では気がついていないかも知れませんが、それはそれはすばらしい才能をもっています。

かぶせすぎると、負担になるので、そこらの配慮も必要です。

私は、ご家族と共に、この子を育てていけることに、大きな誇りと喜びを感じているのです。

だからこそ、静かに、慎重に、ゆっくりとした歩みで、私の気持ちを、これからも形として、しっかりとこの子に伝えていこうと思っています。


短期間に集中してがんばることは、案外たやすいものです。

しかし、それを5年・10年と脈々と続けることができるか?

言葉だけでなく、形で示すというのは、こういうことでもあります。

子どもは、そういうことは感じます。

本物だからこそ、むしろ歩みは遅く、長く長く続けられるのです。


子どもが、どんな時でも、自分で自分の存在をしっかりと受け止められること。

自立し、巣立つというのは、そういうことです。

その日がやって来るまでは、しっかりと守ってやることが、家族としての何よりのつとめなのです。


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