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診断・理論 その狭間でゆれる子ども(あるべき姿は身近な所に)

 2008-04-18
このところ、私の周辺ではあちらこちらで、診断をいただくお子さんが増えています。

特別支援に関する理論や研究は日進月歩に進歩しており、5年前10年前となると、もはや隔世の感があります。

ところが,診断がついたことで、専門的なかかわりをしていただけることにはなったけど、通常学級とのかかわりが疎遠になり、トータルで見ればマイナスになっている場合ケースも結構見受けられます。

本来、特別支援の理念は、「みんなといっしょに育つ」ということがベースになっており、その前提に立った専門的なかかわりであるべきはずです。

ところが、たとえばADHDとか自閉症とかLDとか、診断名がついたとたんに、微妙にクラスの一員としてのポジションが変化してしまうことがあります。

担任の先生には、ぜひ、「何があっても、この子はこのクラスの大切な一員である」という気概をもって指導にあたっていただきたいと思います。

専門的な指導といっても、実際にマンツーマンで指導していただける時間は、そうあるものではありません。

まだ特別支援教育という名前すらなかった時代、ADHDという概念すら定着していなかった時代に、学級経営いう日本独自のスタイルで、世界に誇るすばらしいインクルージョンの教育実践が多く存在していました。

障害があろうとなかろうと、担任の先生の深い愛情と熱意により、子どもたち相互の絆が深まり、教えあい助け合いながら、共に伸びていく学級の姿がありました。

WISCもTEACCHも共同学習もなかったその時代に、今私たちが私たちが大切にしていかなければならない、あるべき姿があったのです。

今年4月、発達課題のあるお子さんの担任の先生が、若い女の先生に決まりました。私も、お母さんも思わずガッツポーズで喜びました。

経験より、知識より、何より、そこにはこの子をクラスの一員として大切に育んでくださる愛情と熱意を、私たちは肌で感じることができました。

これがあってこそ、ここを基本にしてこそ、WISCや構造化の話になるのです。

受け売り専門、知ったかぶりのにわか専門家にだまされてはいけません。

そういった意味でも、臨床あるいは実践ほど尊いものは、ありません。百の理論より、一の実践。

子どもの成長と幸せこそが、私たちの唯一の価値基準であらねばなりません。



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