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軽度であるがゆえに 理解されにくい深く重い苦しみ

 2010-03-25
遊んでもいいと思って仲の良い友達と遊んでいたら、突然、知らない先生に厳しく注意された。 

さぼっているつもりでも、何でもなかった。

後になって、そこではその時間には遊んではいけないルールだと聞かされた。 でも、その子はちっともそのことを理解していなかった。


「そんなの人間失格じゃん」

本当は、そんなのじゃだめじゃない? と、伝えたかった。 だけど、突然、相手が烈火のごとく怒り始めて、初めてそれが人を侮辱する時に使う言葉だとわかった。

一生懸命やってるやってるつもりが、いつもちゃらちゃらふざけているように思われる。

語いは豊富で、すごく口達者だと思われているが、比喩や暗喩になると、何のことかさっぱりわからない。


そんなタイプのお子さんは、いらっしゃいませんか?


私が教えているある子どものエピソードです。

この子、国語が苦手だという意識の強い子です。

漢字はとてもていねいに書き、正確です。

しかし、慣用的な読み方・特別な読み方・音と訓の読み替えなどには、強い抵抗感を示します。

「半分」 の 「半」 、なぜ 「半ば」 となると、「はんば」 と読まずに 「なかば」 と読むのでしょう?

つまり、こういう曖昧というか、適当というか、ファジーなことが苦手なわけです。


この子のエピソードというは、ここからの話です。

ある日、この子のうちで新型のブルーレイのプレーヤーを購入したそうです。

ところが、お父さんがやっても、誰がやっても、どうしても接続がうまくいかない。

入れ替わり立ち替わり、何人もの大人が格闘しましたが、結局はうまく接続ができなかったということでした。


そこに、この子が登場します。

国語の苦手なはずのこの子は、その分厚い設定マニュアルを一読すると、あっという間にその接続に成功したそうです。

ちなみにこのご家族は、お医者様一家で、もちろん高学歴です。

その方にできないことが、支援学校に通っているこの子ができるわけです。

この子、本当に国語が苦手と言えるのでしょうか?

国語嫌いにさせたのは、大きな損失に思えてなりません。

何とか長所活用型アプローチで、このことを打開できないものか? 

教育者としては、この能力を何とか生かせないかと、熱い心に火が付くのは当然なことです。


この子の場合は、入力は視覚優位、処理も同時処理優位だと見ています。

長文を読んだとき、同時処理優位の子は、やや逐次的になりますが、一字一句正確に読んでいこうとします。

逆に継次処理タイプの子は、わりと流暢に読んでいきますが、よくよく聞いていると。部分的にかなり適当に読んでいる箇所があります。 こうしたタイプの子は、漢字を正確に書くのが苦手な子が多いのです。



継次処理タイプの子にも、入力が視覚系優位の子と、聴覚系優位の子がいますが、こういう子は1回ざーっと読むと、何となく内容を理解できているのです。

しかし、それは、表現は変ですが、もにょもにょとした理解で、なかなかそれを切り取って引っ張り出すことが出来にくいのです。

ですから、こういうタイプの子は、選択肢のある問題の方が、穴埋め問題より得意になるわけです。

いくつかの選択肢があることによって、脳の中のもにょもにょ理解のひもを、1本引き出すことができるのです。


同時処理タイプの子は、問題文をするときに、何度も文章を読み返して、必死でその語句を問題文の中から引っ張り出そうとしますが、継次処理タイプの子は、1回ざーっと読むと、なかなかもう一度問題文を読もうとしません。

脳内メモリーの中に溜め込んだもにょもにょから、それをよりだそうとしているのです。

「初雪のふった日に、お母さんは、コウ君に何をあげましたか。」

今回の問題文は、情報量が多すぎて、なかなか整理するのが大変です。

継次処理タイプのAちゃんは、しばらく考えていましたが、なかなか答えが見つかりません。 (この考えている時間も、きわめて大切です。)

どうしても整理することができにくいようでしたので、私は、「手袋? それとも・・」 と、言いかけた瞬間に、Aちゃんは、大きな声で 「マフラー」 と即答しました。 手袋という等価の選択肢を一部示しただけで、それがプライミング効果をもたらしたのだと思います。

もにょもにょの中から、手袋という言葉で、マフラーを釣り出したわけです。

ちょっとコツをつかむと、このテの言語支援が、面白いようにはまり、次々にプリントが進んでいきます。

だんだんと、読解プリントに対するモチベーションが高くなっていくのがわかります。


こうした支援は、やがてはフェードアウトして、自分で歩む子どもに育てていきたいと思っているのです。

その支援の方法として、こういうタイプの子には、「もう一度文章を読んでごらん」 が、逆に情報量が多くなり過ぎ、混乱の上、ドツボにはめてしまうリスクが高くなりがちな事を、知っておいても良いのではないかと思っています。

できるから、面白い、またやりたいは、願ってもない展開です。

国語嫌いから、脱却するための大切なステップです。


では、同時タイプの子にはどうするか?

それは、子どものレベルに合わせて、「この中から見つけてごらん」 と、問題文を精査する部分を区切ってやる方法が有効だと思います。


もちろん、子どもの目を見て、温度を感じながら、塩加減・味加減を調整しなければなりませんし、子どもの発達レベルも刻々変化していますから、何とかの一つ覚えでは、限界があると心得ておく必要があります。



文脈・行間・感情理解・・・

とてもハードな課題で、もしかしたら特効薬はないのかも知れません。


しかし、ボキャブラリーが増え、慣用的な表現に親しみ、多くの文学的な表現に触れる機会が増えたなら、奇跡は起こらないとも限りません。

今と同じ条件ならむずかしいと思われる内容も、得意な部分の力が2倍になったとしたら、3倍になったとしたら、何か攻略法の一つでも見つかるやも知れません。

ひと山登ると、景色は全然違って見えるというものです。


仮説を立て、方針を決めたら、最低でも半年は踏ん張ってみないと、なかなか手応えは感じなれないものです。

いきなり比喩や暗喩が理解できる子にならなくても、コウ君がお母さんに何をあげたかが、読み取れる子にはなれるのです。

苦手感は残りながらも、何とか自分の使えるもので、対応することができるようになってくるかも知れないのです。


表現があまり適切ではない子

私の教室にも、何人か通ってきてくれています。

時々、何てこと言うんだこの子は、と絶句することがあります。

また、そういうことが表に出ずに、自分否定につながりやすいタイプの子もいます。


でもね、そういう子、案外ハートで感じる力をもっています。

ぶつくさ文句ばっかり言うくせに、教室の階段、いつも駆け上がって来てくれます。

ちょっと見、むずかしそうだけど、これぞと思う人には心を寄せてきます。

結構骨は折れます、疲れます。

ですが、ちっとも嫌いにはなれません。 

苦労した分だけ、不思議なもので、例外なく大好きになってしまいます。

ここは、魅力だし、長所だとも思います。

理解できていますし、心が通じていますから。


自分が場の状況を読み取る力を付けることも大切ですが、ちゃんと相手に伝え、理解してもらうことも大切です。

家族には家族にしか出来ない役割があり、学校には学校に与えられた大切な使命があります。

と言うことであれば、こうしたタイプの子には、やはり存在をまずは全面的に肯定的に受け止めてくれ、事象をていねいに読み解きながら、ていねいにそのモデルを示してくれる個別の支援者の存在の果たす役割が重要です。


ここ何年かで、発達に関わる社会的な認知度は、格段に高まりました。

しかし、見えにくいからこそ、軽度であるからこそ、それが見逃され、社会的なケアが十分に行き届かず、負担感が長期間にわたって積もり重なり、何とも言えない深く重い苦しみを抱えてしまうこともあるのです。


こうした子のもっている力を、ぜひ社会のため、そしてその子の自己実現のために生かしていきたい。

そのための理解と支援は不可欠です。

こうした子の力を社会の戦力として生かしていくことで、社会にも、その子自身の利益にもつながります。

社会から庇護されるのではなく、社会に貢献できることで、人は幸せを感じるはずです。

元はとれます。 欧米の研究からも、費用対効果が高いことが実証されています。


私は、子どもが大好きです。

私は、直接子どもの指導にかかわる者の一人として、ぜひこの事を、具体的な実践事例を通して伝えていく責務があると思っているのです。



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コメント
そうなんです~
継次処理系娘、ざ~っと読むと大体のあらすじは理解してるんですが、ホントにもにょもにょ~っと理解してるので、設問にはとりあえず自分が印象に残ったところを適当に答えてくるんです。。。

選択問題形式、なるほどです。
「もう一回読むよ」の前に一度試してみます。

いつも参考になる記事をありがとうございます。
先日のお買い物ゲームの記事もプリントアウトして、家庭教師の先生に渡して方法をシェアしました♪
これからもブログ、楽しみにしていますね。
【2010/03/26 06:41】 | がんも #- | [edit]
いつもコメント、ありがとうございます。

二つだけ、ポイントを。

一つめは、支援はいつかフェードアウトしていくためのものと心得ておくことだと思います。

ヒントなしで答えが出せるための、小さなステップとしてとらえてくださればと思います。

二つめは、必ずお子さんの目を見て、体温を感じながら、寄り添うことです。

子どもの日常の生活の流れの中で生きていますから、塩加減・味加減は微妙に調節してください。

マニュアル通りに行かせようとするのではなく、機を見て使う感覚が大切だと思います。

そこがあってこその、技であると思っておけばよいのではないでしょうか?
【2010/03/26 08:17】 | SHINOBU #- | [edit]












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