fc2ブログ
 

時には怒れる母、泣ける母であってほしい

 2010-03-23
最近、どうしてもがまんできない事が、いくつかありました。

学校側の対応に対するものです。


ある子が、泣きながら家に帰ってきました。

「○○ちゃんとは、遊べない」 

と、言われたのだそうです。

どうも支援学級在籍のことが関係しているらしい。

子ども同士のできごとですから、背景などもちゃんと把握しておく必要があります。

お母さんは、さっそく担任の先生にちゃんと調べてほしい、とお願いをされました。

母として、当然の、賢明な対応です。


ちょうどそれが卒業式前の出来事でしたので、担任の先生は 「少し待ってください」 という内容の返事であったそうです。

ここまでは理解できます。

しかし、その先生は、結局ちゃんと調べることをしてはくれなかった・・

お母さんがもう一度、先生にお尋ねをすると、「学校ではたくさんの子がいるから、いちいちそんな個別なことの対応はできない」 という内容の発言をしたそうです。

これ、言い訳でしょうか??

私は、怒りで頭がぶち切れそうになりました。

許せません。

私は、こういう方は、教師の資格がないと思います。



別の学校のことです。

ある学校にお願いをしに行ったら、完全に門前払いをされました。

ところが後日、私がある教育行政の偉い方と知りあいであることが分かると、とたんに手のひらを返すような猫なで声の電話がかかってきました。

見苦しすぎます。



これも、少し前の出来事です。

ある研修会にいくと、ある学校の特別支援教育の担当者の方・学校運営の中心となっていらした方が、さかんに 「保護者の無理解」 という言葉を連発されていました。

私は、黙って聞いているつもりですが、ついにがまんできなくなって、「先生、保護者の無理解とおっしゃいますが、では、先生は、我が子の成長を必死な思いで見つめている保護者の方を、どこまで理解されているのですか?」

その会は、一瞬凍り付きましたが、結局は、適当にごまかされました。


その学校は、その後大きなトラブルが続き、次の春の異動で、双方の先生とも転勤されました。

あんな考えで、学校がうまくいくはずがないと、私は思っていました。


私は、自分の娘のことで、ある学校に出向きました。

「法令に定められています」

そうおっしゃった先生がいましたので、私は、「では、その法令の内容をここで説明してください」 と、切り返しました。

法令というと、私が黙ると思ったのでしょうか? きっと私が何も知らないと思っていたのでしょう。

その先生から、その後、きちんとした解答は、何もありませんでした。


きっと私、完全にモンスターペアレンツであったことでしょう。

詳しい内容をここで示すわけにはいきません。

しかし、あそこで怒らなければ、私は親で無くなっていたと思います。

私は、娘のことが、一層、愛おしくてたまらなく思えてきました。



もちろん大多数の、すばらしい学校、すばらしい先生方で、日本の教育は成り立っているのです。


現代社会にあって、一人の人間が一人前に育つあたっては、色々なことがあって当然です。

その課題に向き合う時期が、小学校の時にある子もいれば、青年期におとずれる子だっているはずです。


学校も、様々な社会的な役割があり、複雑で多様な問題に正面から向き合っていかなくてはなりませんから、明確な方針と強い気持ちが必要です。


この両者が、現実の最も大切な局面で向き合うわけですから、その真剣度が高いほど、ある意味対立的になるのは致し方のないことだと思います。

学校は、組織です。  組織には、組織のむずかしさと苦悩があります。 それは理解しているつもりです。

しかし、家族にとって、子どもの問題は、その子の生涯にかかわるもっとも切実なものでありますが、立場的には素人であるし、個人であるし、初めての経験ではあるし、そうした意味で非常に不利なものであると思います。

「法令で決められています」

と、立場ある人に言われると、一般の方では、反論はむずかしいのではないでしょうか?


私は、そこに支援者が必要だと考えています。

それが、主任児童委員さんや、人権擁護委員さんであってほしいと願っていますが、そう言う方々には、ぜひ体制側ではなく、真にご家族側に寄り添っていただきたいと願っています。

そして、複雑で難しい問題には、公正で公平な、第三者機関のお力もいただきたいと思います。


今の状況では、家族側はあまりにも不利です。

だから、モンスターにならざるを得ないのです。


このブログの中でも、「モンスターPで結構です」 という内容のコメントもいくつかありました。

そんなのへっちゃらなの、よくわかります。

だって、自分の命より大切な我が子の、極めて重要な場面に向き合っているのです。

そこに強い気持ちが無くて、どうして親として子どもの前に立つことができるでしょう。


こんな時こそ、怒れる母、泣ける母であってほしいと願っています。

誰に何と言われようとも、子どもが幸せに成長してくれれば、それでいいわけです。

それ以上の何がほしいのでもなく、誰を困らせようというのでもありません。

ただひたすら、子どもの成長と幸せを願う母は、モンスターにも、天使にもなりますよ、というお話です。


私も、保護者支援の看板を上げている以上、ずべての人に良く思われなくても、仕方ありません。

しかし、むやみに学校と対立しようと考えているわけでもありません。

できることなら、子どものために、協力し、よい関係を築いていきたいと心の底から思っています。


覚悟や決心のないものに、保護者支援を名乗る資格は与えられません。

複雑で厳しい現実問題にあっては、不合理や不条理を見逃すことなく、シャープに対応したいと考えています。

そう言う意味で、私は事なかれ主義穏の穏和な支援者ではなくて、いつまでも、怒れる支援者・泣ける支援者であり続けたいと願っているのです。



にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

↑ 大切さを全国に伝えたい! 応援の1クリックを よろしくお願いします。 ↑
「すべての子どもに 集団での学びと 特性に応じた適切な個別指導の場を」

コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://shinobu1.blog117.fc2.com/tb.php/744-0573a6f6
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫