ご家族の期待感と信頼感が どこまで子どもを育てるか?

 2010-03-19
先日、あるお子さんの初回指導をさせていただきました。


先月、ご両親から初めてご相談をお伺いしました。

4月から2年生になるお子さんですが、これまでのお子さんの発達の経過を、ていねいにファイルに整理されているばかりか、映像によるデータも添えて私の所に送付してくださいました。

私、何ども何度も資料に目を通し、DVDを拝見しました。


発達の特性から、次第に視覚認知に影響が出るようになっているとのことでした。

先月のご相談の折には、指導は行いませんでしたが、ご両親と一緒に教室に来て、お父さんと一緒に遊んだりしていました。

資料やDVDで見るより、ずっとしっかりとしているな、という印象をその時にはもっていました。


今回は、直接子どもの指導にかかわってほしい、というご家族のご希望でした。

どういう内容にするか、かなり迷いましたが、アセスメントも兼ねて特性を理解しながら、小さなステップを刻んでみようと決めました。


玄関で靴をぬぐと、その子は予め用意していた学習コーナーに、お母さんより先にやってきて着席しました。

何より、やる気まんまんでやって来たことに、私の方が驚いてしまいました。


DVDなどの様子から、ここまで用意しておけば大丈夫だろう、と少し多めの教材を準備しておきました。

ところがあに図らんや、その子はすごいスピードで、次々と私の提示する教材を撃破していきます。

「えっ、この子、こんなに前向きな子だったっけ?」

資料としていただいていたDVDに映っている子と、まるで別人のような変身した子が、今、私の目の前にいるわけです。

私、最近こういうことばかりが起こるので、何が今の状況を生み出しているのか、すぐに感じ取ることができました。



「お母さん、ビデオ撮ってるの?」

その子は、そうお母さんに問いかけましたが、そのことをさほど気にするようでもなく、次々と活動を進めていきます。


そうです。 このお母さんが作られたステージで、主役のこの子が躍動を始めたわけです。

私は、この子が歩んでいく道筋を、ちょこちょこっと整理しているだけに過ぎないのです。

母の目には、私の魔法と映っているかも知れませんが、それは美しき誤解です。

私は出来上がったステージで、台本読んでいるに過ぎません。

このところ何度もこういうことが起こるので、私にはその理由が見えるのです。


事前に考えて教材は、すぐにやり遂げてしましました。

まさかために用意していた教材はありましたが、あえてその教材には取り組まないことにしました。

このいい感じを残して指導を終えた方が、きっとこの子とこのご家族の明日に繋がっていくことが、私にははっきりと見てとれたからです。

遠くからお越しいただいた方ですが、あえて時間にゆとりをもって指導を終えさせていただきました。


翌日、さっそくお母さんから、以下のような内容のメールをいただきました。






SHINOBU先生

昨日はお世話になりました。
無事帰宅して、今日も元気に学校に行ってきました。
昨日先生の指導を受けているときの息子は、本当に輝いていて←親ばかですが…
いたずらっ気も出ちゃいましたが、集中してできたこと、抱きしめてあげたいです。

録画画像をみた家族も驚いていました。
信頼できる環境で、解ってくださる先生の指導の中では、あんなに輝ける!!
また、自信がつきました。

ありがとうございました。
そして、これからもよろしくおねがいします。






DVDを見たとき、この子ならもっとイケルと正直思っていましたが、実際に指導をしてみると、それは私の予想さえも大きく超えたものでした。

これは、私の予測の甘さもあったのですが、どうやらそれ以上に、今回のご家族の営みの中で、この子に何かのスイッチが入ったに違いありません。

この先生ならと、大きな期待感と願いをもって、遠くから、安くない費用を費やして、わざわざお越しいただいたわけです。

先月、お母さんがどのような口調で、どのようなまなざしで私に向き合っていたか、この子横目でしっかりとらえていたはずです。

そういうことが、伝わらないわけがありません。

そういう極めてスペシャルな場を、この子はしっかりと感じ取っていたわけです。


視覚認知は苦手でも、言語・継次性は優秀、ならばそこを生かした長所活用型のアプローチで、希望の道は拓けないでしょうか?

ここであきらめて立ち止まりますか?

それとも、たとえどんな結果になろうとも、もう一度顔を上げ、希望をもってチャレンジしてみますか?

微力ですけど、今日から私もご家族と一緒に歩ませてください。


それが、初回相談の時に、私がこのご家族にお伝えしたかった内容です。


もしかしたら、こんなことが起こるかも知れません、こういう事態が起こるかも知れませんと、危険性(リスク)を予見して、適切な理解と手だてをうつことは極めて重要です。

しかし、それだけで奇跡は起こるか? ご家族は幸せになれるでしょうか?


教育とは、子どもの可能性を信じて歩む営みと、私は定義しています。

可能性を信じない者に、奇跡は決して起こりません。


「私、この子の可能性、信じていますから」

こうお伝えした瞬間に、このお母さんの目は真っ赤になりました。


すでに奇跡は起こってるじゃありませんか?

「じゃあバイバイ」

指導を終えて出て行ったこの子の表情は、本当に輝いていました。


最初から甲子園をあきらめていて、何の高校野球でしょうか?

1%でも可能性があるのなら、ゲームセットのコールがかかるその瞬間まで、全力プレーでいきたいものです。

たとえ結果が1回戦敗退であったとしても、全力で最後まで戦うことが出来たなら、そのチームにはきっと何かすばらしい値打ちが生まれてくるはず。

奇跡を信じて戦ったことで、きっと何かが大きくそだつはず。


このご家族こそが、私にその気持ちを呼び起こし、結果としてそのことがお子さんに伝わったのに違いありません。

繰り返しますが、私は、受け止めたご家族の気持ちを、ただお子さんに伝えたのに過ぎませんから。


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