ありのままの子どもに寄り添うことと 多面的な軸で課題に向き合うこと
2009-10-26
先週、私が参加させていただいているセミナーが、大阪で開催されました。私は日程の都合がつかず参加できませんでしたが、下記の実践を掲載していただきました。
一昨年のある日のことである。一人のお母さんが、私の勤務している保育園へ相談に来られた。 「ある方より、先生のことを紹介していただきました。小学1年生になるうちの子どもの事について、ぜひ先生に相談にのっていただきたいのです・・」と、いう内容であった。
お話を伺っていると、そのお子さん(花子ちゃん=仮名) は、保育園の時にはさほど大きな課題は見受けられなかったが、小学校に入学ししばらく経った頃から、学習に対する強い抵抗感が見られるようになり、宿題の時に家庭で泣いたりあばれたりしたようである。お母さんは、「学校から専門機関との連携などのことについての連絡があったときには、まさに晴天の霹靂、天と地がひっくり返るような思いだった」と後になって述懐された。この痛いほどの切実感を、私はずっと忘れることが出来ない。
こうしたお母さんの思いを受けて、私はこの子と正面から向き合うことになった。今行っている発達支援の活動が、ここからスタートしたのである。
それからいろいろな関係機関・医療機関へ、次々と足を運ばれたお母さん。講演や研修会、色々な会に出かけ先輩のお母さんの話を参考にされたりと、これまで開いたことない未知の扉を、その細い腕で懸命に開こうとしているようであった。花子ちゃんの参観日には、私もご両親と一緒に行かせていただいりもした。そして、「親として、どうしてもこの子に力を付けてやりたい」という、血のにじむような思いで、特別支援学級への入級を決断されたのである。
「薬を飲んで落ち着いたとしても、ちっともうれしいとは思いません。学校で何も起こらなかったら、それですべてよかったとも思いません。むしろいろいろな出来事があって、それを通して少しずつ乗り越えていくような毎日であってほしい。障がい児だから、将来はここまで、これ以上は伸びないなんて決めつけられることには耐えられない。もしも希望をもつなというのであれば、私はこの場で死んだ方がましです。」
毎週金曜日の夕方、私は花子ちゃんの自宅に訪問するようになり、90分間、一緒に勉強をするようになった。指導の後には、毎回その週に起こった出来事をお母さんに伺い、1時間以上お話を聞かせていただくこともしばしばあった。
花子ちゃんが1年生の時、「すごろくゲームをしよう」と言って、さいころを振った時のことである。花子ちゃんは、何度同じ「5の目」が出ても、いちいちそれを「1・2・3・4・5」と数えていた。5つの点はしっかりと見えている。しかし、それを5という量的な数字と結びつけることが苦手なのだ。「1」と「2」は、そうではなかった。「3」以上になったときに、それは形が複雑すぎてインプット出来にくかったのと、 数概念自体が情報の入力不足により育っていなかったのだ。だから、何度「5」の目が出ても、それをいちいち指で1・2・3・4・・と数えなければならなかった。
ある日、花子ちゃんは、「私ね、大きい音の出る所にいると頭が痛くなるの」と、伝えてくれた。どうやら家族で大衆演劇を鑑賞した日の出来事のようである。
数概念の育成と共に、当時の花子ちゃんの最も大きな課題の一つは、書字であった。特に「大」や「弓」のような曲がりのある文字が、何度練習しても書けない。学校の宿題で、何度も涙を流した一因がここにある。さいころ同様、視覚性のインプットが苦手なのである。
花子ちゃんは、お話を読むのが大好きである。さいころの目も、弓という文字もも認知できにくいが、「大きなかぶ」などは、大楽勝で音読ができるのである。視覚性の細かいインプットが苦手であっても、聴覚性の音声入力機能が得意である。繊細で豊かな入力ソースをもっているがゆえに、大衆演劇の時に頭がいたくなるのである。細かい精緻な部分の認知は苦手でも、全体をざーっと俯瞰する能力が育っていた。音読もとても流ちょうに読んでいる。注意深く聞いていると、細かい部分はいい加減で、部分的には花子流のアレンジ(=アドリブ?)がしばしば入っている。
特性に応じた支援が必要であるが、私は、花子ちゃんのこの読解能力のすばらしい力に初めて気がついたとき、うれしくてうれしくて、指導中に涙が止まらなかったことを覚えている。当時は、まだまだ書字が苦手な段階だったので、問題をすべて下記のような選択形式にして提示してみた。
そのとき、くまさんは どんな きもちだったでしょう。
(1) なんだかふしぎだな。
(2) はやくやってみたいなあ。
(3) あした もういちどきてみよう。
文字にして記述しなさいと指示すると、当時はほとんど答える事ができなかった花子ちゃんであったが、こういう選択方式の問題で組み立てると、まるで水を得た魚のようにスイスイと答えを解いていくのである。
パソコンの学習ソフトも何度も利用した。算数で、三角の色板を敷き詰めるものや、立体の側面や底面の形を答える学習があったが、当時の花子ちゃんは、こうした問題にはまったく手も足もでない状態であった。もちろん、数図ブロックを使っての数の合成・分解など、まるでアラビア語の文字で書かれているかのごとく、入力することがとてもむずかしい状態であった。指を3本立てても、それを「3」と瞬時に認知することがむずかしかった。これでは「1+2」の問題で涙が出ても仕方がないのである。
私は現在、就学前のお子さんの個別指導もさせていただいている。毎週20名以上の子に同じアンパンパズルをさせていると、いろいろな気づきがたくさんある。前の週まで、色をたよりにパズルをはめていた子どもが、次の週には図柄に注目して選び始めるようになる。それがまた、形に変化したり、また色に戻ったり・・ こんなスパイラルを繰り返しながら、子どもの認知力は高まっていくのかと、私にしてみれば興味津々の活動となるのである。
私は生まれでこの方、50年以上も自分なりの認知活動?を続けているので、バナナと言えば、原産はフィリピンで、黄色くて、長くて、皮があって、食べやすくて、道に皮を捨てたら誰かが転びやすくなって、ジュースにすると結構イケル・・みたいに、その経験からそれを多面的にとらえている。しかし、子どもにとっては、ある時期には、黄色くて長いものは、お月様でも、パズルでも、それはみんな同じ「バナナ」だったりするのである。一つ一つの認知活動を積み重ねていくことにより、それを立体的・多面的・多角的にとらえることができるようになっていく。テレビを見ていたら、開いた口も、おはしも動かないのが子どもである。多感覚の大人と同じようにとらえることはできない。ならば、苦手な視覚認知ばがりを入り口にするのでなく、得意な聴覚認知を最大限に活用しながら、楽しんで視覚刺激を積み重ねていけるよう、スモールステップと手厚い支援で学習を構成し、段階に応じてそれをフェードアウトしてみてはどうか?それが私の考えた、花子ちゃんへのアプローチであった。私と花子ちゃんとの人間関係論的アプローチの幕開けがそこにあったのである。
今、花子ちゃんは3年生となっている。2年生の時に支援学級へ入級した花子ちゃんであったが、ご家族の強い願いもあって、通常学級での交流学習の時間が増加してきている。今では、「親という漢字はね、「立」「木」「見る」の3つを組み合わせるんだ〜、簡単でしょ♪」と言って、生き生きと漢字学習に取り組んでいる。指は使うが、58+46のような計算も、筆算で次々に解くことができるようになった。12面体に数字が書かれたさいころを使い、すごろくゲームを何十回一緒にしただろうか?「縦・かぎ・縦・横・横」といったの言語支援による書き順指導を、何度一緒に行っただろうか?ほとんどがオリジナルの手作り教材である。指の写真を撮り、それをカードにして数字を添え、数当てゲームをしたことも遠い昔のようである。
目に見えて書字の改善が見られ始めた2年生の頃、1年生の時に手も足も出なかった三角色板敷き詰めのパソコンソフトに再びチャレンジしてみた。驚く無かれ、スーイスイで次々とこなしていくではないか?花子ちゃんの認知のスイッチが、ガチャリと音を立ててオンになったのである。
脳内のネットワークは、理論通り・定型にはなかなかつながらない。畑を耕し、肥料を施し、種をまき、水を与え、根がしっかり張るのを待ってこそ、土の中からひょっこりりと目を出す日がやってくるのである。
私と花子ちゃんとの歩みを、同時処理と継次処理という認知処理様式でとらえる切り口がある。しかし、子どもの特性理解の切り口には、視覚優位・聴覚優位、文字ルート・音韻ルートなど、ありとあらゆる切り口が存在するのである。指導に生きるレベルとなると、まさに10人いれば10通りのアプローチが必要となってくる。
情報のインプット→メモリー→処理→アウトプットなど、様々な過程を通して、書字も読字も数処理も行われていくわけである。一人の子どもの育ちの過程でも、アンパンマンのパズルのエピソードで示したように、認知の優位性は発達と共にスパイラルで変化しているのである。ましてや○○症だから、○○なんて、薄っぺらい見方とたった一つの方法で、子どもの生きた学びが構成できるとは、とても私には思えない。
花子ちゃん、覚えにくいはずの「九の段」が一番得意である。どうしてか?それは、本格的に交流学習が始まったのが、九の段の学習の時からだったからである。朝の会で、みんなといっしょに九の段の歌を歌うようになったから、九の段が大好きになったのである。そこにこの子の聴覚入力の優位性が機能したのである。
少人数にすれば、それだけで多くの教育の課題が解決されるのいうのは幻想である。個別にすれば、それで解決というのなら、私の行っている個別指導には何の工夫も必要ない。むしろ集団のエネルギーの少ない少人数こそ、内容的な工夫と、パーソナルな子どもとの向き合い方が厳しく問われることになるのである。
子どもの育ちには、どんな課題があろうと、がんばってここまでおいでと励ます営みもあれば、あなたの得意なことを生かして少しずつ積み上げていきましょうという営みもある。そしてリスクを精査して、その特性理解のもとに、粛々と体系化されたプログラムを行っていく営みもある。花子ちゃんの場合、前者を学校、後者を療育、そして真ん中を私と支援級の先生で受け持っている形である。
「先生、質問があるんだけど・・」
「何?」
「あのね、先生は私が何年生になるまで、勉強を教えてくれるの?」
「う〜ん、そうだね、花子ちゃんがもういいよって言うまでかな? 花子ちゃんが一緒に勉強し たいと思ってたら、すっと一緒に勉強できるよ」
そう伝えると、花子ちゃんは満面の笑顔を見せた。
「教育とは、子どもの可能性を信じて、それを育てていく営みである」と、私は定義している。もしも、子どもの心の中に、学びの願いが無いとするならば、私の存在理由はどこにもない。私は、個別指導場面で、一時的にくだらないお遊びをすることもある。ごほうびにお菓子を与えることもある。しかし、間違いなくそういう事は、やがてすぐに卒業してしまうのである。子どもにとって、「字が書ける」「計算が出来る」そうした成長の喜びに勝る手応えや喜びはあり得ない。単にプリントができるということではなく、日常生活の中で生きて働く本物の力が育つ感覚、私たちはそこを目指して歩み始めているのである。
ここまで来るのに、何十もの実践事例や論文を目を通してきたか知れない。特性理解の軸を、何本、何十本と構成して、教材開発に役立ててきた。この先、どんなに最先端の理論や手法が開発されたとしても、子どもの育ちや学びを、たった1本の軸だけで切り取れるものではないと思っている。
私は、花子ちゃんの目をずっとずっと見つめてきた。そこから目を離したら、きっと私は私でなくなるし、花子ちゃんの気持ちは別な所へ行ってしまったかも知れない。
「希望がもてないのなら、今この場で死んだ方がまし」
お母さんとは、うまくいかないとき、先が見えないときでも、遠くに光る未来を信じ、手を携えて歩んできた。この気持ちが、私の研究や行動の大きなエネルギーの源泉になっていたに違いない。教育とは、何とすばらしい営みであろうか。何もない、そのまんまの花子ちゃんとお母さん、そして私の姿がそこにあったのである。どうしてあのお母さんの瞳が、私の気持ちをここまで突き動かすのか、そのことを説明することはできない。
子どもの育ちに真剣にかかわる者には、皆同じ目の輝きがある。今年も、ここに集う仲間たちから、胸を打つ語りが次々と繰り広げられることを心より期待しているのである。
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