子どもが見える
2009-09-24
昨日、4年生の男の子の読解指導をしていた時のことです。「その様子がわかる文を見つけ、最初の5字を書きましょう。」 という設問がありました。
彼の鉛筆は、「ぼ」「く」「は」「 」「 」 で、ピタッと止まっています。続きの 「え」「ん」が、なかなか書き出せずにいるのです。
文章は、「ぼくはえん筆を置いて、ドリルをとじた・・・」 となっています。
「もしかしたら、ぴったり意味の合う言葉じゃないから、迷っているの?」
私は、そう尋ねました。 その子は、こっくりと 「うん」 とうなずきました。
「こういう問題はね、いつもぴったり意味のあう言葉が入るとは限らないんだよ。文を見つけたんだったら、自信をもって 「え」「ん」 と書いてごらん」
私はそう教えると、書庫から解答集を引っ張り出して、彼に見せました。
「ほらねっ」
彼の顔に、いつもの明るい笑顔が、さっと戻っていきました。
この頃、ある女の子は、問題に取り組んでくる途中に、私にシャワーのように次々と尋ねてくるようになりました。
「ふるめかしい」 の 「めかしい」 ってどういう意味?
「昭和」 って何のこと?
「あかはだか」って、何?
スイッチが入った証拠です。
「そういうことか〜」
「わかった〜」
そういう発言が、1日にいくつも見られるようになりました。
それはすごい集中力で、1時間以上1度の休憩もなく、今日は7枚出来た、10枚出来たと喜んで学習に取り組んでいます。
毎回の学習に達成感があります。
問題は、まだ当該学年より下の内容です。
しかし、この集中力をもってすれば、これからかなりのところまでイケルのではないかと考えています。
夢は膨らんでいます。
この子の場合も、課題を焦点化していくために、大変な時間と労力を要しました。
様々な回り道を通り、試行錯誤を繰り返し、やっと今の学習スタイルになってきたのです。
その回り道や試行錯誤の体験が、私と彼女の双方に共通にあるからこそ、信頼感と深い理解が形成されていったのだと思っています。
決してスマートな道のりでも何でもなくて、悪戦苦闘・あずりまくった結果が、やっと今につながっているのです。
もちろん、私が行っているのは、この子の育ちの中のほんの一部分にしか過ぎません。
でも、この学習がこの子の育ちの中で、どんな意味をもっているのかは、ご家族の皆さんとしっかり精査してきたつもりです。
専門用語でいうならば、「指導の妥当性」 と言い換えることができるのかも知れません。
私にとって 「子どもが見える」 というのは、こういうことではないかと考えています。
今の私の実力では、心にストンと落ちるまで、ていねいに寄り添っても、最低半年はかかります。
先に定番プログラムがあり、それを順番にしていくのなら、いつだって指導はできます。
でも、その子のつまずきの根元をえぐり出し、どういう指導支援が大切なのかを精査し、それをふまえて指導を組み立てるのが、私の仕事だと考えています。
「SHINOBU先生と一緒だったら、勉強がわかるから楽しいんよ〜」
「学校でも、私にはSHINOBU先生がいるんだって思いながら、いつも勉強するんよ〜」
本当にありがたい言葉です。 これがあるから、やっていられます。
実力不足ですからね、なかなかすべての子どもに達成感を与えるような指導はできていません。
どうしてもブラックボックスを開けることができずに、いまだにあがいているケースも数多くあります。
信じてお子様を連れてきてくださるご家族のご期待に、ぜひともお応えせなばと思いながら、力不足の場合も多いのではないかと思います。
思い通りの結果を出せないことも多いです。
でも、私は逃げません。
1回1回の指導には、いつも真っ正面からぶつかっていきたいと思います。
いつもそうしてきましたし、ダメだと思ったところが、多くの場合そこが出発点でもありました。
こうした歩みは、きっとご家族の皆さんも体験されてきたことなのでしょうね。
あきらめないという、大切さ、
私も、少しだけ皆さんのパートナーらしくなってきたのかも知れません。
↑どうかランキングも見てやってください。はげみになりますので,ご協力よろしくお願いします。


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