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選ぶという自由と責任 (決して家族だけにすべてを背負わせない)

 2009-09-15
委託と請負の話は先日しました。

委託というのは、主体者としてのご家族が、プロの先生にに、専門性を生かした指導をお願いするということです。

例えば、税理士や弁護士の先生に協力をお願いするといった形です。


同じ民事裁判でも、経済問題に強い方もいるでしょうし、不動産に強い方・家族問題が専門の方など様々な先生がいらっしゃることでしょう。

どの弁護士に依頼するかは、ご家族の自由です。 そこには選ぶ自由があり、選んだこ結果に対して責任が伴います。

合わない弁護士なら、変えればいいのです。 それも自己責任です。

ですから、ご家族と弁護士は、相互が主体者で、ほぼ対等な関係であるといえます。


通常学級の担任を選ぶことは、ほとんど不可能です。

ならば受け手の学校は、最低限の教育の質を保障する責務が生じます。

選ぶ自由がないのなに、まともな教育が実施されないのでは、とても対等な関係とはいえません。

双方にとって不幸な関係が1年続いてしまうわけです。


保育の世界には、直接契約制度といって、保護者が保育園を選ぶ形が模索されています。

この先、どんな保育の枠組みが構築されるかわかりませんが、保育の質を保護者が選択する時代がやがて来ると私は思っています。

公立ならそれはそれで終わりですが、私立は死活問題です。

今から生き残りをかけて、保育の質と保護者サービスの充実に磨きをかけ、それが利用者に理解されなければ、多額の借金をかかえて破産です。

真剣度が、まるっきり違います。


私は、教育の世界も、もっと選ぶ・選ばれる時代がやって来るのではないかと思っています。

選ぶという形になれば、そこに信頼と責任が伴いますから、相互が主体者として協力する形になりやすいと思われます。

選んでいただいた気持ちに応える教育を行いたいと思うのは、教育に携わる者なら、当然の気持ちです。

選ばれない者は、研鑽を重ねてレベルアップをするか、それができないなら、静かにそこを立ち去るべきです。


プロの仕事ですから、厳しいのは当然です。

一般社会では、まずいラーメンは誰もお金を出して食べてくれません。  当然のことです。

しかし、うまいラーメンを提供すれば、行列ができます。

だからこそ、スープづくりに命をかけて取り組むことができるのです。


教育に請負はありません。

お金を出してあそこに入れれば、それでもう親は何もしなくてもよい、なんてことはあり得ません。

本来家庭で育てるべきものを、学校に任せることは決してできないのです。


ですが、発達面に課題のあるお子さんを育てていく場合、ご家族が、特にお母さんが、そのすべてを一人で背負い込んでいる場合が多すぎます。

「いくら何でも、これじゃあ、いかん」 と、いうのが私がこの活動を始めた原動力になっています。


今の世の中で、こうしたお母さん方の立場でサポートを行ってくれる所が、どれだけあるのでしょう?

「ありとあらゆる相談に行きましたが、みんなあっち側 (行政・学校) の人でした・・」

そんなつぶやきを、私は何度も何度も聞いてきました。


「主体者は、お母さんですから、私は大したことはできません。過度な期待をされても困ります。 でも私は、生涯お母さんの応援団です。 決して一人にはさせません。 大したことはできませんが、ずっと一緒に歩いていきますから・・」

いつも私は、そういう気持ちを込めて、ご家族の皆さんに接しています。


この週末にも、県外から新幹線でご相談にお越しくださる方がいます。

私は、私を選んでご相談にお越しいただけることを、何よりの誇りに思っています。

だからこそ、何かの形でお役に立ちたいと願っています。


子ども第一主義・・

すべては子どもの成長と笑顔のために・・


自分の命を輝かせ、誰かのため、何かに役立つ子どもに育てたい、

時として、それを支える存在が重要であることを、私はひしひしと感じているのであります。


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