かれんちゃんの 心のメッセージを読み解く
2009-09-04

昨年の秋、私の携帯に1本の着信がありました。
かれんちゃんのお母さんからの問い合わせの電話でした。
私は元々小学校の教員でしたから、小学校教育の経験はありましたが、直接、就学前の子どもの指導に携わった経験はありません。
応用行動分析の手法を生かした教育実践という旗印は掲げていましたが、幼児教育に関して、何の実績も、何の経験もない私を指名してくださったことに、正直私は、驚きをかくしきれませんでした。
今では、20名を超える就学前のお子さんの指導をさせていただいていますが、原点はすべてここにあったのです。
そこから、私なりにありとあらゆる試行を重ね、修正を加えながら、今の指導のスタンスを築き上げてきました。
特にかれんちゃんの場合には、チマチマとした小さな枠にはめようとすると、思い切りドロップアウトすることがあるかと思えば、予期せぬ活動から目を見はるような充実した楽しい活動に発展することもしばしば見られました。
臨床に携わる者は、理論の枠組みを先に当てはめようとするのではなく、まず子どもの実態からスタートし、そこから帰納的に論理を構築していくべきだと、私は考えています。
指導後には、その日の活動をしっかりと振り返り、精査し、次の指導に結びつけていく。
そして、一旦子どもと向き合ったならば、綿密な計画を土台としながらも、子どもの目をちゃんと見て、体温が感じ取れるような指導をしていこう。
そのように考えるようになりました。
かれんちゃんは、この嗅覚、並大抵ではありません。
微妙に目的と手段を差し違えると、まったく活動の手応えが変わってきます。
無理矢理何かをさせようとすると、ちっともうまくいきませんし、全く楽しくなくなります。



この日、かれんちゃんは、本棚から 「どうよう うたのえほん」 を、持ってきました。
タッチパネルを押すと、「ぞうさん」 だとか、 「いとまき」 だとか、 「さんぽ」 だとか、ポピュラーな歌が歌声つきで流れるものです。
かれんちゃん、手拍子をしたり、そうさんや鳩ポッポのまねをしたり、大きな声ではっきりとした声で、いろいろな曲を歌っています。
きっと、保育園で教えてもらったことをしているんだな〜、と思っていましたが、後でママに聞いてみると、どうもそうではないようです。



「もう、おしまい?」
「だめ」
「もう1回するの?」
「うん」
ママに聞くと、こちらが語尾を上げて疑問文風に尋ねると、かれんちゃんはまだまだ適当に 「うん」 と言ったりすることも多いと言うことでした。
たとえそうだったとしても、コミュニケーション自体は成立しています。
これだけでも、とても大切なことです。

「これなあに?」
「アンパンマン」
「そう、アンパンマンなの?」
「うん」
こんなやりとりを繰り返していくうちに、コミュニケートの内容も、どんどん進化・分化していくものではないでしょうか?




この日、かれんちゃんは、円柱の積み木を積み重ねていく活動に取り組みました。
こういう活動は、あまり好きではないのにな、って思ってみていると、偶然かも知れませんが、この細い円柱を4段まで積み重ねて、見ている私がびっくしてしまいました。


大好きな絵本を見ているときです。
「これは?」
「ん?お母さんだよ」
「これは?」
「おねえちゃん」
「これは?」
「お父さん」 「かれんちゃん、お父さん好きなの?」
「うん」
こうした会話のどこまでが言語として理解できているのかはわかりません。
単なる私の思いこみと、偶然のシチュエーションがそうさせたのかも知れません。
だけど、私のたちの心の中に通い合う、このあたたかな感情のやりとりは、一体何のでしょうか?
この日、かれんちゃんは、離席がほとんどありませんでした。
積み木を投げることも、パズルを投げることもありませんでした。
この教室は、かれんちゃんにとって特別な空間であることは、まちがいのないことです。
「この子もしかしたら、この教室では、めちゃくちゃ一生懸命がんばっているんじゃないか?」
「先生は、とにかく君に向き合う。 向き合ってこそ、君に大切な一歩を示すことが出来る。」
とにかく、視線が合わなくなったら、この子との指導は成立しません。
この子の成長のために、この教室で私の果たすべき役割、
輪郭はまだ不明確なものの、その姿は、ぐっと間近に近づいて来たような気持ちになってきました。

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