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強い意志をもって 成長の海にこぎ出す

 2009-08-23
私の家内は、保育園の園長をしています。

祖母の代から保育園を経営し、生まれたときからその世界の中で育ち、自らも保育士を経験し、現在の職があるわけです。


ですが、私は違います。

私は小さい頃家庭に恵まれず、そのことが今の今まで、すべてのスタート地点に、原点として奥深く刻まれているのです。

総論の部分では相互に合意できることでも、こと具体の部分になればなるほど、このスタンスの違いがはっきりと浮かび上がってきます。

何度も激論を戦わせましたが、この軸足を動かすことはお互いに出きないことなんだなっていうことに気がついたのは、最近になってのことです。

そう思うと、園長としての彼女の立場や苦労も、理解できるようになってくるから不思議です。

二人が同じことをしようとするのではなく、自分の持ち味と個性を生かした活動を行うことで、相互の力がかけ算になって、子どもの幸せに向かって力を合わせていくという中身が、体験的に理解できるようになってきたのです。

言葉で語ればそれだけのことですが、当事者としてそのことを精査するのは、並大抵のことではありませんでした。

ある意味では、心の琴線、生きるという基本に根ざしたことがらでした。


その彼女が、最近伝えてくれた言葉の中に 「あの子なら、例えば4歳になったら、そのくらいはできる」 と、いう言葉がありました。

それは、決してノーケアでほっておけば、自然に子どもが育つという意味ではありません。

保育の現場で、何十年と、そして何百人という子どもを見ていた者だから言える、いわゆる大局的な育ちの見方です。

そうだからこそ、悠々とした成長の大海の中で、大きな船と、しっかりとした羅針盤をもち、保育の王道を粛々と進む。

これが彼女の専門性であり、社会から付託された役割です。


しかし、親にとって我が子は、唯一無二のかけがえのない存在です。

歩くようになった、6ピースのパズルができるようになった、そういうことが涙が出るほどうれしい・・

逆に、発語や始歩が遅いことが、心配でたまらい、というのが、親としての自然な心情というものです。

私は、親はそうでなければならないと思います。

親だからこその部分が、子ども育ちに大きな意味をもつのは、言うまでもないことですから。


肉親の、ありのままの、自然な、ストレートな、感情や愛情のやりとりが、とても大切なことだと私は思っています。

そういう家族という姿勢を崩さないままで、基本的な姿勢をキープしたままで、時には大局的な見方や、専門家のテクニカルな面を取り入れ、生かしてほしいと思うのです。


今、私が何とかしなければ、という気持ちをもつことも、時には大切かも知れません。

でも、それがあせりや、あるいは中途半端な生かじりの対応になったのでは、子どもの利益にはつながりません。


お子さんの課題や状況によっては、そういう余裕をもつことがむずかしい場合もあるでしょう。

強く深い意志をもって、粛々と継続して、船を前へ前へと進めていくことは、予想以上に大変なことです。

こっちの方も、大切でむずかしい仕事です。


何か一つのことにすがって、それだけをやっていくことの方が、ずっと気持ち的には楽でしょう。

それを承知で、私はあえてめんどうくさいことにも、しっかりと向き合ってほしいと言っているわけです。

どうか自分なりのスタイルを、何度も何度も見つめ直して欲しいと願っているのです。


迷いながら、マイナス面を補完しながら、日々ハンドルを微調整する。

しかし、遠くても向かう先には、しっかりと体を向けて航海を続ける。

それが、「子ども第一主義」 につながることだと考えているのです。



今週の水曜日には、巡回相談に伺っている地域で、講演会をさせていただく予定になっています。

昨年度から、水曜日にはそれぞれの学校・園に出向き、実際の子どもの様子を伺いながら、先生方といっしょに、学びや育ちのありかたについて、いっしょに考えてきました。

そして多くのすばらしい保育や教育の実践を、まのあたりに見させていただきました。

こうした地域の先生から、すでに80名を超える参加のお申し込みをいただいているとのこと、本当に光栄なことと思っています。


学校・園には、子どもの育ちのために、学校・園にしかできないことがあります。

私は、最前線でご家族の願いを受け止めている臨床実践者として、この機会にぜひこのことを、学校・園の先生方にお伝えする、責務と使命があると考えています。



それぞれにしかできなこと、それをかけ算にして子どもにつなげること

それも、私の大切な仕事の一つだと思っているところです。


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コメント
ご無沙汰しています。

結婚って不思議なもので、お互いに究極に違う相手を選ぶように 遺伝子が遺伝子を選択するのだそうです。
同じ方向を向いて いつもYESと言ってもらえる相手というのは 難しいそうです(TVの受け売りですが・・・)
相手が違う意見、違う生き方をしているから 惹かれたことを 年数がたつと忘れてしまうものだと思います。

最近、我が家はとてもうまく行っています。なぜかと言えば、わたしが意見も主張も 自分の感情も飲み込んで話さないからです。 主人は 心穏やかに毎日を過ごしています。はじめは自分の感情に偽善的で これは家庭といえるのかしら・・・とストレスに思ったこともありましたが、いまは それも一つの思いやりかな・・・と思うようになりました。

キリスト教の牧師さんに「隣人愛」というのは 隣の家の人を愛すことではなくて、あなたの伴侶のことですよ・・・と言われたことがあります。

私は 子供が障害児になって 育てること療育することに頭がいっぱいで、主人を思いやったことってあったかしら??と思うくらいの毎日でした。
思えば主人は その間・・・がまんしていてくれたわけで・・・。子供のことだから 当たり前といえばそうですが、それじゃ・・・家庭って何?と 心に少しのゆとりができてようやくのこの頃です。自分のことだけで精一杯な時は 何かと 理屈やいいわけをして 本当に寂しい家族の気持ちには目がいきませんでした。

自分だけで生きていくことはできません。相手を思いやってこその夫婦なんだな~と ようやく思えるこの頃です。

久しぶりの 我が家の近況報告でした・・・。
【2009/08/23 16:26】 | マドンナ #NetAmKeg | [edit]
こういう部分が、実は大切であって、それが子どもの育ちに影響しないわけありませんね。

私は、今の活動を通して、少しだけ自分らしさを取り戻すことができたとは思いますが、欠点だらけで、恥ずかしい限りです。

だからこそ、誰かのために何かのできる自分でありたいと願うのですが・・
【2009/08/24 08:38】 | SHINOBU #- | [edit]












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