FC2ブログ
 

苦手な事に向き合う姿勢

 2009-07-17
1学期も終わりという地域も多いのではないかと思います。 通知票をいただく時期でもあります。

皆様のご家庭では、どんな1学期だったでしょうか?


先日、ある2年生の男の子の、国語の長文読解問題に取り組みました。

実は2週間くらい前にこんなことがあったのです。

私は週に1度、そのお宅に訪問させていただいていますが、指導が終わるといつも6時過ぎになります。

それからご飯を食べて、宿題に向かいます。

スムーズにいくときはよいのですが、そうでないときは、かなり遅い時間になってしまいます。

「そういうことなら、私の指導時間に宿題のサポートをさせていただきましょう」

お父さんとの話し合いで、そういう段取りになりました。

これなら宿題は楽勝だし、あとでゆっくり出来るし、きっとその子も喜ぶだろう、と思ったのは私たちだけでした。

その子は、いつもの私との勉強を楽しみにしていたので、指導の時間に宿題をすることに強烈な拒否反応を示しました。

「宿題なら、後でする・・ いつものすごろくゲーム、楽しみにしていたんだ」

いつも素直なその子が、泣いて激しく抵抗しました。


ただ遊ぶのではなく、楽しい勉強の方が、何倍も子どもの心を引きつける。

それは、私たち大人の感覚をはるかに凌ぐ物です。


海の学校が済んだその日にやってくる子、体調が悪く学校を休んだのに夕方の私の教室には来る子、遊園地で遊ぶよりうちの教室に来たがる子、帰る時間になってもなかなか帰ろうとしない子、ダッシュで教室に駆け込んで来る子、今度はいつ?今度はいつ?と毎日のようにご家族に尋ねる子・・

実は、そんな話、毎週のように聞きます。


やっぱり定番指導は大切だな。

そんな思いをとても強くしました。



そののちに、前の週に読み聞かせておいた国語の長文の読解問題に取り組んだわけです。

2年生ですから、ポイント数は大きいですが、それでもA4用紙10枚以上の長文です。

その時に、泣いて激しく抵抗した後でしたので、今週は聞くだけでいいよ、とわざと問題には取り組ませなかった教材です。

中1週間空いているので、きっと忘れているだろうなあ、と思いながら問題に取り組んでいくと、なんとまあびっくり・・

1週間前に、涙を流した後に、ざざっと読み聞かせた物語の内容を、細部に至るまで鮮やかに思いだしていくではありませんか?

私も、この分野は得意な方ですが、この子と同じ事、やろうたってとても出来ません。

天才的な記憶力だと感じました。


この子、小さいときからおばあちゃんにたくさんの本の読み聞かせをしてもらっています。

おばあちゃんは、司書をされていた方なので、そのあたりのツボは、しっかりと心得ておられます。

1年生の時には、書字に苦労しました。 (細かい部分の平面認知は苦手です)

数理的な処理は、継次処理タイプです。

曖昧な言葉も、どちらかというと苦手なはずです。

しかし、その苦手な部分を克服するが如く、聴覚性入力のメモリーが桁外れに機能しているのです。

幼少期に培ったこの能力、おばあちゃんの深い愛情から賜った大切なこの財産に、是非とも花を咲かせたい、そう願わずにはいられませんでした。

ここの枝葉を広げていくことで、かなりの部分がつながっていくのではないか?

長所活用の魅力と可能性に、またまた心が熱くなるのでした。



調子のいい日には、次々とうれしいことが起こります。

人間とは、こういうものです。


2週間ぶりに、算数のすごろくゲームをしてびっくり!

なんと、駒を動かすときに、一つずつ進めるのではなく、頭の中で、たし算をしながら進めています。

1年生の時から、計算にはほとほと苦労し続けた子どもです。

使用するサイコロには、8面体も12面体もありますから、それはそれはいい勉強です。


これまで1年生の時から、何十回、このすごろくゲームをしてきたことでしょう。

ひたすらこの日が来るのを待ちわびて取り組んできたわけです。

100までの順序数の数唱も、とても正確になりました。


すごろくゲーム、やりたかったわけです。

子どもを信じているということは、こういうことなわけです。

私は、心の底から反省し、とても恥ずかしくなりました。


この子、今は、2桁の繰り下がりの筆算にてこずっていますが、もしもこのモチベーションを何時間か持続できるのでしたら、その日のうちにもマスターできると思いました。 (ただし減々方式ですが・・)

とりあえず答えが出るようになれば、モチベーションは上がるので、後はロールプレイでお買い物ごっこをしながら、位取り記数法の本質を体験を通して徹底的に鍛えます。

この二つを身につけておいてから、数量感覚を伸ばしていく。

きっと数年はかかるでしょうが、ここが身につけば、日常生活に必要な数理的な処理はほとんど可能になると思っています。

その時は出来ていても、通知票でよい評価であっても、卒業証書と引き換えに学校にお返しするむずかしい内容のものではなく、生きていくのに必要な数理的な力をつけるというのが、私とこのご家族とのお約束事です。


それは簡単に言えば、10円玉を見て、それは1円玉10個と等価値であることがわかること。

1円玉10個を10円玉1個と見立てることができること (これが本当に分かれば、小数も分数もも面積も単位も原理はほとんど同じです)

2つのかたまり、3つのかたまりを10円玉と同じように一つの単位として見立てる事が出来ること、この意味や良さが本当にわかれば、、かけ算だって、わり算だって何だって出来ます。 
(3つのかたまり=3の段・3の割り算・・・ )

こういう基礎的な力を、様々な教材を通して身につけているわけです。

テストで100点とったら100%そういう力が身についていて、0点の子はまったく分かっていないかというと、そういうものではないと思います。

小学校の成績は大した事ない子が、中学で急に伸びたり、学校ではぱっとしなかった子が、社会で大活躍したりすることは、日常的なことでもあり、色々な要因があるとは思いますが、そこに当てるものさしが変わったということも一つの要因です。

決してテストや通知票を軽視しているわけではありませんが、それは絶対的なものさしではないことを、私たちはしっかりと認識しておく必要があります。

子どもにとって、学校はオフィシャルな場所であり、その客観的評価の尺度として、一般性をもったテストが使用される意義はあります。

通知票は、まごころこめて日々の教育にお取り組みなった担任の先生からの、心のこもった特別の意味をもつものです。

だからこそ、そこを上手にさばいてやる私たちの理念が問われるのです。

内容が仮に期待にそうものでなくても、決してその子の存在そのものの値打ちが下がるわけではちっともないこと

繰り下がり計算ができるようになったら、もっとステキだよね。あと少しの所だったんだから、こうやればできるんだよ。もう一回挑戦して、先生をびっくりさせてやろう~

こんな感覚が大切ななのだと思います。

1学期が、お子さんにとって意味の深いものになるよう、心から願っています。



FC2ブログランキング

 


↑どうかランキングも見てやってください。はげみになりますので,ご協力よろしくお願いします。
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://shinobu1.blog117.fc2.com/tb.php/555-52ce0476
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫