子どもの今を見つめる
2009-06-29
私は、指導中に子どもを叱る事は、可能な限り少なくしたいと考えています。1年以上指導しているのに、1回も叱っていない子もいます。
でも、絶対に叱らないかというと、そうではありません。 時には叱ってやらないとダメだと判断する場面があります。
当然叱るべき場面で叱らないと、その子がますますかわいそうになってしまうことがあります。
きちんと叱ってやることで、先生はちゃんと自分方を向いてくれたと、ほっとするような顔をする子もいます。
その行為が、明らかに注目の獲得である場合、すぱっと叱ってやるほうが、バーストを起こさないですむ場合も多いようです。
コミュニケートの方法が未成熟な子で、何かと物をよく投げる子がいます。
前回の指導で、かれんちゃんがままごとの茶碗を投げたとき、私は初めてかれんちゃんをきつく叱りました。
その時、かれんちゃんは涙を浮かべましたが、離籍して、決して自分勝手な行動をしようとはしませんでした。
その表情から、かれんちゃん、ここで勉強したいんだな、かしこくなりたんだなあ、私は強くそう感じました。
そのときのかれちゃんの顔、きっと忘れることができないと思います。
かれんちゃん、私に叱られるなんて思ってもみなかったようです。 かれんちゃんが物を投げるという行為は、私たちがイメージしているそれとは、全く異質のものであるわけです。
私がちゃんとそのことを受け止め、別の方法 (バイパス行動) を、きちんと教えておくべきだと、改めて感じました。
そして、どうやったら、そのことがちゃんとかれんちゃんに伝わるか、しっかりと考えていかなくてはならないと思いました。
かれんちゃんより、ちょっと下の男の子
この子も一度、机の上に登ったので、私に強く叱られ泣き始めました。
お母さんと離れなれなくて、玄関で数分泣いていたことがあります。
でも、今では、まだ小さいのに、45分間集中して学習して取り組み、あっという間に指導の時間が過ぎてしまいます。
昨日いただいたお母さんのメールによると、休日に 「どこに行きたい?」 と尋ねると、「SHINOBU先生のところ」 と答えたのだそうです。
水族館で遊んでいて、なかなか帰ろうとしないときでも、「SHINOBU先生の所へ行くよ」 というと、逆に目の色を変えて、お母さんの手を引いて車の所へ行ったのだそうです。
確かに最初の頃は、電車やチョロQで遊んでいました。 でもこの頃は遊びは一切なしで、書字、数字やひらがなやカード、認知パズルやロールプレイなど、フルコースで指導を行っています。
以前、薬カードやアンパンマンのカードで45分過ごしていた1年生の女の子も、今ではしっかり着席、1度も離席することなく、グズグズ言うこともなく、まさにむさぼうようにひらがな学習・文字学習・認知学習に集中しています。
みんな、学びたいのです。
できるようになりたいのです。
それが一番楽しいし、やりたいことなのです。
1年生ならここまで、2年生ならここまでと、叱咤激励したり、他人と競争させたりして、引っ張り上げることが無意味だと、思っているわけではありません。
でも、そればっかりだと、痛む心もあるわけです。
生涯学習という言葉もあります。
「ひらがな読めるようになりたい」
こんなに美しい気持ちが、どこにあるでしょうか?
子どもの心の中にある宝物を感じ取って、大切に育てたい。
水や肥料をやりすぎても根腐れします。 時には、空干しして根を張らせることもあるでしょう。
伸びていくのは、子ども達自身です。
私たちは、その時、その時の状態を感じ取り、その子がすくすくと育つように、環境を整えてやることです。
子どもの今が見えなければ、何もできない。
伸びている自分を感じている時こそが、子どもが最も輝き、楽しい瞬間です。
いつ咲こうが、どこで咲こうが、きっとすべてが美しい。
私もそう感じている一人です。
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