大河の一滴
2009-06-19

先日、逆上がりの上手な女の子のエピソードを紹介しました。
就学前のダウン症の女の子です。
その子は、私の胸にとても就学前の女の子と思えない程のスピードでボールを投げ込んできます。
きっとこの子はこうした体育的な面で、これまで私が体験したことのないような感動を次々に与えてくれるのに違いない。
こういうことの一つ一つのエピソードから、私の夢は次々とふくらんでいきます。
それは子どもによってはイラストであったり、工芸であったり、しいたけ栽培であったり、英語であったり、ダンスであったり、その存在そのものであったりします。
何か一つその子の輝くものを見つけ出し、そこから無限に発展していく可能性を信じて、希望をもって前向きに進んでいく営み・・
私はそれが 「教育」 であると、定義づけています。
出来ないこと、苦手なことを何とかしようということだけでなく、この子の良さは何だ、魅力は何だと考え、まずはそこからスタートしよう。
最初はほんの小さな一歩でも、1年、2年、5年と続けることができたなら、どれだけ大きな可能性の芽がふくらんでいくか知れません。
その可能性を信じる営みと、そうでない営み
子どもが伸びるのは、どちらだと思いますか?


かれんちゃんが、私に自身に与えたインパクトには、はかりしれないものがあります。
もし、この子と出会えていなかったら、これほどまでに私が熱いエネルギーをもつことはできなかったかも知れません。
かれんちゃんの存在と向き合ってきた時間の積み重ねによって、私自身がどれだけの勇気とそして内容的なヒントをつかんできたかはかり知れません。
それは、他の子の指導場面にもきっちりと生かされているのです。
昨日、私の教えている子どものご両親から、身に余る感謝のお言葉をいただきました。
そのことと昨日の出来事とが、決して無縁あるとは、私には思えないのです。
かれんちゃんという存在の大切さがそこにあります。
これはこの世に生を受けたすべての子どもに共通することだと、私は考えているのです。




この日、かれんちゃんは、絵本のイラストを見て、タッチボードの同じイラストをポイントする学習に取り組みました。
「これは?」 「ふね」
「じゃあ、これは?」 「ひこーき」
言語によるコミュニケートが、だんだんと豊かになっていくのを感じ取ることができます。
発達面に課題のある子どもほど、教育にかかわる費用対効果は高いと、私は考えています。
誰かの世話になって生きる子と思うのではなく、誰かのために何かが出来る子に育ててやらなければなりません。
人間は、自分が誰かの役に立っているというときにこそ、本来の力を発揮することができるのです。
それが、園芸であったり、運動であったり、存在そのものであったりしてよいのですが、ポイントは、子どもが自己肯定感をもてるかどうか、その1点にかかっているわけです。
君はなくてはならない存在なんだよ
今やっている勉強は、将来どこまで発展するかわからない、大きな可能性を秘めた第一歩なんだ
そんな気持ちをもって、子どもの学びに向き合っていきたいと考えています。
自分が誰かのために何かができる存在であると、子どもが感じ取ったそのときにこそ、そこに大きなエネルギーが生まれます。
肯定的な自己理解が深まることによって、他者を受け入れるやさしい心が芽生えます。
そして、人と人との営みの中で、幸せを感じて生きていけるのだと思うのです。
何気なく始めた漢字学習から、概念やイメージそして文化や社会を見る学習へと発展しているケースがあります。
これまで、一歩一歩のあゆみを共有してきたので、こうなるとそれはそれは充実した楽しい学習になります。
最初のとっかかりは漢字であっても、今ではその学習が、発展的な学習のコアの部分となっているのです。
これが長所活用型学習の醍醐味です。
その芯を見いだし、固めて行く作業は用意ではありませんが、先に苦手な読解問題からスタートするのと、どちらが近道なのでしょうか?
しっかりと畑を耕して色々な芽が出てくるようにしてやること
そして、その中からここぞと思う部分を見いだし、まずはそこを固めながら、そこから色々な方向に枝葉を伸ばしてやること
育てるというのは、そういうことなんだと考えています。
行き届いた教育は、かならず何倍にもなって返ってきます。
それは単にお金の面で考えるべきことではなくて、教育に取り組む姿勢そのものなんだと思います。
「個別指導をやりたくても人材がいない」 「財源がない」
もう聞き飽きたせりふです。
集団の中にしっかりとした居場所があること
その子の特性にあった、可能性の芽を育てる専門的なかかわり
そしてそれを、共に目指していこうという姿勢そのものが、何よりも大切なのだと思うのです。
楽しそうにタッチボードにふれるかれんちゃん
「大河の一滴」 という言葉がありますが、日々の教育の営みは、その子の未来をかたちづくるための、大切な大切な一滴なのだと私は感じているのです。

※ この実践記録は、適切な教育によるダウン症児の成長の可能性を、より多くの方に理解していただきたいというご家族の願いと要請を受け、かれんちゃんの表情なども含め、リアルな指導の様子を公開させていただいております。また、平成21年度、福武教育文化振興財団による研究助成をいただいています。
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