子どもの育ちを共有するということ
2009-06-02
先日、機会があって、私が指導をしているお子さんのご両親と一緒に昼食をいただきました。就学前に、ご両親といっしょに、小学校の校長先生にごあいさつに行かせていただくことになったのですが、「少し時間があるので、我が家で昼食を召し上がってください」 ということになったわけです。
お父さんはお医者様をなさっているということを、昼食をいただきながらお伺いしました。
多忙な勤務の合間を縫って、我が子のために、病院を早退されたということでした。 (お父さんは、小学校への訪問が終わると、またすぐに病院に戻っていかれました。)
お母さんは、私の最近のスケジュールをよくご存知なようです。
日程の隙間の、ここしかないというピンポイントな時間を見つけて、学校の校長先生とご主人の仕事と私との日程を調整されました。 (これも運命というか、奇跡的なことです。そこに強い意志と、冷静な判断がなければ、とても実現不可能な営みです)
3人で昼食をいただきながら、とても不思議な気持ちになりました。
1年前は、お互いにお互いのことを何も知りませんでした。
ブログの記事をきっかけに、作年夏にメールをいただき、遠隔地のため一旦はお断りをしたものの、ご縁がつながり、今では定期的に指導をさせていただくようになりました。
それまで、お父さんとは、お母さんほど話す機会はありませんでしたが、指導の時には、必ずご両親でお見えになっていました。
まさか、お父さんがドクターとは知らず、私が平気な顔で、医療的な面の話をさせていただいたときも、いつもうんうんとうなずきながら、聞いていてくださいました。
一期一会という言葉がありますが、私はいつかここにおじゃまさせていただくのを運命づけられていたような気持ちになりました。
ご両親は、ごくごく自然に私を迎えてくださいました。
決して何か魂胆が見え隠れする、過剰な接待ではありません。
その自然なあたたかい気持ちが、わたしたちの心を急速に接近させたように思っています。
実際にご家庭に足を運び、昼食をいただくことで、その子とそのご家庭が、ぐっと身近なものになったのは確かです。
他県の小学校の校長室におじゃまする機会も少ないし、こういう形での学校への訪問も極めてレアなケースなので、お伺いする前は、それなりに緊張しましたが、実際に就学予定先の学校におじゃまし、校長先生・教頭先生・コーディネーター(支援級担任)の先生にお会いすると、不思議なもので、少し先が見えてきたような気持ちになりました。
その後、その子の通っている幼稚園へおじゃましました。
前回の指導の時に、園長先生と担任の先生が突撃訪問をしてくださいましたので、今回は、私が園へと突撃訪問をさせていただきました。
私たちが園内に入ると、園長先生は、率先して花壇の手入れをされている最中でした。
想像していた通りでした。
気さくで前向きな園長先生のお人柄、教育にかける真摯な情熱、先生方お一人お一人に活気の満ちた、それはそれはすばらしい幼稚園でした。
「ダウン症の子をひきうけてくれる園は、ここしかなかった」
いつかお母さんは、そう私に伝えてくださっていました。
その子は、私の姿を見つけると、真っ先に鉄棒の所に行き、何度も何度も逆上がりをして見せてくれました。 そして、園庭で始まったリレーに参加して、何度も何度もトラックの周りを走って見せてくれました。
この子、ダウン症児です。
ダウン症という言葉だけを聞いて、この子の弾むような姿を想像できる方がいらっしゃるでしょうか?
この姿を見ずして、書類や発達検査で、何を判断できるというのでしょうか?
この子は、逆上がりやリレーを、私に見てもらおうと、はりきって動き回っているのです。
私は、あたたかく、そして胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じていました。
私は校長先生に、「機会を見つけて、とにかくこの子を見てください」 「本校が掲げる一人一人を大切にする教育の実現に、この子は必ず宝物となるはずです」 そうお伝えをさせていただきました。
実際に足を運ぶというのは、そんなに簡単なことではありません。
そこに強い意思と願いがなければ、なかなか実現できることではないのです。
身近な場所であっても、心理的には大変遠い場所も存在します。
逆に物理的な距離は長くても、心理的にはしっかりと結びついている場合もあります。
要は、そういうことなのです。
園をあとにする時、その子は、私の手をしっかりとつないでくれました。
私は、その指先から、大切な何かが通い合っていくのを感じました。
一時は、新型インフルエンザの問題で、この時期に伺ってよいものかと迷った時もありました。
この幼稚園に足を運んで、本当によかったと思いました。
早春から、初夏へ。
この子の指導を始めたその日、桜の花が満開でした。
「まるで、この子の先生の教室への入学式のように思えました」 と、お母さんはメールで伝えてくださいました。
指導の合間にキャッチボールをすると、とても幼稚園の女の子とは思えないほどのスピードで、私の胸に直球を投げ込んできます。
聞くと、小学生のお兄ちゃんのバッティングピッチャーを現役でつとめているそうです。
そこにあるのは、何か?
それは、子どもの成長と幸せ、そしてその可能性を信じてやまない、ご両親と私の気持ち、それだけです。
「早く咲いても 遅く咲いても 同じ花には変わりなく きっとすべてが美しい」
そんな詩の一節を、私に教えてくださったのも、このお母さんなのです。
私は、ずっとずっと、この道を、このご家族とともに歩んでいきたいと思いました。
木立を抜けた風が、私たちの歩く道の間を、さわやかにすり抜けていきました。
それは、この光景を、この子と共に共有できる幸せを、心から感じた瞬間なのでありました。
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