一瞬の時も無駄に出来ない そんな母の願い  (形ではないつながりという支援)

 2009-05-31
先日、私の宿泊先に、ある一人のお母さんが、お子さんを連れて相談に来られました。

「岡山に相談に行きたい」 というお申し出でしたので、近々そちらに伺う予定だとお伝えし、宿泊先のロビーで待ち合わせをさせていただきました。

現れたのは、ベビーカーに小さなお子さんを連れた若いお母さん。

さっそく、お話を伺いました。


そのお子さんは、細胞内の核に欠損があり、そのために、いつも体内に絶えずマラソンで走っているかのごとく、負荷がかかるという病気のあるお子さんでした。

お母さんは、その子のお気に入りの音楽の出るおもちゃと、何度も何度も繰り返して開かれた絵本を使って、その子のケアをされながらの相談となりました。

言葉の一つ一つから、このお母さんがどれほど心を砕き、この子と共にこれまでどれだけ真摯な思いで向き合って来られたかが、伝わってきます。

1時間ほどの相談の中で、何度涙を落とされたことでしょう。


> 私は、この子のことを理解していかなければと思う反面、必要以上に甘やかしているのではないか、親として十分なことをしていないのではないかという気持ちを、いつも抱き続けてきました。

> 今、この子の世界にいる人間は、家族と、そしてそれぞれの機関での女性の担当者の皆さんです。

> 地域の中で、健常な子ども達のなかで、ともに過ごす体験をさせてやりたい。

> うまくいかないことがあったり、つまずいたり、泣いたり、がまんをしたり・・

> そんな普通の、当たり前のことを、一人の人間としてこの子に体感させてやりたい。

> しかし、現実には、健常の方とともに過ごす接点は、ほとんどないのです。

> 先生には、社会の中の家族以外の男性として、リアルな現実社会の代表として、そして一人の教育者として、この子に接してほしいと願っているのです。

> 不定期でも構いません。 岡山なら高速を使って私が送迎をします。

> この子には、今生きている、この一瞬一瞬の時間が大切なのです。

> お願いします!


この子と共に生きてきたことで、このお母さんは、人が生きるという大切な意味を、心の芯からしっかりと受け止められているように感じました。


> すみません、こんなに何度も何度も泣いちゃって・・


涙を拭きながら、まだ少しあどけなさが残るその横顔を、とても美しく感じました。



> 私の教室、実はお引き受けできる時間の枠が、もうほとんどないのです・・

と言いながら、私の心は、もう決まっていました。


私のところにご相談にお越しくださったご家族の皆さん、すべての方が、命を削り、真摯な姿勢でお子さんの育ちに向き合っておられます。

その一つ一つを受け止めながら、私は今日まで、一歩ずつ歩んできたのです。

枠があるとか、ないとか、そういう問題ではないのです。


実は、何人もの方が、私の体のことを心配して、いろいろなご協力をしてくださっています。

正直、時間はほしいと願っています。

以前のように、毎週図書館に行って研究したり、大学の講義におじゃまさせていただくことも出来なくなりましたから・・


でも、この子なくして、このお母さんがありえないように、私は指導している子ども達との出会いなくして、今の私はないと確信しています。

私は、自分の中では、今の私が一番好きです。

> 一度かかわったら、一生担任

これが、私のモットーです。


何とか、持続可能な取り組みを、

このお母さんにお会いして以来、どういう枠組みをこしらえるか、そのことが頭の中でぐるぐるぐるぐる回っています。


「そんなにたくさんの子どもを引き受けて、大丈夫ですか?」


大丈夫ではないかも知れません。 無茶、やっていると自覚しています。

でも、この状況下で、私には、どうしてもお断りすることはできません。



形ではない、つながりという支援

それが、私に与えられた大切な使命なのだと、考えているのです。



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