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子どもの育ちとイメージの広がり (見通しのもてる ステキなかかわり)

 2009-05-25
巡回相談である保育園におじゃました時のエピソードです。

0・1歳児クラスにおじゃますると、ちょうど先生がお話の読み聞かせをしている場面でした。

中には0歳のお子さんもいましたが、それはそれは真剣な表情で、しっかりと絵本の世界に入り込んでいました。

もちろん、0歳の子が、すべての言語を理解できているということではありません。

しかし、絵本というのは、子どもの心をつかんではなさない、大切な何かをもっているのです。

みんなと一緒にお話を聞くという場の設定も、ステキな営みです。


この春から、私の教室に来てくれるようになったダウン症の小学生の男の子

最初の頃は、教室をウロウロするばかりで、着席さえしてくれませんでした。

興味をひきそうなおもちゃを用意しても、1~2分さわっては、またすぐに離席して、さわってはいけないシュレッターや事務用のパソコンのキーボードばかりをがちゃがちゃやっていました。


意味のある表出言語は、あまり見られないお子さんです。

しかし、先週頃から、かなり様子が変わってきました。

私の横にすわって、お気に入りのパソコンソフトでずっと学習できるようになってきたし、マウスの操作法を発見したらしく、自分でやって見せては、得意な顔でにっこりと私の顔を何度ものぞき込むようになってきました。

私は、信頼関係が育ってきたのを感じていましたから、そろそろかなと思い、先週、事務用パソコンをさわったことを厳しくしかりました。

予想通り、その子はびっくりして意固地になり、涙を浮かべて逆らっていましたが、次週笑顔で教室に入ってくれば、私の気持ちは完全に通じるはずだと考えていました。

ある意味、ひとつの賭けですが、そういう指導イメージが、私には出来上がっていました。


今週、その子は笑顔一杯で教室の扉を開けてくれました。

指導の最初から、最後の瞬間まで、事務用パソコン周辺には一切近づきませんでした。


前の週、この子は1私の教室で、1冊の絵本を手にしていました。

絵本を見ることなど、ちょっと前までは考えられないことでしたから、正直私は驚きました。

私の教室は、私が横に座って直接指導するテーブルと、子ども達が自由に選んで遊んだり、学習したりするテーブルとがあります。

当然のことですが、私はその絵本を、わざとらしくない位置を選んで、そっと置いておきました。

パソコン学習が一段落すると、その子は、やはりその本を手にとって、何度も何度もページをめくっていました。


私は、例えばうちの保育園の職員が研修に行って、ぶ厚い復命書を書いてきたとしても、取り立てて高い評価をしません。

それよりも、明日からの保育に何が生かせるかを、その中からぱっと言語化できる職員、つまり学んだことをイメージ化できている職員を高く評価します。

そうでなきゃ、日常の、複雑な軸が幾重ににも複合している、現場の保育にそのことを生かせることなんてできません。


子どもにとっても、行動の安定、あるいは学んだことを積み上げていくためにも、イメージの世界を広げるということは、とても重要な事であると思っています。

脳の機能局在の面からも、言語による部分と、イメージによる部分は違っているはずです。

0歳の子が、絵本の世界に入り込めるのも、つまりはそういうことなのだと私は理解しています。


そのイメージの世界を広げていくために、絵本は最高の教材です。

絵本に描かれている場面と、自分の生活している場面を照らし合わせてとらえる。 はみがきの絵本とか、お風呂の絵本、結構子どもは食いついてきます。

自分の心に印象的に残っていることを、絵本の世界で見つける。 サンタのプレゼントを絵本で見つけては、、何度も何度も私に教えてくれる子がいます。

ページをめくりながら、次々に変化する世界を楽しむ。 最高の視覚刺激です。 こういう時の子どもの表情は、本当に生き生きとしています。

絵本の世界に入り込み、言葉・動作・リズム・小道具などを添えて、ストーリーを発展させていく・・・


コミュニケーションというと、どうしても言語コミュニケーションを中心にとらえます。

それだけ、言語コミュニケーションは、手段として、とても大切で有効だということです。

しかし、それは情報の一つの手段であって、いわゆるノンバーバルで伝わる真実も多く存在するわけです。


イメージが広がると、物事が立体的に見えます。 見通しがもて、不安なことがうんと少なく感じます。 0.1リットルのジュースを実際に飲む。  こういう事もとても大切なんだと思います。 学習も多面的にとらえ、より深い理解へとつながります。

そして、私たち大人が、子どもの育ちのイメージをつくるということが、子どもの成長に果たす役割は、極めて大きいと考えています。

私にとって最大の指導性とは、見通しをもつこと、イメージをもつことに他なりません。


特に、私にとっては経験の少ない就学前の子どもの指導イメージの構成は、今の私自身の最大のテーマです。

そのために、日々本を読み、実践を積み、そのエキスを言語化したり図式化したりして、イメージ構成の作業を行っているのです。


子どもは、日々私の何倍ものスピードでイメージの世界を広げているわけです。

言語・数量・コミュニケート・認知・感覚統合と共に、子どものイメージの世界を広げることが、文字通り私の最も大切な指導イメージの柱となっているのです。


彼が私の部屋で絵本を広げたこと

それは、私にとって、うれしくてたまらない、貴重な一歩となったのでありました。


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コメント
SHINOBU先生の意図されているところとずれているかもしれませんが・・・

最近自分自身でこのイメージの広がりを感じることがありました。
造形系が全然ダメな軽度知的発達遅滞小1年生の娘の為にと
自分でも苦手な工作についてネットで調べたりしていたのです。

ある先生がとてもうまく工作などで子どもの知的好奇心を伸ばす教育を
されていて、ブログを読み漁っていました。
(この先生は私がこの方こそ大阪のSHINOBU先生では?!と思った方なのですが、残念ながら既に高名で生徒さんがいっぱいらしく娘は見てもらえそうもありません)

すると、今まで単なるゴミとして捨てていたペットボトルやトイレットペーパーの芯なんかも、これに使えそう!とイメージできて取って置きたい大切なものに思えてきたのです。娘の頭はザルか?っていうぐらい教えても教えても忘れる子なのですが、娘の興味のあるものを投入してうまくイメージ化に結びつき膨らんでいけば、ザルの目からすり抜けないしっかりしたものになって残るのではないかと思いました。

うまく言えなくてごめんなさい。
今日の先生の記事が最近感じたことに何かつながっているような気がしてコメントしてしまいました。
【2009/05/26 09:29】 | がんも #- | [edit]
コメント、ありがとうございます。

わたしもよくわかっていないのですが、たぶんイメージ化できるということは、自分自身の中で点であったものがつながっていく、ということではないかと思います。

明確に言語でポイントさせるのではなくて、あっ、そうかあってぱーっと広がっていく感じ

それはつまり、その子の持っている物が、有機的につながるということではないでしょうか?

工作のエピソードも大切なヒントになりました。

ありがとうございました。
【2009/05/26 09:41】 | SHINOBU #- | [edit]












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