「きっとすべてが美しい」 ご家族の子どもに対するプレゼント
2009-05-19
2月から、うちの教室に通ってくれるようになった3歳の男の子このごろ、45分間、一度の離席もなく、パズル・カード・作業課題・書字・数対応・パソコンなど、予定のメニューを次々にこなしてくれます。
にっこり笑顔で、いつもいろいろなことを話してくれます。 とても楽しい時間です。 活動が終了したら、ボールをもって、芝生広場で遊ぶことも、楽しみにしてくれています。
連続して、安定した活動ができるようになったので、やっと枠組みができ、パイプがつながった感じです。
ご両親にそのことをお伝えすると、「信じられない」 と、とても驚かれていました。
最初のころは、電車ゲームをするのが精一杯でした。
お母さんと離れることができなくて、玄関でしばらく泣いていたこともありました。
ある日、机のうえによじ登るので、そのことをきびしく注意すると、泣き始めて、その後の活動ができなくなることもありました。
しかし一方で、私はこの子の優れた能力に魅力を感じ始めていました。
ご家族の方から、発達検査結果のコピーをいただいていますが、こんな数値の子じゃないはずだと、自分で勝手に判断をしてしまいました。
絶対にもっとできるはずだと信じていますので、その数値より、うんと高い課題を彼には提示するようになりました。
まだ4歳になっていないのに、清音なら、すらすらとひらがなカードを読んでいきます。
この時の、うれしそうな彼の横顔、指導に充実感と活気が生まれます。
電車ゲームをしているときよりも、よっぽどいい顔です。
ピグマリオン効果もあるのでしょう。
私もうれしくなって、本気で何回も何回もほめるので、本人にやる気が起こらないわけがありません。
当然、態度も、安定してきます。
信頼関係も生まれます。
彼の場合は、こうした課題を達成していく方向感によって、やりとりや応答関係の必要感が生まれました。
そして、その部分をていねいに構成していくことによって、コミュニケーションのスキルも少しずつではありますが、向上しているような気がします。
これは、彼の場合に限らず、個別指導ならではのキモの部分ではないかと思っています。
4月から通ってくれるようになったダウン症の4年生の男の子
最初の頃は、着席すらしてくれませんでした。
指導用のパソコンのキーボードやシュレッターばかりを気にしていました。
でも、感覚系の課題から、少しずつ着席してくれる時間が長くなり、心がつながってきました。
横にすわって、自然に手をにぎってくれるときもあります。
そして、前回、ついに絵本を読んでくれるようになりました。
その表情は、最初のころのとんぎった三角な目ではなくて、とてもおたやかなやさしい瞳です。
私は、絵本を読んでくれている彼の姿を見たとき、思わず涙がこぼれ落ちそうになりました。
「ここに来るのを、ずっと楽しみにしているようです」
お父さんの、その言葉を支えにして、これまでずっとかかわってきました。
> どんな子も、それぞれの道を通ってここまで来たんだ。
> まずは、そのことをきちんと受け止めよう。
> こちらの都合でなく、子どものストーリーに寄り添ってみよう。
> そして、その子の中にある成長の願いを信じて、少しずつかも知れないけど、それを掘り起こしていこう。
> 不適応行動は、その願いの裏返しであると、信じてみよう。
> そして、「君の可能性を信じているよ」 のメッセージを、言葉と態度とまなざしと、そして活動の場、学びの場の構成といった具体的な形で、ずっとずっと君に送り続けよう。
> 君の心にそれがしっかりと届いた時に、必ず君は自分の足で歩み始めるはず。
> それが、君のご家族が、先生に託した君へのプレゼント。
> 先生は、不器用だから、そんなことしかすることができない。
> 学びとは、人間が本来もちあわせている、主体的な営みのこと。
> 決してさせられるものでは、ないはずだよね。
この記事を書いている途中に、あるお母さんから、こんなステキな詩をメールで教えていただきました。
「 早く咲いても 遅く咲いても 同じ花には変わりなく きっとすべてが美しい 」
私は、ご縁があってこうしたご家族のみなさんと出会えたことをとても幸せに思っています。
ご家族の願いを背中に感じながら、そして、子どもが満足してくれるような教材の準備を行いながら、私は今日も、この教室に来てくれる子どものことを、楽しみにして待ってるのです。
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