ご家族と指導者とが向き合うことによって生まれる何か
2009-05-11
昨日、指導の直前になって、携帯に1本の着信がありました。教室に来る途中で、車のタイヤがパンクした、というお母さんからの電話でした。
よろしければご主人が到着される前に、お子さんをお迎えに伺いましょうか? とお伝えすると、それは、本当に助かります〜、というお返事でした。
その場所に伺うと、車のわきで、お母さんとお子さんが立っておられました。
少し開始時間が遅れましたが、お子さんを車に乗せ、私は再び教室に向かいました。
後部座席に座ったその子は、前回までとまったく違うオーラで、話を始めました。
お母さん、大丈夫かなと、何度も何度も心配するこの子の姿に、正直驚くと同時に、とても愛おしい気持ちが私にも芽生えてきました。
教室に着くと、その子は、「先生、ゲームの話していい?」 と、私に尋ねてきました。
この子にとって、そのゲームがどんなポジションであるのかについては、事前にお母さんにお話を伺っていました。
> う〜ん、じゃあ、このタイマーのメモリがなくなるまでなら、いいよ
そう伝えると、子どもは与えられた時間で、懸命にそのゲームのことを説明し始めました。
私は、いつかきっとこういう場面が来るに違いないと思っていましたから、真剣にその話を聞き、真剣にそのことについて尋ねました。
その子は、いつもタイムタイマーの目盛りを気にかけながらも、時間が来ると、ぱっとゲームの説明を止めました。
心の糸が、1本つながったな
私は、そう感じました。
1回目の指導の時は、この子、私の用意した教材には見向きもせず、タランチュラのことばかり調べていましたが、この子がなぜそのとき、タランチュラのことをそんなにムキになって話したのか、わかるような気がしてきました。
それ以後の彼の言動は、以前のそれとは、明らかに違っていました。
まだまだ私の願っている形には遠いのですが、何か子のこと2人で大切なことを織り込んでいける手応えみたいなものを感じました。
ここは、お母さんの願いと、私の考えとの一致点が明確だったことを抜きに考えることはできません。
私とご家族との軸が一致していることを、この子は、きっと薄っぺらい言葉ではなく、時間や活動の積み重ねから感じ取っているに違いありません。
指導後、パンクの修理が終わったお母さんが教室にやって来ました。
聞いていないようで、その子はしっかり私たちの会話を気にしていて、初めの頃、会話に口を挟んできました。
でも、途中から安心しきったようすになり、二度と会話には口を挟んできませんでした。
私と、ご家族の向き合っている方法が同じであることを、またひとつ確かめ合うことができたのだと思います。
> 先生に、お願いがあります
先週、新1年生になった女の子のお母さんが、お子さんの書字について、そしてその子の行動のことについて、メールで連絡をくださいました。
私は、今は書字よりも、応答コミュニケーションや文字の認知が大切と考えていましたが、お母さんのメールを読み、書字の指導を始めることにしました。
席もこれまでとは違う学習席に変更しました。
最初の相談の時、机の上に寝そべったあの女の子です。
さて、どうかなと思っていましたが、何ともうれしそうに書字の練習を始めます。
この表情が、私は可愛くてたまりませんでしたし、時間いっぱいその子は、予定のメニューを最後までやり遂げることができました。
私のイメージと、この子の願いとのすき間を、お母さんのメールがうめてくださいました。
本当にありがたいなと、思いました。
最初の相談の日には、この子に指導が入る日はいつのことかと思っていましたから、私の喜びもひとしおです。
こうなると、私の方にも指導のイメージがどんどんふくらみ、指導のモチベーションも上がる一方で、次の指導の日が待ち遠しくなります。
こうならなきゃ、なかなか大変な仕事です。
最初大変な子ほど、つながった後は楽しい、というのはこの教室での経験を通して感じてきた真実です。
第1号の花子ちゃんの時も、第2号の太郎君の時にも、危機的場面を乗り越えての今があるのです。
最初の日、かれんちゃんが、なみだを浮かべて外を眺めていたのも、こたえました。
また大きな危機がない子の場合でも、私の存在を影でご家族がしっかりとささえてくださっていることを、様々な場面で感じ取っています。
役割を明確にすることは、大事です。
しかし、時に、そのジョイントの部分ですき間が出来てしまうことがあります。
相互の役割を明確にした上で、お子さんをすっぽり包み込むような、指導者とご家族のネットワーク
それが私の目指す形です。
それをなくして、テクニカルな指導だけで子ども変えることは、なかなか骨の折れることです。
数ヶ月の間に、大きな育ちのあった子ども
子どもを包む大きくてあたたかい信頼感の広がり
それは大切な手段であるだけでなく、目的そのものであるような気がしています。
子どもそれぞれに、
ご家族それぞれに、生活のストーリーというものがあります。
ご縁があって出会った方と、子どものために信頼の輪を紡いでいくことも大切な作業だと思います。
もちろん、ご縁はいろいろですから、パーソナリティーの部分で、合う合わないも当然あるし、ストーリーの展開上たまたまご縁がなかったという場合もあるでしょう。
そんな場合は、切り替えも大切です。
医療の場合も、同じようなことが言えるのかも知れません。
学校の先生は、選ぶことができませんが、選ぶことができる先生もいるはずです。
何のため?
それは、すべて子どものため
その責任も、決定権も、保護者にあります。
ただ、関係した者は、その責任の1部を共有します。
自己決定とは、そういうことです。
私は、そういうご家族の応援をしていきたいと願っているのです。
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