きちんと見つめたい 子どもの発達のブラックボックス
2009-05-03
私は、元々が小学校の教師です。1年生から6年生までのすべての学年の担任を経験し、情緒障害児短期治療施設の派遣学級、特別支援学級、生徒指導主事、同和教育主事、研究主任、教務主任など、これまで色々な仕事に取り組んできました。
自分の教室を立ち上げたとき、最初は小学生以上を対象とさせていただいていました。
かれんちゃんのお母さんに、是非にという依頼を受け、初めて小学生以下のお子さんの指導・療育をさせていただくことになりました。
保育園の副園長ですから、保育の運営や課題については、自分なりに研修をしてきました。
しかし、指導となると、基本3才以上のお子さんを対象とさせていただこうと考えていました。
昨年秋、かれんちゃんが入ってきてくれるまでは、私の教室の生徒は、花子ちゃん、太郎君、友里ちゃんの3人だけでした。
今では、2才くらいから18才まで、様々な課題のお子さんの学びと育ちについて、ご家族の方と一緒に向き合っていくようになりました。
県外指導のお子さんまで含めると、50人以上のケースに直接向き合っているわけです。
こういう形は、あまり類を見ないものではないかと思います。
ご承知のように、発達にかかわる年齢には、実際の生活年齢と、発達のレベルを示す尺度としての年齢があるわけです。
ですから、発達の支援・指導にかかわるものとしては、単純な生活年齢でのみでその対象を限定すべきではないのかも知れません。
私は、スーパースターではありません。
私にかかれば、たちどころに子どもが見違えるように変身するわけではありません。
むしろ、どこよりも愚直に、だれよりものそのそと、ごそごそと小さなあゆみを続けているに過ぎません。
先日、何人かの3才以下のお子さんの指導をさせていただきました。
その最初のお母さんの一言です。
> 私たちには、親戚も少なく、親亡きあとのこの子の将来をとても危惧しています。
> ですから、この子のために、私たちができることがあれば、たとえどんなことがあってもしてやりたいのです。
> 後悔だけはしたくない。
> 無理は承知です。
> 先生、私たちに力を貸してください。
正直に白状します。
私はそれまで、「お母さん、お子さんが3才になったら私の所に来てください」 そう言おうと思っていましたが、そのことをとても恥ずかしく感じました。
私が、一体何のために仕事をしているのかを、改めて問い直すことができました。
私は、わざわざ私の保育園に来て頭を下げ、どうかこの子のために指導をお願いできないかという花子ちゃんのお母さんの真剣な目を見て、この教室を開く決心をしました。
このお母さんの目は、あの時の花子ちゃんのお母さんの目と、まったく同じ輝きだと思いました。
その日は、他にも何人かの3才以下のお子さんの指導をさせていただきました。
そばにいるご両親の心臓の音が聞こえてきそうな程、真剣に私のかかわりに注目してくださっていました。
これで、私の背中にあるやる気スイッチがオンになってしまいました。
もう完全に私の心から、逃げる気持ちはなくなっていきました。
私が長年愛用している発達にかかわる1冊の本があります。
初めて支援学級の担任をしたときに購入したものですが、早速それを開いて発達年齢が3才以下の指導支援について調べ直してみました。
就学前あたりの部分には、マーカーや書き込みが多くしてありますが、それより前については、読んではいますが、自分の指導の対象として精査したことはありませんでした。
それを見たとたん、私の頭の中に指導のイメージがどんどんとふくらんでいくのに気がつきました。
まるで、これまで空けようとしなかった発達のブラックボックスをのぞき見たような気分でした。
> 数を量としてとらえることができない
> 音読はできても、書いたり内言語化したり、イメージをふくらませたりすることができない
> 微細な文字の形を認知することができない
これまで何度トライしても、出来ては崩し、出来ては崩しの連続だった内容の、源泉がきっとその中にかくされているのではないかと思うようになりました。
そこの基本さえ積み上げれば、その子なりの発展は可能なのではないか?
結果はどうであれ、打つべき手の設計図みたいなものがそこにあるような気がしてきました。
奥が深いというか、何というか、原点はここだと感じました。
とにかく、いろいろと試させてください。
私にチャンスをください。
私は天才でも何でもありません。
でも、やってみたいことはあるのです。
どうかトライをさせてみてください。
いつの間にか、私の心は攻めの姿勢に変わっていました。
もしも、あのお母さんに出会ってなかったら、私はこんな気持ちにはなっていなかったと思います。
土曜日は朝9時から夜8時半まで、ぶっ通しの指導でした。
GWで広島や大阪から来られた方は、ずいぶん早く出発されたのに、渋滞で指導開始の時刻に間に合わなかったのです。
昼に学童保育の小学生が給食のシチューを運んでくれました。
半分食べたところで、次の方がお越しくださり、次に口をつけたのは夕方の6時頃でした。
ここだけの話ですが、学校休んだのに、うちの教室にだけは来るという子たくさんいます。
体の事を心配してくださる方が多いのですが、こういう子のことを考えると、指導に穴を開けることは、今の私にはできません。
無理を承知でお願いします、と頭を下げられた方に、お断りをすることもできません。
今は、神奈川県のホテルでこの記事を書いています。
時々、ご家族の方からていねいなメールをいただくことがあります。
元々あまり体力のある方ではありませんが、何かのことで子どもやご家族の方にお役に立つことができたと感じると、とたんに元気になるから不思議です。
役割が人間を変えていくのです。
多くの子どもの指導をさせていただくことができ、とても幸せです。
選んで来てくださっているので、とても光栄なことです。
そのためにも、あのブラックボックスの鍵を、何としてもこじ開けたい、
そう思っています。
それぞれに違う子どもの課題
そして色々な年齢や発達段階の子ども達
それを重いくつも重ね合わせることによって、だんだんと本質的なことが焦点化されていくような気がします。
私の営みは、まだスタートしたばかり
これからも、ぜひ皆さんと、いっしょに歩んでいきたいと思っているのです。
↑どうかランキングも見てやってください。はげみになりますので,ご協力よろしくお願いします。


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