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意図的構成された 豊かな教育空間を (問題行動はその子だけのせいではない)

 2009-04-21
下の画像は、昨日の太郎君 (仮名=小2) の指導場面のものです。

太郎君は、1年生の2学期、学習内容がが少しハードになったこともあって、私の個別指導の時に、クラスメイトののりかちゃん (仮名=小2)と、いっしょに勉強してもらうようにしました。

2名とはいえ、私が構成した 意図的な教育集団です。

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のりかちゃんは、学校の先生になるのが夢で、この日も 「ふきのとう」 の音読の時に、句点や読点の時に手をたたいて、間を開けることを太郎君に上手に教えてくれていました。

のりかちゃんが来てくれるようになり、太郎君のモチベーションはうんと向上していきました。

この日の学校の宿題では、「週」 という漢字の学習もありましたが、こうした画数の多い時も、とても上手に書けるようになってきました。

お楽しみの工作の時には、学童保育の3年生の子も飛び入りで、とても楽しく活動に取り組みました。

ここには、昨年の夏、突発的・衝動的な問題行動が表面化し、この教室にうずくまって固まり、涙を落とした太郎君の姿はどこにも見あたりませんでした。




「リアルな子ども集団」 「生きた子ども集団」 と大人は一口に言いますが、子ども集団には、教育的に構成された (モラルの存在する) 集団と、そうでない、残酷な子ども集団 (烏合の衆) との2種類が存在します。

以前、誰かが嘔吐したら、何も言わず数人がぞうきんをもってさっと集まるクラスのことを紹介しました。 

そのクラスでは、修学旅行の時、出発前に、宿の清掃を子どもたちが自主的に(勝手に?)していました。 登校中、歩道橋の下の自転車が将棋倒しになっていたのを見たとき、数人の子で一台ずつそれを直していたのを見かけたことがあります。自分の事よりも、まずみんなのことを大切にする尊さと喜びを、多くの子が体験的に感じ取っていました。

こんな集団もあります。


しかし、このような天使のような子ども集団もあれば、いじめや学級崩壊に代表されるような、大人の想像をはるかに超えた残酷で、悲惨な子ども集団にも何度も遭遇してきました。

モラルの崩壊した子ども集団ほど、残酷で悲惨なものはありません。

集団心理がそこに働き、個々の子どもの人間らしい感情のコントロールが崩壊。 考える力そのものを失っていますから、特定の個人の人格を否定・崩壊するようなベクトルがそのに働き始めます。


天使のような子ども集団では、個々の問題行動は、当然顕在化しなくなります。 逆に、その逆の集団では、そこだけが取り立ててクローズアップされてしまう可能性が高くなります。

すばらしい指導性をもった先生のクラスでは起きなかった問題行動が、そうでない先生のクラスでは、とたんに表面化して、それがすべてその子の問題として突きつけられてしまうこともあります。

つまり、問題行動というのは、個々の子どものもつパーソナルな部分だけではなくて、関係性の中で存在する部分が大きいということです。


リアルな子ども集団の中で、生きていく力を我が子に身につけさせたい。

親なら、誰しもが願う自然な気持ちです。

しかし、時として子ども集団は残酷です。 これ以上ないというくらい残酷な場合もあるのです。 子ども集団=純真で素直、という甘いイメージだけで、とらえると、思わぬエアポケットに吸い込まれます。

それに比べれば、まともな一般社会であれば、まだまだ課題点も多いとはいえ、そこには多くの方のご尽力により、長い時間をかけて構成された人権感覚・人権意識が存在しています。

心ない、残酷な、子どもの発言や行動といったミサイルを、毎度毎度まともに食らってしまうのは、いかがなものでしょうか?


我が子をとりまく子ども集団は、親としてちゃんと見つめておきましょう。

それが我が子を育てるのにふさわしい集団かどうかの見極めは、きちんとしておきましょう。

リアルな子ども集団の中で生き抜く力を付けることは大切ですが、それで子どもの心が痛んでしまっては、プラスどころか、取り返しの付かない傷を残してしまくことだってあります。


私の教室に通ってきてくれている子どもの中には、私立の小学校に通い、有名私立中学の受験を目指している子もいます。

ここでは、みんなが受験という共通の方向を見つめているので、あまり相互に余計なことで子どもの心を痛めない不思議な公平さが存在し、ある意味子どもにとって居心地のよい集団です。

私は、子どもの環境を構成することこそ、親の大切な役割だと考えています。


我が子自身の問題なのか、所属する集団の問題なのか、相互の関係性の問題なのか、何を育てていくことが大切で、今はどうすべきなのか。

そこをちゃんととらえておくことも、時には大切な事だと、私は考えているのです。


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