いまはまだ 特別支援教育がスタートしたばかりで 特別支援教育という言葉もよくわからない校長先生が全国にはたくさんいらっしゃいます。特に特別支援学級も無い学校は関心すらなく、学校に入れない=という方針の学校さえあります(いまだに・・・ですが)
日本のインクルージョンの将来は 子供達が 本籍のクラスを普通学級に置いてほとんどの時間をすごし、支援が必要な科目を〜人的な支援を受けて教育を受ける という事になっていくとは思いますが、まだまだ長い時間をかけての移行になると思います。
何しろ・・・学校への啓発も 普通発達の保護者への啓発も たくさん必要になるからです。
米国などの事情では 重度で医療の支援の必要な子供が 特殊学級しか無い学校しかなく、エリアには養護学校が無いので、必要な専門的な支援を受けられずに時を重ねてしまっている(能力にあった支援・訓練が受けられない)という弊害も出ています。
米国は広いので 同じ州でもお金のあるエリアと無いエリアでは教育の質も全く違います。
国によって取り組みは全く違っています。ずいぶん前にOECDの経済効果についての報告を翻訳した本を読みましたが、その後は出ていないようです。
地域の行政では 障害のある子供だけの支援では「予算をつけてもらえない」でしょう。
ここにも「社会的なインクルージョン」の理念で 予算をつけて頂く知恵が必要です。
みんな それぞれの地域で 自分の子供のために一生懸命に活動していたら きっと地域は 少しずつでも変わっていくと思います。 一歩一歩の歩みを大切にしたいと思う春です。
【2009/03/24 11:59】
| マドンナ #NetAmKeg |
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地域性のある親の会で上部団体の事務局補佐をしています。
その役得で福祉局関係の予算配分や経年の流れを垣間見ることができます。
いま、「障害者支援」は個人へ「経済的支援」はどんどんなくなっています。(Y市は在宅手当て打ち切りがきまりそうです。次は県です。合計7−11万円/年の手当てがなくなります)
ただの打ち切りでは「問題」になるので、本当に必要な「支援プログラム」作成(名目ですね)のほうに動き出しています。(当事者への聞き取りが4月から開始されるようです)
でも、プログラムにのるには対象者の条件等々いろいろありますし、広く万人が逆に利用できなくなるのは目に見えています。
インクルージョン。東京とは予算が抱負ですが、他の自治体はどうなのでしょう。国で目的限定の予算配分をしないと今よりも後退することは必至かと危惧しています。
支援の理念や質はたしかに向上し定着しつつありますが、人的不足・予算の不足から「ある種選ばれたもの」に限定した動きにならないか(今の現実でもそうなのですが・・。心配です。
心ある先生や専門家はたくさんいます。でも、経済的・人的裏づけのない支援は人を疲弊させます。「できる範囲でしかやれない」なのです。
国としての「総論」「概論」部分をしっかりしてほしいと切実に思います。このままでは支援に関して当事者の「個人責任」にどんどんシフトしていくのではないでしょうか。
【2009/03/24 15:36】
| 双子の母 #- |
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子どもが将来 就労できないと大変な生活状態になりますね・・・。
子どもが学校に通っているうちに「どのような学び」をつけていくのかがとても重要になると思います。親は 子どもの障害がわかった時から 就労を考えて教育計画を作っていかなくてはいけない・・というのは 精神的にとてもハードですし・・・私の経験では 小学生の時に 中学・高校のことすら考えられませんでした・・・当時は はるか彼方のことに思えました。
現在、障害者の就労は 製造業はほとんど求人が無く、事務系の仕事が多いと聞いています。
デスクワークができることに結びつけていくための 基礎教育が 障害のある子供達にも強く求められていますが・・現在の学校教育は そうなっていない・・・。
自分で研修会に出て研究をして 日々 子供と熱心に向き合う先生と、普通学級で役に立たない+採用してくれるところが無かったから仕方なく+退職間近で手当がほしかった・・・等・・。
先生の能力の格差は 特殊教育の世界では とても大きいです。
そこに大きなストレスを感じて、子供を一緒に支援してくれる先生、場所を必死に探さなくてはならず、探し当てたとしても 間口はとても狭い(人数には限界がある)ので何年も待機リストに掲載されたまま・・・ということもあります。
親の会・・・あの会、この会には 入りたくない事情があるけれど、やっぱり、入らなくちゃ情報は入らないな〜〜と感じました。
【2009/03/25 08:48】
| マドンナ #NetAmKeg |
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リアルな世界が浮かび上がってきます。
そこから、決して目を離すことはできません。
予算も人的支援もない、理念だけのインクルージョンが、逆に魂を打ち砕くことだってあるのかもしれません。
現実的な対応抜きに、子どもも育ちを考えることはできません。
この現実的な対応力も、あるべき方向にきちんと体が向いていることも、どちらも大切な事だと思います。
今がどうなのかということと、何をすべきかということと、これからどうあるべきかということと、それぞれがそれぞれの立場で果たしていく役割と、いろいろな向き合い方が必要なのでしょう。
お二人の貴重なコメントから、私は私のすべき役割を、もう一度振り返って、そしてまた、前へ進んでいこうと思います。
【2009/03/25 11:44】
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SHINOBU #- |
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何を目指して今をどう生きるか・・。
今、この瞬間を生きている場での充実が一番なのですが、
それがある程度満たされてはじめて
すこしずつ先を考えるようにしています。
でも、この子らは早い選択を迫られます。
教育の場は基本的には18歳で一段落します。
その先をどう考えるか。
その考えによっては15歳の選択を決めなくてはいけない。
15歳の選択先によっては12歳の段階で在籍の移動も考えなくてはいけない。
定型の子供もいますが、彼女の場合なんとゆるーいそして広い道があることか改めて思います。
双子のようば子供は定型の子供にはない厳しいそして狭い範囲での選択を迫られます。そして、後で改めてのやり直しも大変です。
大変さゆえ、先人の引いたレールやはやりのものに飛びつく親の気持ち。
とてもよくわかるのです。時には異なる選択をする人を「批判」することにもなりがちですし、同じ選択肢をした人たちでの集団を作りがちです。
教育の場の先を考えたり、生活支援を考えると「親の会」は大事な活動です。世の中を動かす原動力にもなっていますし、情報入手や人脈形成には欠かせない存在です。(相手方専門機関、企業も相互にかんじていることです)。しかし、きちんとした情報入手と分析をするには「役」を受けたり、いろいろなタイプの会でいろいろな視点からの観察、思考をする必要があります。「自分の子供に間に合わせるためには」早い時期からそうした活動に積極的に参加しなくてはなりません。
今、学校のほうがなんとかうまくいっているので親の会のほうのそれなりに活動をしています。知的の会では「生活支援を視野にいれた第3者による成年後見制度を地域と行政を巻き込み始動」LDのほうば「中・高校生のキャリア教育講座」。正直、大変です。でも、そうした活動のおかげでいろいろ見える視点や人脈があります。
(週2回は親の会でつぶれますので、仕事はフリーランスでないと無理です)
余裕がないと「親の会」は十分に活用するのは難しいです。
「先生は死力をつくして彼らの充実した学校生活を創る」
「親は死力を尽くして未来を拓く」
「専門家はそれらの橋渡し(横の連携)を各自の専門性を生かし、尊重しおこなう」
厳しい選択を迫られる彼らに対して、周りのものができることは可能な限り「寄り添い」「専門性を生かした応援」なのでしょうね。
皆ができることをきちんとできるようセッティングするのも今はまだ「親次第」なのもきついですが、がんばります。
【2009/03/25 22:13】
| 双子の母 #- |
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> 大変さゆえ、先人の引いたレールやはやりのものに飛びつく親の気持ち。
とてもよくわかるのです。時には異なる選択をする人を「批判」することにもなりがちですし、同じ選択肢をした人たちでの集団を作りがちです。
参考になることはあっても、方程式も、公式も、前例も何もない我が子の育ちに関わる判断・・
どんな判断にも、光の部分と影の部分が伴います。
決断したらそれで終わりということでもなく、そこがスタートで、またそれぞれの分岐点での判断が必要です。
まさに選択ではなく、創造のスタンスが必要とされるのではないかと思います。
成年後見制度について触れておられましたが、日本の具体的な枠組みはまだまだこれからといった所ではないでしょうか?
私は、身上看護協会というNPO法人の理事をしており、任意後見としての家族サポートについて現在研修をしているところです。
厳しい現実だからこそ、希望をもって前に進むエネルギーも必要だと思います。
私は、一部ではあるけれど、お子さんの育ちを共有し、家族の支援者の一人として共に歩むスタイルで、自分の持ち味を生かしていきたいと考えています。
いつもながら深いご示唆のあるコメント、ありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。
【2009/03/26 08:14】
| SHINOBU #- |
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