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真剣に向き合うからこそ対立する場面 そしてこみ上げる涙と熱い思い

 2009-02-26
先日、私の本年度の、保・幼・小・中、各学校・園への特別支援教育巡回相談が終了いたしました。

その時にお伺いした保育園は、前回は11月に伺い、今回が二度目の訪問になります。


10名近い子どもの相談を伺いました。

私は、相談員としてはまだまだ駆け出しですし、自分勝手なことをやっている不良相談員だと思っています。

教育委員会の嘱託職員という立場ですから、ある程度は指導的な役割を期待されているのですが、私はとにかく 「子どもの最善の利益」 を最優先にする相談を行いたい。 全力でその形を示して、それで成果を上げなければ、もっと適任の方に道を譲ればよいと考えています。

近々、クビになっちゃうかも知れませんね(笑)


年に数回の指導で子どもの利益につながるつながる相談とは?

私のたどりついた結論は、短所矯正型の相談ではなく、長所活用型の相談。

つまり、相談をお伺いする中で、それぞれの先生方の持ち味や考え方を、子どもの育ちにどう生かしていくか。 その内容を先生方自身が整理したり、確認したりして、自分の目指す方向をみつめ、やる気と元気を与えること。

それが子どもの利益につながることだし、私の仕事であると、割り切りました。


昨日は、3クラスの相談を承りました。

11月から、子どもたちがどう変化しているか、楽しみでもあり、不安でもありました。


園長先生の方から、9名の子どもたちについて、「前回私がお伝えしたこと」 「それを受けて先生方が工夫されたこと」 「子どもの変容や課題」 を個別に整理した資料をいただきました。

午前中、小さいクラスから活動の様子を拝見させていただきましたが、正直、驚きの連続です。

もちろん、短所矯正の視点で、細かい課題を見つければいくつもあるのでしょうが、そんなみみっちい気分にはとてもなれません。 先生方の表情が、見違えるほど生き生きしており、子どもも自然な姿で活動を楽しんでいるように見えます。


3つのクラスの先生、それぞれにアプローチが違っていて、それも大変勉強になりました。

一番小さいクラスの先生は、家庭支援、保護者へのアプローチがとても得意なタイプの先生でした。 さすが日々保護者の方と上手にコミュニケートできているだけあって、相談を通して保護者支援のキモについて、実践レベルのかなり濃い内容を整理することができました。

わずか3ヶ月で、一人の子の衝動性、もう一人の子の表出言語に大きな改善が見られており、私は信じられないような気持ちで、先生方の実践を聞かせていただきました。


真ん中のクラスの先生は、若い先生でいたが、とても素直に私のアドバイスを取り入れてくださったようです。 対象となっていた2人の子どもと、コミュニケーションルートがしっかりとつながり、子どもは前回と別人のようになっていました。 もう一人の子には、何らかの専門的なアプローチの場があればよいなと思いましたので、お話を伺いながら、出来る出来ないでなく、今後保育士としてどこを目指して進んでいくか、その方向性をいっしょに考えていきました。 その表情から、何か一本つかんだな、という期待感をもつことができました。


一番大きいクラスの先生は、人間性・力量共にきっとこの地域で指導的な役割を果たしていらっしゃる先生とお見受けしました。

前回は、所用でお会いすることが出来ず、もう一人の若い先生に相談を伺っていました。

この若い先生は、新年度より正式採用となる新進気鋭の先生で、ベテランの先生の指導のもと、前回以上にメキメキと力を付けておられました。 子どもの変容にも驚きましたが、この先生の表情や指導の所作に磨きがかかっていたことにも、大変驚きました。


実は、このクラスには大変厳しい状況、厳しい課題を、前回の相談の時に伺っていました。

その後あることをきっかけに、そうした状況が大きく改善され、保育の内容に活気と方向感がみなぎるようになったということでした。

しかし、その先生の心には大きな痛みが残されていました。


現場の第一線で仕事をしていると、時としてこうした大きな痛みを伴う場面に出会ってしまいます。

そういう私自身も、何度か似たような場面に遭遇した経験があります。

適当に流せば、それほど痛みを伴うことがないと分かっていても、どうしてもそこだけは譲ることのできない 命のひだ みたいなところがあるわけです。


私にも、そういう部分はあります。

そこに目をつぶるようになったら、私はもう子どもの前に立ち、真実を語ることができないと思っています。

そこで誰かと対立してボロボロになったけど、多くのものを失ったけれども、それでも今日までそこを守り抜いてこれたから、私は胸を張って子どもの前に立てる、そういう部分があるわけです。

これは、何も先生だけでなく、ご家族の皆さんにも同じような場面があったのではないかと思います。


お子さんの育ちに大きな影響を与えるような重要な場面では、こうしたことが起こることは、ある意味、やむを得ないことであると、私は考えています。

なぜならば、真剣に向かい合わなければどうしようもないような問題そのものが、頑としてそこに横たわっているからです。

それは、まあまあといって、中間を取るようなことのできない、本当にシビアな場面に他ならないからです。


しかし、貫き通したように見えても、実はズタズタに痛んだ自分と、言いようのない深い思いを噛みしめる自分が、同時にそこにいるのです。

こうした命を削るような営みを必要とする場面に、心ある人は、何度も何度も立ち向かっているわけです。

これは、保護者も指導者も同じ事です。


来年新採用を迎える若い保育士さんの前で、私とこの先生との間で、その厳しい課題にかかわる保育観・教育観・指導内容の精査について、時間ギリギリまで全力の意見交換をすることができました。

本当に勉強になったし、臨床現場の第一線で活躍される先生の、命の機微に触れることができました。

私にも、その先生にも、目に熱いものが何度も何度もこみ上げてきました。


本年度の巡回相談の、最後の日の最後の相談。

この仕事を引き受けて、本当によかったと思っています。


命を削るご家族と指導者のもとで、育つ子ども

日本の教育の魂は、まだまだ死んでいない

私はそう感じることができたのでした。


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