認知特性を理解し それを生かす教育 (教育ジャーナリスト 品川裕香さんの講演から感じたこと・考えたこと)

 2009-01-19
1月17日に教育ジャーナリストの品川裕香さんの講演を拝聴しました。

大学の先生でもない現場の教師でもない、ジャーナリストという目から、特別支援教育がどう映り、どんなメッセージを発信されるのかとても関心がありましたが、その切り口は、小気味良いくらいに私の心にダイレクトに響いてくるような、そんな印象をもちました。

ジャーナリストであるがゆえに、ちゃんとした部分がしっかり見える、そんな風にも感じました。

見え方の違い、聞こえ方の違い、感じ方の違い、いわゆるディスレクシアに代表される認知特性の違いを理解した具体的な教育の実施を何度も強調され、世に強調していただいたことを感謝しながらも、教育ジャーナリストの指摘とはいえ、子どもの教育に直接関わっていない人からの指摘という点については、正直少し複雑な気持ちになりました。

学力が身につかないでいることに対する社会的な不利、そして子どもがもつ心のダメージについても、私自身の認識がかなり甘かったことにも気がつきました。

勉強できなくったっていいじゃないか・・

それは、例えば勉強が出来る誰かの論理ではあっても、勉強ができるようになりたいという子どもの感覚に添ったものではなかった・・

文字が見えなきゃ、定期だって買えない、

非行に走った子の多くが、点数が取れないことで、自分がだめな人間だと思いこんでしまう、

点数は出ても、面接で就職試験のすべてに落ちたアスペルガーの子の話、

諸外国に比べて、差異を排除しがちな日本の風土、

なるほどと思える事例もたくさん聞きました。


診断名で惑わされる子ども理解、配慮という名の排除、支援という名のラベリングなど、まさに今現場で感じていることを、シャープな視点でえぐるところは、さすがはジャーナリストと言った所でしょうか?

何かのものさしだけで学力をとらえるということではなくて、その子の学びたいという基本的な気持ち、そして、できた・わかるという喜びと達成感をもたせたい、そんな気持ちを強くもちました。


講演を聴いた後、少しぼんやりしながら歩いていると、空いたはずの自動扉がクローズになっていて、恥ずかしながらガラスの扉に思い切り体をぶつけた私・・

すごい音がして、一斉に何人かの方が私の方へ視線を・・

何と恥ずかしいことでしょう


と、そこへ講演を聴きに来られた初対面のお母さんが、

   SHINOBU先生ですよね、ブログ読んでます、実は私の子どものことなんですが−

と、話かけて来てくださいました。

うわあ、ブログってすごい力だなって、正直驚いた私・・  と同時に痛いやら、恥ずかしいやら・・

そのお母さんとは、簡単にお子さんのご様子を伺って、後ほど相談を承ることになりました。


人と比べなくてもいい、でも学力はつけてやらなきゃ

そして、自分のことが少しでも好きになれるように、

誰かのために、何かができる、そんな子に育ててやらなきゃ・・


講演会には、元同僚だった先生とも何人か会いました。

私には、私にしかできないことがあるかもしれない

泥臭くても、愚直でもいいから、自分らしさを生かして、信じるこの道をまっすぐ進んで行こう

それが、私が子どもたちに示す一つの姿勢


いろいろな思いが胸中に交錯した講演会の帰り道、なのでした・・

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コメント
夕方、息子に『なぜ勉強しないといけないの〜』と泣きながら訴えられました。一ヶ月に、2〜3回は爆発します。

そのたびに、私は最低でも『読み書き・計算』は出来ないと大人になれないと言い聞かせてきました。
私も、息子の学びたいと言う気持ちや、できた・わかると言う気持ちを引き出してあげてなかったと反省しています。


本当に、難しいですね。
私の中に、焦り(;^_^Aがあるからなんでしょうか
『勉強出来なくていいじゃない』と思えたらどんなに楽だろうなぁ〜。

生きて行く上で、『ひらがな・カタカナ・足し算・引き算・かけ算・割り算』は、必要だと思うのになぁ〜。
漢字は、書けなくても読めたらいいと思えるようになりました。

まだ、小一でスタートしたばかりです。ブルーになってても仕方ありません。
先生の言う通り、『自分の事が好きになり』『誰かの為に何かが出来たり・役立つ事が』出来たらステキだなぁ〜と思いました。

私もあきらめずに、これから先長い道のりを、ゆっくり子供のペースで歩んで行けたらと思っています。
【2009/01/19 21:44】 | ハイビスカス[e:397] #- | [edit]
ハイビスカスさんへ

貴重なコメント、ありがとうございました。

程度の差はあれ、多くの保護者の方は同じような思いを抱きながら、日々お子さんに向き合っておられるのだと思います。

時には厳しすぎたと後悔し、時には何も出来なかったと自分を責め、日々がそうしたことの繰り返し・・

勉強をして遠くに希望の光が見えたように感じても、現実の厳しい場面に直面したときは、そんなこと、ふっとんじゃいますよね。

私は、何人ものそうしたご家族と向き合ってきましたが、日々の厳しい現実での中で、倒れそうになりながらも背筋を伸ばして、表情を整える姿を、何よりも尊いことだと感じています。

今は、その感覚が、私を突き動かす原動力となっています。

私の究極の指導目標は、「肯定的な自己理解」

つまり、自分の苦手なことも含めて、自分の良いところを感じ、自分自身が好きになる感覚です。

このためには、何らかの形で、自分のイケテル感を育成していく必要があります。

その物さしは、誰かと比べるものではなく、その子自身の心のものさしである必要があります。

学力も、きっとその延長線にあるものだと思います。

ここらの価値の出し入れは、本当に微妙で、むずかしいことです。それが現実生活で生きる、ということではないでしょうか?

後悔をしながらも、ずっと前を向いているお母さんであってほしいと願っています。
【2009/01/20 07:43】 | SHINOBU #- | [edit]
この講演の内容を読み、いくつか感じる事がありました。私の次男は、小1です。昨日、一緒にお風呂に入り 子供が「僕、二年生になれる」と聞いてきました。私は、「なれるよ。授業している時は、友達の邪魔したり遊んだりしたらだめだよ。勉強出来なくても、六年生までには、自分の出来る範囲は、頑張ろう。頑張ったら、中学もいけれるよ」と。この4月から長男が、中学になります。今は、とりあえず 勉強は2の次で、生活面を安定していき それが出来るようになったら、勉強も出来ると思ってます。いくら勉強が、出来ても、人間性が出来てなかったらと思います。長男が、今 このような状態で 「ある程度、勉強は必要かもしれない..けど 社会に出て 人に頼まれた時 相手に対して気持ち良く出来る人間にならないといけないよ」と教えてます。
【2009/01/20 09:20】 | まーちゃん #- | [edit]
まーちゃんへ

狭い意味の学力だけにとらわれて、大切な人間性が育たなければ何にもなりませんね。

だからといって、勉強しなくてもいいということには、絶対にならない。

本当の学力とは、そういうものでは無いはず。

学ぶ喜び、向上の喜びを育てる教育でありたい。

私は、そのように願っているのです。
【2009/01/20 09:27】 | SHINOBU #- | [edit]
品川裕香さんの講演 ものすごいスピードでたくさんの情報が怒濤のように吹き出してくるような・・・圧倒される感じの印象があります。「私に協力できることがあったら、いつでも声をかけてね!」とお名刺を頂いたときのことが思い出されます。

まこちゃんが小学生の頃の学級では「勉強は よい子にしている子がするんだよ〜。悪い子には 宿題あげないよ〜」って そんな風にしていました。
「勉強したい? したくない? 今したくないなら しなくてもいいよ」
すると子供は 必死になって
「勉強したい! プリントほしい〜〜〜☆」
先生が「勉強 むりにしなくていいよ〜。やりたくない時は 頭に入らないでしょ〜」
「いやだ== いま勉強したい。 いま できるようになりたい!」

宿題も「やってきた〜〜♪」
先生「おお〜〜 すごいね〜〜たくさん がんばったんだ〜〜♪」
子供は満面の笑顔です。

勉強の仕方も 声のかけ方で ずいぶんと違うものではありませんか?
一方向から見ていれば 考え方も偏ってしまいます。

しなくていいと 親が思えば それまでのこと・・・。
障害のある子供、支援の必要な子供の将来って=親の考え方ひとつでかわります。
学習する環境や場に関しても 子供の気持ちで選ぶ〜というよりは 小さい頃は「親の気持ち」で選択されているのが実情だと思います。
子供の一生の中で「親が選んで行動させる」ことって とても多いし 大きいものだと思います。

我が家は 息子も 私も どちらかのコンディションが悪いときは 勉強をお休みします。
なので、風邪を引いている私の横で「今日は お勉強はお休みで〜す♪ お母さんはシックなので〜〜す♪」
「はいはい・・・お休みしてください。ママもお休みしま〜す」そんな感じですごしています。

「勉強 やりたくないなら やめっちまえ===☆」てえ〜〜い!みたいな・・・←中学になるとこんな感じ?(笑)です。

普通発達の子も 支援の必要な子も・・・将来を考えて 親が一生懸命に学ばせたいと思う気持ちはいっしょです。

親子で つまってしまったら・・・たまには息抜きをして ガスを抜いて・・・カウンセリングにいったり、遊びに行ったり・・・自分たちを追い込まないでガス抜きができる方法をみつけておくことは とっても大切ですよ・・・。
【2009/01/20 12:59】 | マドンナ #NetAmKeg | [edit]
マドンナさんへ

さすが上手にバランスとってますね〜

余裕とか、見通しがあればこそ、柔軟な対応もできるというものです。

手応え → 余裕 → 工夫 → 手応え

みたいなサイクルができると、幸せですね。

私、先週の月曜日、仕事したい気分をわざと押さえて、午前中オフにしました。(しばらく、土・日も休んでないし・・)

結局、2時間半位、自律訓練みたいに家で緊張モードをオフにしましたが、今週は明らかにその効果が出ている気がします。 その方が、効率的ですね。

コントロール出来ていないときは、そういうことすら出来なかった。

子どもだって、私のオーラや温度は感じるでしょ、

来週もこうしてみます。

ガスの抜き方、ちょっと見つけたかも?
【2009/01/20 17:53】 | SHINOBU #- | [edit]
SHINOBU先生 最初から上手にバランスがとれる人はいないので=当然、私は しょっちゅう爆発していたわけなんです(爆)

学校でもいろんなことの連続でしたので、区の教育センターのカウンセリング(無料)は親子でうけていました。相性の良い先生で恵まれていましたし、月に1回ですが・・療育で学習の方法を教えて頂いていたことは大きな力になりました。

ストレスを軽くすることって とっても簡単そうに見えるんですけれど、子供に勉強を教えるよりも 難しいな〜って 感じています。

SHINOBU先生も 時々リフレッシュして 子供たちと楽しくすごせますように♪
【2009/01/21 11:47】 | マドンナ #NetAmKeg | [edit]
マドンナさんへ

私も小学校の教務主任時代、学校であった課題のすべてを自分自身の課題のように背負い込んでしまい、クスリも飲んだし、何人のドクターやセラピストのお世話になったかしれません。

その時の束のような診察券は、今では大切な戒めとなっています。

強烈なギックリ腰になり、何日も這うように車に乗って学校に行ったこと・・

忘れもいませんが、そうじ時間中に目の中で花火がはじけ、網膜剥離で入院し、手術を受けたのも同じ時期です。

私を育ててくれた校長が、「あなたは管理職になって、教育界に大きなうねりを起こすことが、与えられた使命よ」 という言葉だけが、何度も頭の中でぐるぐる回っていましたが、結局、私は管理職にもなれず、あれだけ誇りをもっていた教師という仕事さえ辞める展開となってしまいました。


昨日は、ある中学校に巡回相談に行って、そこの先生方と、数名の生徒の学びや育ちについて1日真剣に向き合いました。

この仕事は、やりがいがありますし、自分の専門性が生かされている、と手応えや充実感を感じています。


私ね、NYに行きたいんですよ。

前行ったとき、台風の影響で飛行機が1日飛ばす、ヤンキースタジアム・ブロードウエイのチケットが1日分、パーになっちゃんたんですよ。 おまけに予定が狂って、メトロポリタン美術館の入り口まで行きながら、結局中に入れなかった・・

今度いつ行けるかわかりませんが・・


今は、指導がうまく行く時間が、最高のストレス解消です。

そのためには、心のマネージメントが大切です。

私、自律訓練も含め、それ下手くそです。

だからこそ、その大切さは身にしみています。

メタ認知できる自分でありたいと思います。

マドンナさんからのこうしたコメント、正直うれしいです。
【2009/01/22 08:30】 | SHINOBU #- | [edit]












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