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子どものために 指導者と信頼感をつむぐ作業

 2009-01-04
皆様、明けましておめでとうございます。 お正月は、いかがお過ごしになられたでしょうか? 今年もどうぞよろしくお願いします。


私は、何年か前に、お正月を温泉宿で、過ごしたことがあります。

その時に、ちょっとしたことなのですが、旅館の方の態度に、とても嫌な思いをしたことがあります。

それまでは、真心のこもったサービスに家族全員が感動し、普段の生活を切り詰めてでも、来年も是非、ここに来ようと思っていました。

それだけに、高い料金を払ったということだけでないのです。 普段ならやり過ごすことができても、こうした期待感が心にあると、心情的にどうしても引っかかってしまいます。 人間の心とは、そういうものです。


これは、教育の場においても言えることだと思います。

多くの事を期待していないのであれば、やり過ごすことができても、熱心であればあるほど、子どもの育ちや学びに真剣に向き合っていればいるほど、わずかなことでも見逃すことはできなくなってしまいます。

旅館なら 「もう行かない」 で済みますが、子どものことを考えると、指導者と家庭とが対立的になるのは、決して望ましいことではありません。


そこには、真剣に向かいながらも、相互が主体者として連携し合う、いわゆるパートナーシップの形成が、私は不可欠であると考えています。

どちらかが主で、どちらかがそれに従う、という関係で丸投げ出来る場合は、それでいいのかも知れませんが、実際は、相互の役割を明確にして連携し合うレベルでないと、前へ進まないことがほとんどです。

ならば、相手の立場も理解した上で、子どもの育ちと幸せを中心に据えて、学校・園ではこういったことに重点を置いて取り組んで欲しい、家庭では、こういうことに力を入れて協力・連携していきたい、という内容のすり合わせが必要となってきます。

この作業は、想像を絶する、とても力のいる大変な作業です。 

しかし、その先に手応えや見通しをもつことが出来るのなら、それが子どもの幸せにつながると信じることができるのならば、それは取り組むべき価値のある作業なのだと思います。

このブログにコメントをくださる方は、その作業を実際に行われてきた方ばかりです。


私の敬愛する先生は、このブログの12/19の21件のコメントを熱心に目を通し、自分の教育実践の糧とされていました。 教員と立場からすると、耳の痛い話もあったであろうに、本当に頭の下がる思いです。

通常学級の担任をされ、教務主任の激務をこなし、なおかつ2名の子どもの学びや育ちに真剣に向き合い、多くの優れた実践の足跡を残す・・

先生という仕事は、想像以上に激務なのです。 

このスーパー先生にも、できる苦労と、できない苦労があるのです。

そのできない苦労の最大のものは、ご家庭の信頼感のない教育の営みです。 そうでないと、命を削ってまで取り組もうとは思えなくなるのが、人情です。

逆に言えば、それさえあれば、結構無理もできたり、根性入れた取り組みもできるものです。


これ、関係性の問題ですから、どっちがどうと言うことでなくて、その関係自体が大切なわけです。

これは、迎合でも、へつらいでもありません。 そういうレベルの話で対応できる内容ではないのです。


私の知ってる保護者の方は、ここ何ヶ月か学校と真剣に向き合い、通常学級・特別支援学級の先生と何度か話し合いをされ、この頃何だか、顔つきが変わってきました。

学校の先生への見方も、以前より、ぐっと奥の深いものに変わってきました。

うまく表現できませんが、お母さんの表情に、透明感というか、美しさが光るように感じられました。

少なくとも、よい意味で、以前のお母さんでは、なくなってきていると思いました。


目指すことは、半端な内容ではないわけです。

だからこそ、そこに多くの苦難が相互に伴っているのです。

子どもの幸せと成長のため、そこでしか、相互の信頼の糸はつむげない・・

あせらず、あわてず、あきらめず、ていねいに、根性入れて、真剣に、笑顔を忘れず、

歩んでいくしか道はない

希望の光がそこにあると信じるからこそ、いばらの道も歩んでいける。


こういうことではないでしょうか?

さあ、これからまた、新しい道程へのスタートです。



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