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甘くなかった 学校・園への具体的要望 (こんなことで 負けちゃいられない!)

 2008-12-19
月曜日に友里ママの代理人として、意気揚々として学校側との交渉を終えたSHINOBU先生 (その様子は、12月16日の記事 をご覧下さい)


しかしその後、 「やっぱり甘くなかったな・・」 と、がっくり肩を落とすような展開となってしまいました。

どういう事が起こったかと言うと、学校というのは組織であって、いちいち全部の人にわかってもらうというのは、至難の業となってしまう、ということです。

もっと言えば、いくら心を込めてお願いし、そのことについて管理職が理解を示してくれたとしても、その温度は、実際の担当者には伝わらない、ということです。

友里ママ、担当の方との直接の話し合いで、どっと疲れた表情で帰ってきました・・

管理職との話し合いは、何だったのでしょう?

まさに総論OK、各論アウトの構造です。

この辺、マドンナさんが以前、よく伝えてくださっていました。


これはしわい問題ですね。

筋を通すには、まず管理職の理解が不可欠です。

しかし、学校という組織では、スタッフ全員が管理職と一枚岩ではないのです。
(管理する側とされる側、  ひどいときには組合と行政、みたいに対立していることもあります)


うちの保育園は認可保育園ではありますが、私立保育園ですので、こういうことは起こりにくいです。

とくに園長(私の奥さんです)は、保育士の時からのたたき上げですので、こういうことについては、何があっても、一歩たりとも譲らないと思います。 そこの覚悟は違います。

公立の場合は、校長といっても雇われの身分ですので、5年もすればいなくなっちゃいます。10年もすれば、職員全とっかえです。

何かやりくってしまえば、転勤したり、降格して、はいさようなら~です。


しかし、私立はそうは行きません。

どこにも逃げることも、隠れることもできません。

何かあれば、私財を含め、全財産投げ打って、経営者が責任をとります。

結果についても、園長が全責任を背負って、日々の保育にあたっています。

ここの覚悟は、申し訳ありませんが、比べものになりません。

ですから、園長の命令には絶対服従です。 そうでない職員の来年度の席はありえません。

人事権も、予算権も、内容も、園長が全責任を背負って行いますから、思い切った改革も即座に実行することが可能です。


でも、公立では、いくらすばらしい企画があっても、それが実行可能な範囲は、相当制限されています。 いくらすばらしい人材がいても、それが個人プレーとみなされれば、組織からははじかれてしまます。 管理側の言うことを聞いているうちは可愛がられますが、そうでないと見なされると、一気に冷たい待遇です。

良くも悪くも、これが、行政組織のメカニズムです。


ここの狭間に保護者が入り込んでしまうと、まったく不幸な構図になっちゃいます。

子どものお願いに、管理職と職員の関係性の問題がからんでくると、いっそう何のことかわからなくなります。

ものすごいエネルギーを使ってやっとここまで来たのに、どっと疲れが出ちゃいます。

どうしたもんでしょうかね~

友里ママと、また作戦練り直さなければなりませんね。

それならそれで、考えていかなくては・・

やっぱり人任せでは、うまくいかない。 すべて、こっちで考えて提案するくらいでないと、具体的な、実効的な改善には結びつきませんね。

いい勉強させていただきました。


こういう例は、全国で山ほどあるでしょう。

わかってもらえない事例、がっくり来た事例、涙がこぼれた事例、くやしかった事例、ご苦労された事例、死にたくなってしまった事例、山ほどあるでしょう。 

ぜひお聞かせ下さい!


子どものために、鬼母になったり、分からず屋のレッテル貼られたりしても、あえて弁解もせず、耐えて、忍んで、それと引き替えに、子どものコマを一歩を前に進められた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

そんなことさえ、誰にも理解されず苦しんで来た方もいらっしゃるのではありませんか?


何も出来ないかも知れないけど、私、そのことを理解することだけはできます。

そういうことが、私に与えられた一つの役割だと思っています。

絶対、負けてなんかいられませんよ。 何と言われようと、引き下がってなんかいられないじゃありませんか。 それもこれも、すべては子どものため、  そのためだったら、どんなことにも耐えてみせる・・  それが母たる証であったはずです。 

ぜひ、これからも、子どものために、一緒に歩んでいきましょう。

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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2008/12/19 11:15】 | # | [edit]
こんばんは。
なつかしい思いと切ない思いでこのお話拝見しています。
ああ、今もそうなんだなあと。

我が家も本当に学校との連携ではいろいろありました。
総論OK各論苦戦はいまでもそうです。

各論部分での失望は「担任王国」である小学校のほうがあったかもしれません。中学はいままでの積み重ねのせいか、子供の自己理解が進んだせいか?教科担任のためか?部活の成功のためか(居場所確保)?
「小さな成功」と「小さな失敗」の連続で思ったよりも親の心理も子供の心理も苦しくはないようです。

小学校のときに私がめざしたことは
「関係者全員で問題を共有すること」でした。
時間はかかりましたが、校長、教頭、SC、子供を支援してくれている外部専門家、コーディネーター(複数)、親、双子の担任、クラスで同時に支援を受けている支援児童保護者で時には総勢10名で話をする体制です。
担任は当初嫌がりましたが、その実際をしるにつれ、理解を示してくれるようにはなりました。

2度ほど全員で話す機会をもてましたし、担任と管理職の同席は日常化できるようになりました。

ただ、それで思ったような支援、指導が実現できたかというとこれは別物で、遠方越境で一からはじめた中学での生活ほうが親の思い 、子供のおもいをききとろうとする先生たちの姿勢はよいような気もします。

そうそう、中学は担任との話だけのことも多いですが、越境のための難しい話し合いや入学後の大変な時期、弟の移籍の際の話し合いはいつも複数回の上、できるだけ関係しそうな先生同席でしてくれていました。親もいろいろな先生と知り合え、言葉を交わせる関係になれたことも、今の安心感につながっています。

時間、手間はかかりますが
「問題共有」のための関係者一同が関われる場所。
それが今の学校の理解につながったと思っています。
【2008/12/20 00:29】 | 双子の母 #PNOQ3fDM | [edit]
以前 投稿したものです。

そうなんですよね~。
ガッコ(公立)って管理職の理解はないわ、担任の理解はないとなると
最悪の展開ですよね。

特別支援が必要な子供は今までどうしてたの?
放置か親のせいにされていたことでしょう。

わたくし、悪いのですが
公務員を志すような方は、所詮 真面目にやろうという気がない人が
多いんじゃないかという気がしますね。
私自身が(出身県が教職員組合が強かった県だったせいか)
いい担任に巡り合ったことがないのです。
わけのわからない同和教育 平和教育、広島県ほどではないけど
国家国旗掲揚の時もいろいろありました。
 

向山先生の本なんか見てると
この人って「本当に教育が好きなんだな」と思って
感動します。こんな人に教えてほしかったですね。
いい先生に巡り合えないって 特別支援に限らず不幸です。

私の子供の今の担任は自閉症をこよなく愛している人なのと
うちの子供がちょっと工夫すると理解できる人なので
うまくいってます。
でもこの先どうなるのかな~。
【2008/12/20 08:44】 | #- | [edit]
学校と言う組織の持つ問題点が、「ちょこっと配慮を・・・」という子どもには大きく反映されてしまうという事なのだと思います。

他の職種に比べて、学校の何が問題かというと、経験のあるなしに関わらず、力量のあるなしに関わらず、「担任」のもつ重さが非常に大きいということだと思います。そしてまた教室と言う場所の閉鎖性もやはり他の職種にないものだと思うのです。

うちの娘の例でいいますと、小学校一年から3年までは非常にいい感じで進んできました。担任の先生との相性も母子ともによかったのもありますが、当時の校長先生は用がなくても始終各クラスをまわって歩く方でしたので、担任とはまた別の視点で子ども達の問題を捉え、経験の浅い先生方にアドバイスをしたり直接子ども達に働きかけたりしていたのも大きかったように思います。
話の長い先生でしたので、先生がたからは少々疎まれていた様子もありましたが、子ども達は慕っていました。

この校長先生が転任された後、やってきた校長先生は校長室から殆どでる事はない方でした。そうして、担任の先生が代わった4年時に問題が起こってきました。
4年になって、たった3ヶ月。ちょっとお馬鹿ちゃんだけど、人懐っこくて笑顔のかわいい努力家の娘が、たった3ヶ月で、誰とも口をきこうとしない、上目遣いに人を見る陰気な娘になっていました。

学習の躓きで自信を無くすのなら、家庭でフォローして授業がわかるようにしてあげればいいと、何度も担任に学校での進度を教えてくださいとお願いしましたが、「親が過保護だから子供がやらなくなる」
と思い込んでいる先生は、娘に対して「自分で考える事が大事だよ」
と言い続け、「わからない」を抱えた娘が授業中ずっと下を向いているままにさせました。

そして、班活動では「全員が終わらないと遊んではいけない」というルールを徹底させ、手助けも禁止しました(後で、他のお子さんから聞きました)。
そのことで、3年までは「最後まで頑張る子」と、プラス面として捉えられていた娘の努力は、班の他の子達の「迷惑」になりました。

研究授業の準備などでとても忙しくしていた担任の先生は、言葉でちゃっちゃっと伝えてくる子どもの意見を取り入れる事が多く(つまり見ていないっていうことです)、娘だけでなくあまり物を言わない子達が悪者になる場面もあったそうです。
ですので、娘が嫌がらせをされるようになっても、嫌がらせをする方へは注意が行かず、娘の方に原因があると対応されました。他のお子さん達に「迷惑をかけている」のだから頑張れと、そういう対応でした。

何度お手紙しても、どんなに必死でお伝えしても、
先生は「お母さんすごいですね。頑張ってますね。大丈夫ですよ。学校でも見ますから。」とにこやかに言いながら、なぁんにも変りませんでした。
そして娘はだんだん追い詰められていき、
自分の事を「どうせ・・・」とか「生きていたくない。」
とかいうようになりました。

最初のうちは、私自身も、娘自信がうまく対処する力をつけることで何とかならないかと考えましたが、授業参観などを経て、これは娘の力でどうなる物ではないと思いました。
それで、言葉は悪いですが、担任の先生を少々脅しました。

先生方が一番怖い事、それは自分のクラスの子供が自殺したりすることでしょ。
ですので、
最近、娘が「生きていたくない」とまでいうようになりました。という書き出してお手紙しました。
先生のやり方を攻めると言うのではなく、一部のお友だちに意地悪されて、それが怖くて誰とも口をきかなくなっている事。やさしい子が誘ってくれても動けなくなっていること。本人の力ではもうどうにもならないこと。助けていただきたいこと。このクラスの子の中には、充分に娘を思いやる余力のある子がいるので働きかけて欲しい事。
自分は有能だと言う気持ちの強い先生でしたので、こういったお願いの仕方はききました。すぐにクラス全体に話し、そのときから何人かの女の子が休み時間など娘に声をかけてくれるようになり、娘の表情も少しずつ和らいできました。

この件では、先生にお手紙すると同時に、クラスメイトのお母さん方にもフォローをお願いしました。今、いろいろあっていじけてしまってるけど、よろしくと。
それだけでわかってくれるお母さん方がたくさんいて、家庭でもさり気無くお子さん達に働きかけてくれたのも大きかったと思っています。

こちらから何度もお手紙した、娘の特性とそれに合った指導法(といっても、わからないところやりきれないところはそのままにせず家に持たせてくれれば家で必ず追いつかせますと言うお願いです)を書いても、一向にやり方を変えなかったのに、最後には「どう指導していいかわかりませんので、検査を受けてみたらいかがでしょう?」と言われました。
非常に腹立たしい思いはしましたが、こういう先生は「親のいうこと」は聞かないけれど、「専門家のいうこと」は結構素直に効くだろうと考え、相談センターで検査を受け、その結果を(私がずっとお話してきた事と同じ傾向が数値でも示されました)専門家の方から伝えていただきました。
専門家が入ったことで、教頭先生や主任だった3年時の担任にも話が行き、3年時の担任からは、『○ちゃんが、こんなに変るなんて・・・」と、娘のもともとの性質のせいではない事を言っていただき、親としてはありがたかったです。
担任の先生は変りませんけど、他の先生方が気にかけてくださるようになっただけ、本人も少しは楽になったと思います。
相談センターには、こういった利用法もあるかと思います。


【2008/12/20 09:59】 | sei #- | [edit]
学校に言っても、はいはいと聞くだけで、何の進歩もない。私は、管理者に「とりあえず、差別しないでほしい。あの子は、自分なりに頑張ってるので そこを見てほしい」「何でもかんでもすぐ支援学級につなげないでほしい」と親の思いを言いました。その時に管理者は、「お母さんの願いは、10出来ませんが その中の1つか2つは、実行出来るようにしたい」と言われました。今だに何もしてくれませんが、とりあえず 私が休みの日に学校へ行き 我が子の手助けをして行こうかと。担任に言ってみると一緒に動いてくれます。まさしく、親の願いが。
【2008/12/20 13:39】 | まーちゃん #- | [edit]
はじめまして。
いつもブログ拝見させていただいいて、
先生と言われる方の中に 私の思いにしっくりと当てはまるお考えの方を探し当てて嬉しく思っていました。

いつもは読んでいただけなんですが、
今日は私の心にグッときてしまい、
何とも切なく自分の事を思い起こしてしまい 
さも私に向けてのエールようにさえ感じ 
孤独の中に分かってくれる人が現れたようなそんな感じで泣きそうな気分になりました。
そしてついついコメントさせていただきました。

うちの二男は精神発達遅滞(軽度知的障害)です。
現在の普通の流れの中からすると、特殊学級(今は別の呼び名ですね)の対象児です。
しかし私は この子はみんなの中でこそ育つ という変に自信ある確信がありましたので その想いを普通に声にして発信しました。
別に特別なことではないはずなのに、それは教育界においては特別なことだったようです。
それが自分にも思いもよらない運動のような形になりました。
就学前から校長先生、教育委員会には何度も足を運び、
入学後も校長、教頭、担任、教育委員会、市議員、挙句の果てには市長にまで会いにいきました。

何が何やら、無我夢中で過ごした数年でした。
自分でもすごい親だったと思います。
お陰様でわが校は特別支援教育の県のモデル校になっています。
一年の期限付きのモデルでしたが、3年目です。

しかし、私も今少し燃え尽きそうになていまして 
色々思うことはありながら
今の現状に任せている最近です。

あの頃の、意見を戦わせた校長先生も理解者だった教頭先生も
教育委員会の先生方も今は別の方になってしまって、
またその人達に一から説明するのにも疲れて… というのもあります。

このブログに書かれている
>良くも悪くも、これが、行政組織のメカニズムです。
>管理職と職員の関係性の問題がからんでくると

という裏事情が今までの経過の中からとってもよく見えました。
一個人では、太刀打ちできないな~とも思いました。

素晴らしい先生が、本当の教育を実践される先生が
出る杭 棒で叩かれる というごとく
より僻地に飛ばされるのも見ました。

なにかつい色々書いてしまいましたが、
これからもブログを楽しみしています。





【2008/12/20 14:05】 | にじいろ #- | [edit]
現在総論OK、各論NG真っ只中です。
数回の話し合いや連絡帳などを活用し、理解して頂いていると思っていただけにダメージは大きいものがあります。

知識があっても色眼鏡で見てしまう先生、机上の理論ばかり振りかざす先生、キャリアとプライドが邪魔をしてしまい自分のやり方が一番と誇示するタイプの先生、ホントにいろいろなタイプの先生がいらっしゃいます。
こんなタイプの違う先生方と毎年繰り返されるバトル(?)にホトホト疲れました。
ここ数日間はまさに空虚感に苛まれ・・・。何もしたくない状態です。(年に何回かはこんな感じになっちゃいます。)

ただ各論OK、総論NGというパターンも一年だけですが経験しました。
「現段階では自尊心を保たせること、他人との関わり方についてのスキルの向上が最優先」とお伝えしたところ「発達障害についてあまり詳しくはないですが、褒めること、励ますこと、認めることならお任せ下さい」とその時の担任は言ってくださり、まさに欲していることを実現させてくれました。

百マス計算も他人と比較するのではなく、個人的にタイムが縮まったといっては褒め、正答数が一つふえたといっては励まししてくれるので、どんどん明るくなり、楽しく学校へいけたように思います。上層部は相変わらず「移籍、移籍」と言ってましたが・・。

支援学校、支援級ではない、かといって通常級ではついて行けない、こんな子は一体どこへ行けというのか。

また三学期が始まると同時に学校との話し合いになります。負けたくはないですが、子供は可愛いですが、何年もの同じことの繰り返しに正直しんどさを感じます。

ただ、支援校の先生方が特別支援の啓蒙や理解に(先生方に対して)がんばってくれています。それが救いです。










【2008/12/20 15:59】 | ごまたろう #- | [edit]
追加です。

ブログ内の担当の方というのがどのような立場の方か判りかねるので、筋違いのことを書くかもしれませんが・・。

うちの場合ですが、管理職の先生方や養護教諭の先生などクラスを持たない先生方にお願いして時々様子を見て頂くようお願いしています。
この方々は理解がある方々なので特に気がついたことは即刻教えていただけますし、指導上の問題等があったような場合にも何度も助けていただきました。現在も助けられています。

もしも、その担当の方がしっくりこないのなら、このように周りに動いてもらう手もあるように思います。

私自身PTA活動や学校ボランティアなどには率先して参加していたことで、このような先生方や技能主事の方等の職員の方々と気軽にお話できる環境を知らず知らずのうちに作っていたことに最近気づきました。
ここの部分がなければ個別指導の場の創設など到底できるものではなかったかも知れません。

自分の子だけにに限定して「よい育ちをするために~を!」と訴えるのではなく、学校全体の育ちやよりよい学びのお手伝いをすることで、自分の子の置かれている立場、環境が見えてきて何をお願いすべきかも見えてきたように思います。
交渉や話し合い以外の時も学校へ足を向けることがあっても良いのではないでしょうか?
(決して恩を売るとかそういうことではありません。)

そんなところから開くドアもあるように思うのですが・・。
【2008/12/20 17:31】 | ごまたろう #- | [edit]
再び投稿いたします。

私はもともと、「学校では先生の指示に従う」という事を大事にしていました。
4年生ともなると、先生の事をとやかくいう子もいますけれど、
それは、娘の人生の先を見越したときに決して得ではないと思っていましたし、
乗り越えなければならない色々な課題も、私がサポートする事で彼女の成長の糧になると思っていましたから。

ですが、この先生との2年間(実はその後1年あけて6年のときにも当たています)ではずいぶんと考えかたを変えました。
私がこの先生の行動を肯定する事は、娘を追い詰める事になってしまうと気付いたからです。

筋肉何とかじゃぁないですけど、19段もの跳び箱を用意されて、
「さぁ、頑張れば跳べるから跳んでごらん!」と励まされたって、
足がすくんでしまうだけでしょう。
そこで走り出すとしたら、そのほうが問題ですよね。
4年時の担任の先生がされていた事は、まさにこうしたことでした。

他の子と別の課題を用意して欲しいんではない。
同じ課題を目的にするにしても、そのときその子にあった乗り越え方があるはず。
細かいくふうを学校で担任の先生がやるのは時間的に難しいということはわかっています(普通にやっている先生もたくさん知っていますが・・・)から、「出来ない」をそのままにしないで家庭に振ってくれ。
というそれだけのことが、どうしても伝わりませんでした。

1年から3年まで、私と娘と担任の先生方との関係は非常に良好でしたので、
「うまく伝えればわかってもらえるはず」という気持ちがあって、
「私がうまくやればいいのさ」と、どっかで妙な自信を持っていました。

でも、この先生にはなんとしても通じません。
書き込めないノート、最後までやらせてもらえない漢字や計算、埋まっていかない発表原稿、点の取れないテスト・・
そういうものを目の前にして、彼女がどんな思いでいるのか、わかっていただく事はできませんでした。

娘が潰れかけて、ようやく私は「先生を立てる」方針を転換しました。
「君は悪くない。先生はプロなんだから、わからせられない先生がうまくないんだなぁ・・。大丈夫。次のテストはママが何とかするから。ママは天才だから、ママとやればできるようになるからね!」
と、先生を心の中で切りました。
真面目で素直な娘が捉われてしまう「自分一人でやらなきゃ」から彼女を解放するために。

この先生を心の中で切るまでの数ヶ月間を、私は今も悔やんでいます。
私がええカッコしいの親でなければ、
物事を伝える自分の能力を過信していなければ、
娘をあそこまで変えてしまう事はなかったと・・。
当時娘は、それまで仲良くお喋りしていた音楽教室のお友だちとも、そのママたちとも一切口をきかなくなっていました。誰に声をかけられても頑なに下を向くだけ。
そこまでこないと、事態の深刻さに気付かなかった自分。
あの3ヶ月、娘に必要だったのはお説教だのアドバイスではなく、ただ「君は悪くない」と言い続けることだったのに、先生の側にたったアドバイスを偉そうに繰り返していた自分・・・。

担任の先生との関係で、事態を打開しようとするのを止めたとき、
私が助けを求め支えてもらったのは同級生のママ、パパ達です。
そして隣接の児童館の先生方。
1年の時から学童に通う娘を見てくれている先生方は、学校でしんどい想いをし、家庭で勉強しなければならない娘に、穏やかでまったりした時間を確保してくれました。

先生よりもよほど、子ども達の事を見ていてくれる方々です。
先生よりも長いスパンで子ども達の成長を見守ってくれる方々です。
教室の中で担任の先生の影響は強力ですけど、
家でのさり気無い会話から、子ども達の優しさや理解を引き出す事も
親御さんたちには出来るのです。
異年齢の集団の中で、小さな子達と追いかけっこをしながら
ホッとする時間や、自信を取り戻す時間を得る事ができるのです。
あの危機を乗り越えられたのは、こうした方々のおかげだったと、
今も思います。

その後、学校内で起きる事で、どうしても改善していただきたい事(最小限にしました)は、教育相談の心理士さんと相談して、「心理士さんがそう言っていた」という手で伝えるようにしました。
理想は求めない。正攻法でなくていい。ただ娘が娘の許容量を越えて傷つけられる事のないよう、守りの姿勢に入りました。

大元を改善したわけではない、その場しのぎの対応でしたけど、
今でも、私の顔を見るとにこやかに寄ってくるあの担任の先生をみると、
(校長先生は前述のような方ですし、地区の教育委員長は越境入学希望者(地域的な事情で半数以上が越境してくる学校でした)に対して、「発達障害者はくるな」的な発言を説明会でされる方でしたので、)
真正面から闘っても得るものはなかっただろうなと思います。



親の立場が辛いのは、自分の思うベストのこととは違っていても、子どもを守るためには選択しなければいけない事があるということだと思います。

記事を読みまして、一番辛かった時期を思い出してしまいまして、長々書き込んでしまいました。前向きなコメントではなくて申し訳ありません。








【2008/12/20 19:29】 | sei #- | [edit]
行政も学校も違えば、また子どもの置かれている環境も違えば、意見はそれぞれの置かれている所で全く違ってきますから、こんなことも あんなこともと参考になる物を ピックアップして自分の子どもに役立てる・・・
ということで、ネットってそんな感じじゃないのかな・・・?と思うこの頃です。
結論は でませんよね・・・・。

全体の体制のことは 体制のことで1本。
自分の子どものケースは それで1本。というように区切って話をしていかないと 「この人は自分の子どもにいいように体制まで変えようとしているんだ」と構えに入られるので、ちょっと面倒な感じに受け取られることもありました。(体験として・・・)

それもまた 行政も違えば、学校も違うで それぞれのケースは多様なんですね。参考にはできても、自分のケースと完全なマッチングは無いわけで・・。

いろいろなケースの話のなかから いろんな方法を考えてみられるのがネットの良いところかな・・・と思います。=まとまりませんが・・・(汗)
【2008/12/20 23:37】 | マドンナ #CFnWuolQ | [edit]
双子の母さんへ
大学院にいたときに、「困り感」の佐藤暁先生が、保護者を交えたケース会の必要性を強調されていました。
太郎君の就学の時に、私の要請でケース会を開いてもらいましたが、それは私の願っていた形ではなくて、単なる学校の情報収集のための引き継ぎ会に過ぎず、お母さんの参加もありませんでした。
確かに、保護者は一人、あとは学校、と言う構図ではなく、保護者側のサポーターや専門家、あるいは地域の方など第三者に入ってもらうのも、有効ですね。
小学校は、学級担任のみにずしりとかかるので、中学の方がチームが組みやすいという話は、納得しました。
それにしても力がいりますが、方向が見えているとずいぶん違います。
いつもながらの貴重なコメントありがとうございました。
【2008/12/21 04:14】 | SHINOBU #- | [edit]
「以前 投稿したもの」さんへ

私、小学校の教員だったのですが、すばらしい先生はたくさんいます。

でも、そういう先生は、指導主事や管理職になったりして、すぐにどっか行っちゃいます。

また、そのことを「目立つ個人プレー」と見なされたら、冷や飯食わされる場合もあります。学年団で、全部いっしょにしましょうね~ みたいなところもありますから・・

それでも、そういうところもうまく調整しながら、力があるのに偉くはならず、ひたすら子どものために貴重な臨床実践を積み重ねている方もいます。

心から尊敬している先輩の先生がそうでした。

私は小学校をやめて今の活動を始めました。

止めたことで一時は気が狂いそうになりましたが、今では毎日、この活動に本当にやりがいを感じています。 個人プレーでも、誰にも遠慮が入りませんから(笑) それに、がんばったら、がんばった分、ダイレクトに結果で返ってきます。 こりゃ燃えますよ。 

組織は、スーパー先生も、給料泥棒も、基本的にはそんなに待遇変わらないんですよ。 10のところ20も30も仕事したからといって、給料は2倍にはなりません。 また、それが3や4でも、減給にはならないでしょう。

待遇以外に、自分の夢があり、そのためのがんばれる人でないと、心がポキリと折れてしまいそうになります。

それでも公務員ですので、処遇は恵まれています。

だったらどうなるか?

そこが構造的な問題です。
【2008/12/21 04:36】 | SHINOBU #- | [edit]
seiさんへ

これは、また恐ろしい話ですね。

知らない・気がついていない・自分が正しいと信じこんでいる・見えていない・・

これが一番恐ろしく、小学校の学級担任制度の、まさにエアポケットになっています。

昔とはかなり変わっては来ましたが、小学校の場合は、チームで教える・組織で対応しるということではなく、個人商店の集まりみたいなところありますからね~

確かに、学校は、横の攻撃には弱いですよ。 (例え保護者に高圧的でも、地域の役員・民生委員・警察・議員・行政の上役・・みたいなルートを使うと、展開、急に変わることが多いです。 みんな教育畑しか歩いたことありませんから、ここ、専門外なんですよ)

子どもの心は、守らなくてはなりません。 見えていない・良かれと思っていることが一番怖い・・

そうであるのらなら、わかってもらうための手法が必要なのは当然です。

貴重なお取り組みを紹介いただき、ありがとうございました。
【2008/12/21 04:51】 | SHINOBU #- | [edit]
ま~ちゃんへ

太郎君の場合、担任に恵まれたのは幸いでしたが、正直、管理職には失望の連続でしたね・・

ずいぶん、ご苦労をされました。

来年にもよい先生に巡り会えばいいのですが・・
【2008/12/21 04:57】 | SHINOBU #- | [edit]
にじいろさんへ

今から20年位前、私は脳性マヒのお子さんを、通常学級の1年生の担任として指導した経験があります。

この子も、当然、強いご家族の願いを受けて小学校の通常クラスに入って来た形でした、が、私にとっては、笑い声のたえない、夢のように楽しい1年生のクラスでした。

毎日が感動と笑いの連続で、心を痛めたことなど一度もありませんでした。

ご家族の方に喜んでいただいた時には、特別な事は何もできていなかったし、ただ担任でいさせていただいていることが嬉しいだけだったので、逆に申し訳ないような気持ちでした。

状況は個々に違うので、一般論では申せませんが、こんなケースもあるのです。

モデル校にまでなりましたか~

でも、校長や職員が変わると、微妙に温度も変わるというのも、やりきれない時がありますよね・・
【2008/12/21 05:11】 | SHINOBU #- | [edit]
ごまたろうさんへ

>発達障害についてあまり詳しくはないですが、褒めること、励ますこと、認めることならお任せ下さい

これ、すてきなフレーズですね~

こういうふうに先生方が、シフトしてくだされば、ありがたいですよね。

教育のベイシックなとこがしっかりした先生の方が、にわか勉強の発達系の教員? よりも、何倍もいいですよね。

私も、そう思っています。

あと、担任外の職員のことですが、私、生徒指導や教務主任をしていたときには、職員室が仕事場になりますので、学級担任の時と違って、主事さんや、司書さんや、事務さんや、調理員さんや、いろいろな職種の方といっしょに仕事をします。

実は、こうした先生方のチームワークが、学校を支えているんです。

ここのチームワークが、学校の教育力にダイレクトに影響するのです。

で、ここが崩れる場合もあるんですよ~

今回は、そのケースのひとつかなって、私は見ています。(そうでないかもしれません。以後改善するための、単なるステップかも知れませんから・・)

担任は、教室の中しか見えませんが、こうした方々は、人として子どもを育む視点をもっています。

しかし、時々ここにモンスターが潜んでいるときもあります。

そうでないことが、ほとんどだとは思いますが・・
【2008/12/21 05:30】 | SHINOBU #- | [edit]
マドンナさんへ

私も同様に思います。

一般論で語ることはできません。

それに、途中で混線して、話が別の方に進んでいき、別の問題で、何のことかよくわかならくなることもしょっちゅうで、ポイントを整理して、1本ずつ選り分けるみたいな能力も重要ですよね。

今回の多くの方のコメントから、立体的に見えてきたことがいくつもあります。

それぞれが貴重な生の体験ですから、迫力も違いますが、実践ならではの重みも違います。

私は、またひとつ、皆さんからお力をいただき、育てていただいたような気持ちになっています。

そしてそのエネルギーを背中に感じながら、まっさらの自分で、子どもと向き合い、ご家族に寄り添った活動をしていこうと思っています。

本当の名前も知らない、一度も会ったこともない、ネットだけのお付き合い

そんなバーチャルな世界だからこそ、人の真実が浮かび上がることがあるのです。

私にとってこのブログは、私の魂、そのものだと思っています。
【2008/12/21 05:41】 | SHINOBU #- | [edit]
こんにちは。おひさしぶりです。
毎日ブログを拝見させていただいていました。
SHINOBU流指導に日々、魅せられています。

>やっぱり人任せでは、うまくいかない。 
>すべて、こっちで考えて提案するくらいでないと、
>具体的な、実効的な改善には結びつきませんね。

そうなんです。
でも保護者側から、きっちりとした指導内容の提案をするのは、
正直言えば保護者が出すぎのように、とられかねないので、
そこのところこそ、専門の第三者の方に入っていただけると、
保護者の方の心理的負担が減ると思います。

でも、多くの保護者の方は、
そこのところを、日々の信頼関係で連携するしかないので、
私もそうですが、みなさん学校役員、お手伝いなど、学校全体の支援へ、
日ごろから関わることで、信頼を積み重ねているのですよね。

>何も出来ないかも知れないけど、
>私、そのことを理解することだけはできます。
>そういうことが、私に与えられた一つの役割だと思っています。

先生、そのことを理解していただけるだけで、
きっとこのブログを読んでいるたくさんの保護者の方たちが、
嬉しくて、嬉しくて、

  よし!もう一度がんばろう!!

と…また立ち上がるための励ましとなっているはずです。

インクルージョンへの道程は、まだまだ遠く果てしないですが、
きっといつか、私達が立っているこの道の先に、
必ず素晴らしい未来が続いていると…そう信じてやみません。
【2008/12/22 14:19】 | 幸歩 #leF2ecbc | [edit]
幸歩さんと同じことをいいたかったのです。

学校と保護者との信頼関係がすごく大事と思うのです。いくら専門家の方に入っていただいたとしても、日常的に学校サイドと接していくのは保護者なのですから・・。

だから役員をやりましょうという事ではなく、学校にとっても初めての試みだったりすることを(本来はあたりまえの権利なのかもしれませんが・・)お願いしようとする時には、まず保護者と学校との信頼関係なくしては難しいのではないでしょうか?

実際、指導方法をお教えした時には「先生方に失礼にあたるのではないか?」と悩みました。
プロに素人が口出しをするのですから・・。
ですが、先方から逆に「初めてのケースですからぜひに」といわれたのも信頼関係あればこそと思えるのです・・。(気のせいかもしれませんが)

ここの部分を専門家がやって下さるなら問題ないでしょうけど・・。
多くの保護者は自分一人で進めて行かなければならないのです。

もっと、もっと特別支援に対する理解が進むまでは、孤軍奮闘の日々に向き合っていくことにしましょうか。

また勉強させて下さい。

(精神的に少し疲れています。辛口に感じたらごめんなさい。)




【2008/12/22 15:27】 | ごまたろう #- | [edit]
幸歩さんへ

わ~ 幸歩さん、お元気でしたか? コメントありがとうございます。
花子ちゃんのお母さんも、喜んでいることでしょう。
いつも、幸歩さんのこと、慕っておられましたから・・

>インクルージョンへの道程は、まだまだ遠く果てしないですが、
>きっといつか、私達が立っているこの道の先に、
>必ず素晴らしい未来が続いていると…そう信じてやみません

この活動を始めて、そのお母さん方の熱く切なる願いだけが、今日まで私を突き動かす源となっていました。

きっと、これからも変わらないと思います。

そこにあるのは 「一緒に歩こう」 という思いだけです。

また、時々お越しくださいね。 楽しみにしていますから。




【2008/12/22 18:40】 | SHINOBU #- | [edit]
ごまたろうさんへ

私は、うちの職員にも、巡回相談で学校・園におじゃましたときにも、講演会でも、必ず 「子どもの成長と幸せを中心にして、保護者と学校園が対等な関係で結ばれることが大事、それをパートナーシップと呼ぶのです」 と、何度も何度も訴えてきました。

ごまたろうさんの事例を使わせていただいたこともあります。

まさに、ごまたろうさんのケースは、そのモデルだと思います。

前例もなく、甘くもない厳しい状況の中、ごまたろうさんの取り組みは、後に続く方の希望の光となることでしょう。

一人じゃありません。 少なくとも私は応援団の一員ですから!

【2008/12/22 18:51】 | SHINOBU #- | [edit]












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