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おばあちゃんのくれた大切な宝物 (思いがけないところから子どもの可能性は拓ける)

 2008-11-20
昨日は、イチロー君の指導の日でした。 今回で3回目の指導になるので、だんだんと核心の部分に迫るアプローチが始まりました。

「広汎性の課題のあるお子さんは、視覚優位で聴覚性の指示が通りにくい」 という伝説? があります。

こんな事を一般論で語ること自体、どうかと思いますが、具体的な指導場面で、何の迷いもなく、そう思いこんでしまうことは、相当に危険なことだと思います。

特に目的が焦点化されていないデジカメ写真などは、意図が伝わらず、返って混乱をさせるばかりです。 また具体物ならわかりやすいけども、平面的な絵や形が認知できにくいお子さんだっています。

こうしたお子さんに対して、この子は広汎性の課題があるからといって、教室では視覚支援・絵カードの類が氾濫し、不適応行動を起こしているお子さんの後を、デジカメ写真を持って追いかけている支援員さんの姿は、見るにたえないものがあります。

私が指導しているお子さんのほとんどは、いっぺんに一枚の写真などで情報を与える(同時処理)より、継次的に、一つずつ小さなステップで提示する方が、入りやすいお子さんです。


この日私は、物語文の教材を使って、言語面のイチロー君の短期記憶(ショートターンメモリー)に注目して指導を行いました。 (英語でいうリッスン&リピートです)

「くじらがのせてくれたから、ついでになんきょくによってからいくよ」 なんていう文を一気に伝えても、何の抵抗もなくスラスラとリピートできます。 

それでいながら、「田」という文字の書き順や、「大」という文字の形の認知には、かなりの抵抗感があります。 どう考えても、視覚優位という言葉はなじまないいのですが・・


私の指導が修了した後、お父さん・お母さん・おばあちゃん・それにお姉ちゃんまでが集まって、イチロー君の算数についての、教材研究というか、ケース会みたいのものが、ご自宅の居間で自然発生的に始まってしまいました。

繰り上がりの計算プリントを囲んで、みんなでこれが良いのでは、あれはどう? など、、算数セットの補助教材を持ち出して、家族+私の正味の話し合いが始まりました。

その話し合いの中で、このイチロー君のすばらしい言語入力の背景には、おばあちゃんが長年にわたって、のべ何百冊というお話の読み聞かせがあったことを知りました。

もちろんイチロー君の生まれもった才能でもあったことでしょう。 でも、そこを手がかりに、ここまでのすばらしい力にまで育てあげたのは、おばあちゃんの愛情とその営みのたまものです。


国語力が、すべての学習の基本という見方があります。

こうした見方からも、こ言語入力の優位性は、大きな戦力になります。

イチロー君は、「田」も書き順や、「木」の形の認知に不正確な部分がありました。

「大」や「木」という文字を書かせたら、カタカナの「オ」のような文字を書きました。 これ、花子ちゃんとそっくりなので、このことにも驚きました。

そこで花子ちゃんの時と同じように、「横・たて・ななめ・ななめ」 と言語系のプロンプト(支援)を添えると、とても上手に「大」や「木」が書けるようになりました。 すかさず、大きな花丸をつけると、イチロー君は、にっこり、すばらしい笑顔を見せてくれました。

おばあちゃんは、「SHINOBU先生が来るようになってから、勉強を途中で投げ出すことがなくなり、生き生きと自信をもって取り組むようになってきました・・」 と言ってくださいました。

いえ、いえ、これはおばあちゃんが長年読み聞かせをして、イチロー君の力を育ててきたからです、それがなかったら、とてもこんなふうにはできません・・  私は、おばあちゃんの作った商品の集金をしただけです。

そういえば、花子ちゃんのお母さんも、花子ちゃんにずっと読み聞かせをしていたと言っていました。


この得意技=長所=行動レパートリーを使えば、いろいろな学習展開が可能になります。 つまり、そこには、無限の可能性があるわけです。 スピードも、方法も、それはイチロー流ではあるかも知れませんが、どうしてそれがいけないのでしょう。

その子なりのスピードやスタイルでいいじゃあありませんか? 多くの人と同じようなパターンであるかどうかということは、本当はそれほど意味のあること・価値のあることではないはずなのに、一方的な尺度、一方的にある方法が苦手ということで、子どもの大切なやる気や自信を失わせるようなことになっていいはずがありません。

私は、イチロー君の作ったカブトガニの手作り模型の精巧さを知っています。 天才です。

これだけ精緻に立体模型を作るイチロー君が、どうして「大」という文字を書くのが苦手なのか?、私に説明する能力はありません。

しかし、この子にも無限の可能性があり、大きな夢を実現する可能性をもっていることを、心の底から信じています。

だからこそ、教材を作るのも、指導に来るのも楽しみなのです。 成長と幸せを共有する、そのことが私の生き甲斐になっているのです。


きっと、おばあちゃんは、そんなことをねらって毎日読み聞かせをしたのではないでしょう。 お孫さんの幸せを願っていた、ただそれだけのこと・・・

育てること、教えることとは、本来そういうことなんだと,、私は、おばあちゃんから教えていただいたように思っています。

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