ゆっくりでもあきらめないで・・ 徐々にではあるが、無限の可能性がそこにある
2008-11-04
昨日は、かれんママのお勧めということで、岡山県臨床心理士会主催公開講座に参加し、日本で初めてダウン症者で4年生大学を卒業し、「ダウン症世界世界会議症」 を受賞された岩本綾さんと、そのお父さんで、元高校の国語教師、現在は鹿児島子ども研究センターの所長をされている岩本明雄さんの講演会に参加しました。心の中でいくつかの部分がクリーンヒットしたのですが、今日はそのうちのいくつかを紹介したいと思います。
お父さんの話の中で心に残ったフレーズは、
「国語科で、文科省の決める学年別配当漢字などは、ゆっくり発達していく子どもにとっては、逆に学びの大きな妨げになる」
「ゆっくりだけど、子どもの無限の可能性を信じられるかどうか、ということが教育者としの才覚」
「幸せの形はそれぞれで、それがだんだん膨らんでいくもの・・」
という、ものでした。
綾さんの講演で心に残ったのは、
「障害をある子を産まれないようにする動きではなく、同じ命をもつものとして、共に輝き、生きていくことが大切」
ということと、特に英語で話されている時、何て感情表現が豊かなんだろう、と言う印象でした。
多少発達のスピードが遅くても、そこにある無限の可能性を信じることが出来れば、何のコンプレックスも劣等感をもつ必要はありません。
自分らしさを生かして、自分の長所を活用し、目標に向かって進んでいくだけです。 私は実際に、学年別配当漢字を、その子の特性に応じて、勝手に組み替えています。
例えば英会話をマスターしたいとなると、よく使う重要単語から覚えるでしょ、日常会話の中、あるいは文脈の中から、必要な単語を学び取っていくでしょう。その身につけた単語を、少しずつ膨らませていくでしょ。
そういうことが大事なのであって、何も2年生だから200字マスターできなければダメ、ということではないと、私も思っています。 ましてや、それで子どもの心が痛んで、漢字に対する興味や関心を失ってしまっては、取り返しの付かない大きなつまずきを与えてしまうことになります。
漢字っておもしろい~ とか、便利だね~と、仮に子どもが感じるような瞬間があれば、ほっといてもその子は漢字を身につけて行くようになるとは、思いませんか? 岩本明雄さんのおっしゃる通りです。
綾さんは、きっと英語にそれを感じたのだと思います。 私は、今小学2年生の花子ちゃんに、本格的に英語を教えようかと、本気で考えちゃいました。
苦手なことならともかく、得意なこと、好きなことを長く続けられれば、きっとものになりますよ。
そのものさしは、他人と比べることではなくて、自分自身の生き甲斐とか、肯定感とか、自己イメージに根ざしたところに存在しています。 それが、幸せの形がいくつもある、ということではないでしょうか?
障害のある方の共に生きるという感覚のある方は、きっと自分の命も大切にされている方だと思います。
子どもたちに、もっともっと自分のよさを実感できるような指導やサポートを行っていきたい。
ご縁があって出会った子どもに、自分の命の輝きを感じ取れるような指導やサポートしていくこと、今の私にとっての生き甲斐は、ここにあると感じ取った1日なのでありました。
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