方向感のある集団が子どもを育てる
2008-10-22
うちの保育園では、この8月から、お迎えの時に園児の安全面を確認する警備の職員を配置しました。先週の日曜日、和太鼓フェスティバルというものがあり、その警備担当職員が休日だからということで、うちの園児の和太鼓の発表を見に来たようです。
うちの保育園には、ダウン症のお子さんがいて、お迎えの時に隙を見て駐車場に飛び出すということがあり、園児の安全の保障という観点で警備担当を配置したという経緯があります。
その警備担当の職員は、平素この子の安全には特に気を配っています。その彼が、みんなと一緒に、懸命な姿で和太鼓の演奏に取り組むこの子の姿を見て、深く感銘を受けたと、熱い口調で私に伝えてくれました。
このブログでおなじみの太郎君も、この和太鼓での取り組みで、大きな自信を付け、その後の目を見張るような成長のきっかけとなりました。
活気のない集団、向かう先の見えない集団で、真っ先に痛むのは、何らかの発達面での課題のあるお子さんです。
学校・園は、人数に差こそあれ、多かれ少なかれ、集団のダイナミズムを、教育の根幹に据えている教育機関です。
それぞれのお子さんの特性を理解することは、極めて重要なことです。 しかし、その特性理解は、基本的には集団のダイナミズムに生かすべきだと、私は考えます。
学校・園での個別指導には、時間的・物理的・構造的に限界があります。 それを必要としているお子さんに、可能な限りの個別指導の場を設定することは、すばらしいことだと思います。
しかし、個別指導は、学校・園教育の本質である集団のダイナミズムがあればこそのもので、学校・園は、何時間個別指導をしようが、特性を理解し、集団の中でどうそだてるか、その研究の営みの手を決して緩めることがあってはならないと、私は考えています。
グループ学習や集団づくり、相互協力関係などは、これからの学校教育の場で鋭意研究開発されるべき内容だと思います。 これまでの学級経営や集団づくりに、発達や特性の理解といった視点を持ち込めばよいのです。
週40時間の個別の早期療育でIQ値が向上したという報告もありますが、この形は、本来、学校教育に求める形ではないと思います。 ここを目指すなら、現実場面では、家庭や他の教育サービスとの連携を模索するのが、正解ではないでしょうか?
このブログで書き込みをいただいた皆さんの中からも、学校では最も学校としての教育機能が有効に働く内容(小集団学習等)に焦点化したプログラムを、先生とともに構成した事例を紹介してもらっています。
発達面に課題のあるお子さんこそ、集団の中で伸びるんですよ。
そこには、その子の特性の理解・指導の工夫・場の構成、集団としてのモラルや方向感は不可欠です。 何の工夫もない、一斉指導の中に、ただいればいいというものでは、ありません。
私の知ってる先生は、通常学級の担任で、2人の発達面に課題のあるお子さんと一緒に教育実践を進められています。
様々な工夫と勉強をされ、行動面・学習面共に多くの手応えを感じるまでに至りました。
しかし、残念なことに、そこに要求はあっても、保護者の理解や支えがない・・
これでは、担任の心は痛みます。 私の目から見たら、通常学級でこれだけの成果をあげる力量のある先生は、100人に1人であるにもかかわららず、この保護者の方は、自らそれを遠ざけていく結果となっている。
我が子の特性の理解、特性に応じた指導・支援の工夫、学校教育の場では、そこに、集団のダイナミズムという視点を決して忘れてはなりません。
うまくいている学級でこそ、子どもは伸びるのです。
キーパーソンはもちろん担任で、そこを支えるのも保護者の大切な役目と知っておいてください。
たとえ対立的になっても、言わなければならない場合もあるでしょう。 しかし、学校とすべてが対立的になってしまうのは、いかがなものでしょうか?
学校と対等な関係で、相互に連携し合う姿を、私はパートナーシップと呼んでいます。 そこには、主体者として、しっかりとお子さんの育ちに向き合う保護者の姿勢が不可欠です。
批判と要求ばかり、丸投げ、何もしない・・
そんな先生も、そんな保護者もいないとは思いますが、これでは真っ先に子どもが痛んでしまいますよね。
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