特別支援教育の光と影 (当たって欲しくない いくつかの危惧)
2008-10-04
教育界において、ここ数年の特別支援教育にかかわる発展は、目をみはるものがあります。その勢いが急激であればあれほど、一方で陥りやすいいくつかの危惧があるのも事実です。
まずは、財政的な危惧です。 教育にかかわる財源も、だんだんと地方に移譲されて行く中で、どこまで特別支援だけに厚く予算が配当されていけるかどうか、はなはだ不安です。
まだ枠だけしかできていない特別支援のハシゴを、財政的な理由でとりはずされたらなら、一体どうなってしまうのでしょうか? この不安は、だんだん現実的なものになっていきています。
内容面についての危惧もあります。
ここ何年かで、PDD・LD・AD/HDなど発達障害の特性理解は格段に進歩しました。
しかし、それを指摘することはできても、個々のケースで、具体的な指導方法を確立するだけの力量をもった先生も、環境も、残念なことですが、まだとても十分であるとは言えません。
例えば、情緒の特別支援学級に8名いて、そこに先生が1人いて、1日5時間の授業と校務。 これで、個々の認知特性に添った個別のプログラム・・?
レベルの問題もあるとは、思いますが、少なくとも私くらいの力量の者では、無理です。 例えば、今私がやっているレベルの個別指導を、毎日1時間、8人にするとしたら、きっと過労で1週間で倒れてしまいます。
ましてや、他の子と一日一緒に学習するわけです。 つまり個別指導の時間はほとんどなしで、それぞれの特性に応じた学習を、ということになってしまうわけです。
もちろん、学校は集団での学びの場です。 子どもは集団の中から、大切なことをたくさん学んでいきます。
しかし、行き届いた個別指導の時間がないのであれば、通常学級で学ばせたい、と考える保護者も多いはずです。
子どもの特性理解が裏目に出て、保護者の特別支援に対する期待が空中分解し、相互の不信感だけが残り、行き場のない子どもが取り残される・・・
何のための特別支援? 特別支援って何なわけ? こんなのない昔の方が、よっぽどよかった・・
あってはならないはずのシナリオです。
言い方は適切ではありませんが、特別支援バブルというような余りにも急激な変化には、何らかの揺り戻しがあるのではないかと思っています。
そして、多くのものは淘汰され、大切なことだけが残っていく。
そこで学び、そこで生きていく子どもを守り支えていくことが、私たちの大切な役目なのです。
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