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知らないことが、知らせないことが子どもを痛める (だからこそつなぐべき学校・園と家庭)

 2008-09-26
以前、通常学級の担任をしていたときに、ある保護者の方から 「どうして今まで知らせてくれなかったのですか」 と言われてびっくりしたことがありました。

今から10年以上も前の話で、どういう内容だったかは忘れてしまいました。

それまで、担任としてお子さんは責任もってお預かりする、不必要な心配はかけない、という教師としての自負がありましたし、いちいち個別に保護者の方に連絡する内容ではないと思っていたので、私自身、鳩に豆鉄砲みたいなったことが、強く印象に残っています。

時代はもう、そういうステージではなくなったな、と感じた瞬間でもありました。


特別支援学級の担任時代は、とにかく毎日連絡帳を書くのが楽しみでなりませんでした。ご家族の方も、毎日私が書くのと同じくらいの分量のお返事を書いてくれました。 ご家族はこの連絡帳が宝物で、いつかこの子が大人になる前に、記念に本にしたいくらいだ、と伝えてくれました。

写真入りの学級通信を、ホームページ風に仕立てて、年度末にはCDに焼いて渡しました。

私にとっても、活動の原点・生涯の財産として、今も息づいているように思っています。


今、私がしている個別指導では、ご家庭のニーズや情報は命です。

指導の後、可能な限りご家族のお話をお伺いするようにしています。時間がとれない場合は、メールのやりとりで密接に相互の連絡を取り合っています。

そこからの気づきで、指導の内容に工夫や改善を行うのは、日常的なこととなっています。


方法が見えているときは、連携も価値があります。 いわゆる具体的な内容連携というやつです。

「今、計算のやり方がわかってきているので、宿題でミスがあっても、中断させないでそのままどんどん前へ進めてください。修正は、次のステップとして私が責任もって指導します。むしろ、どこにミスがあるかを知りたいので、今回はアシストなしで、そのままでやらせてください」

とまあ、指導に方向感があるときには、連携も楽しいものです。


難しいのは、何か問題に直面したときの連携です。

私は今、ちょうどその学校・園と家庭の中間地点に立つ機会が多いので、そのことが時々浮き彫りになって見えてきます。

基本、学校・園は学びの場であり、家庭はやすらぎと育みの場です。 子どもの意識やスタンスも、決して同じではないはずです。

私は、不適応は、その行動自体に何らかのその子のメッセージが込められていると考えています。

学校で見せる姿と、家庭で見せる姿には違いがあって当然です。

時として、その姿が、学校・園に、あるいは家庭に、全然見えないときもあるのです。 こうした時に、一方がまるでそのことを知らないでいた、ということは案外よくあることで、知らせる努力も、感じ取る姿勢も大切になってきます。

サインをサインとして受け止め、それを共有化することで、問題解決に向けて前進するケースがあります。 時には、早めに動かなくてはならないケースもあるということです。 


その昔には、今ほど、学校・園と家庭との間に、「連携」という言葉の重みはありませんでした。

「連携」という言葉は、主体者としての保護者の立場に立った概念です。

参画する保護者の役割と責任が伴います。 いわゆる一定の自己決定や自己責任が尊重されてくるわけです。


個別計画作成の推進、ということが行政側から示されて久しいですが、私の周囲ではそこに保護者がメンバーとして加わったという話は、未だに届いていません。


学校・園に任せておけば大丈夫であれば、それは幸せなことです。 もし、そうでないなら、信頼できる機関や先生を捜したり、自分の子にあったサポートの方法を勉強したり、学校・園の先生と相談したり、そういうことはとても大切になってきます。

家庭は家庭なりの立場で、この子をこう育てたい、と伝えてくださると、教育内容はかなり方向感をもつし、指導内容も充実していきます。 

現実には、わかってくれる先生ばかりではなく、うるさい保護者というラベルを貼られることもあるかも知れません。 簡単にできるような事ではないかも知れません。

学校・園が保護者と連携しようとする場合も、保護者が学校・園と連携しようとする場合も、めざす方向と決心とビジョンがなければ、何にも前には進みません。 またそこを感じ、受け止め、子どものために生かしていこうとする姿勢がなければ、連携にも何にもなりません。


連携には、主体者としての保護者の存在が不可欠であり、そこを意識した学校・園の取り組みが重要になってくると、私は考えています。

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コメント
SHINOBU先生、こんにちは。
連携の例のお話(算数の)、読んでいてゾクゾクしました。こんな風に学校と家庭が連携できたら最高ですね。 連絡帳のお話、息子の保育園時代の先生とも同じような経験があります。 担任の先生や主任の先生が 毎日、連絡欄の所に、小さな字でそれでもはみ出るくらいぎっしり一日の様子を知らせてくださいました。本当に本にしたいくらいでした。 
SHINOBU先生は 学級通信をCDに? とても素敵です。うらやましいなあ。
最近接領域の話も、今 とても勉強したいです。 それがつかめていないと、足踏みばかりしてしまうのをひしひしと感じます。 専門の先生にみてもらって、「はい!今はこの課題だよ!」とポンと渡して欲しい~、と思ってしまいます。 でも、今は それはなかなかかなわないので、親のほうで 毎日の生活の中から試行錯誤して なんとか方法を見つけていかなければいけないのでしょうね。 
【2008/09/26 23:18】 | かたこ #- | [edit]
かたこさんへ

かたこさんらしい奥の深いコメントですね。

お子さんのために努力・勉強されていることが伝わってきます。

最近接領域こそ私たちが最も大切にしていかなければいけないことで、すべての活動は、そこを見つける営みだと思います。

指導がかみ合っている、見通しや手応え、イケテル感をもつことができる状態を、言い換えると、そこが発達の最近接領域だということなんだと私は理解しています。

実態に寄り添い、理論を手がかりに自分なりの仮説を考え、試行錯誤があり、やっとそれらしきものにたどり着ける・・そして絶えず修正・・

私も打率、悪いですよ

でも、やってりゃあります。 たまにのクリーンヒット!

これが適度の間欠強化刺激となるから、続くわけです。

母の場合は、そこに深い愛情がありますからね。 その力は偉大です。

【2008/09/27 05:37】 | SHINOBU #- | [edit]












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