心に突き刺さって ぬぐい去れない衝撃の一言  (決めつけは 子どもの未来を奪う)

 2008-09-20
ある日突然、先生の方から、 「あなたのお子さんは、○○です」 って言われて、目の前が真っ白になった経験のある方はいらっしゃいませんか?


こういうことに関して、私にも忘れることのできない苦い経験があります。

今から20年くらい前に、脳性麻痺のお子さんを、小学校1年生の通常学級で指導していたときの話です。


そのお母さんは、当時の就学指導委員会の判定にはよらず、通常学級での学習を選択されたお母さんでした。

当時の私は、障害児教育に対してほとんど専門的な知識ももたず、通常学級の一教師として、その子の教育を担当していました。

脳性麻痺という障害に対する知識や経験は持ち合わせていませんでしたが、その分、可能な限り、お母さんとの話し合いの時間をもつこと、そして、他の子と同じようにその子に寄り添うように心がけていました。

お母さんとも大変いい関係でいられたと、私は思っています。


でも、私は自分の気がつかない間に、どうやらそのお母さんに強い衝撃を与える一言を言ってしまったようです。

2年生に向けた懇談会(ケース会)の時に、そのお母さんは、 「SHINOBU先生が、この子が通常学級の中で、6年生になったときの姿は想像できない、とおっしゃたので、親としても、ある時期が来たら別の選択を考えて行く必要があると思っています・・・」 と、発言しました。


この時私は、いつそんなことを言ったのだろう・・ と、本当に後悔しました。

きっと、今の指導に精一杯で、その後の指導に対する見通しが持てないということを伝えたかったのだと思います。

しかし、お母さんの受け取りは完全に違っていたし、何気ない不用意な私の一言で、ずいぶんと心を痛められたのではないかと思っています。

気がついていないだけで、きっとこれまでもご家族の心を痛めるような発言が、いっぱいあったのではないかと思います。


「あなたのお子さんは、○○です、だから、将来は・・・・・」

こうした安易な決めつけが、ご家族を地獄の底に落とされたような気にさせる・・

自分も言っているので偉そうに言えませんが、そういった類の話は山ほど聞きます。


たとえ絶望の淵に落ちても、それで障害を理解したことにはなりません。 あきらめたり、希望を失うのなら、そんなものない方がいいに決まっています。

そうではなくて、苦しい中から希望の光を見つけ、わずかではあっても可能性を信じて営みを続けることが、正しい理解だと、私は信じています。

本当はあきらめてしまうより、その方がずっと大変で、努力を必要とします。

わずかでもそこに希望がある限り、それに向かってがんばることができます。


昨日、花子ちゃんの教材を探しに、岡山で一番大きな書店に足を運びました。

探しに行ったのは、国語の読解力に特化して、標準化された市販のドリルです。


花子ちゃんは、本読みが大好きですが、2年生から特別支援学級に行くようになりました。

国語は特別支援学級での指導となっているので、毎日、苦手で嫌な漢字プリントや単調な反復練習ばかり・・

大好きなお話の勉強はできません。


私は個別指導のようすから、もしかしてと思い、「黄色いバケツ」を、自分なりに教材化して取り組んでみると、これはびっくり・・  書くのは苦手だけど、読解力はすごい、という手応えを感じていました。

このことを、興奮ぎみにお母さんに伝えても、お母さんはまだ半信半疑なようです。


だったら、標準化された市販のドリルで証明しなければ、と思い、今回出かけたわけです。

なかなか読み取りだけに特化したドリルはなかったですね。 

やっと1冊だけ、目的に叶ったドリルを発見しました。


それは Gakken から出ている 「教科書を超えた学力がつく国語の森 小学2年 文章読解 物語に強くなる」 というドリルでした。

まさに、花子ちゃんのために開発されたような本でした。 

さっそく見せると、食いつく食いつく、お話読む読む、問題するする、今日はここまでと言っても、もっともっとやりたそうでした。

こんなにお話好きなのに、嫌で苦手で単調な書字学習ばかりを、特別支援学級ですることに、どんな価値があるのでしょうか?


ここに決めつけの恐ろしさがあると思いませんか? 


花子ちゃんの、読解力のすばらしさは、WISCやスクリーングのどこにも出ていませんでした。

なぜなら、それが、欠点や弱点や課題点ばっかりにとらわれていたからです。

長所活用・行動レパートリーの拡張、 こうした視点での、子どもの見直しこそが、子どもの未来を拓くものだし、今私たちに最も求められる点ではないかと思っています。

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コメント
まず、『衝撃のひと言』についてですが、私も言葉の怖さをよく感じます。
私自身、無意識に断定的な言い方をしてしまうクセがあるので、あとでよく後悔します。知らず知らずに、人を傷つけてしまう自分を、恨めしく思います。

SHINOBU先生のような、「指導者」としてのお立場だと、保護者の方々が受け止める「ひと言」の重みは、多大なので、本当に大変だと思います。
どんなに、気をつけていても、そして心の中ではそんなこと微塵も思っていなくても、言葉のほんの行き違いで、親御さんに誤解を与えてしまうこともあると思いますから。SHINOBU先生も、お辛いときがおありですよね。

でも、私は、保護者とあまり深く会話せず、当たり障りなく接するよりも、先生のように、心をこめて話す指導者の方が、本当の意味で何万倍も保護者のためになると思います。私だったら、時には行き違いで不満を感じることがあったとしても、きちんと子どものことを考えた上で、率直に話をしてくれる先生と、パートナーになりたいですね。
そのほうが、本当の意味でお互いに成長できるし、子どものためだと思います。

もう1つ。
『苦しい中から希望の光を見つけ、わずかではあっても可能性を信じて営みを続けることが、正しい理解だ』と言う点も、全くその通りだと思います。

諦めるのは、ラクです。
でも、私は『あせらずに、でも諦めずに』いることが、大事だと思ってます。

『もがくのは悪いことじゃない。でも、諦めるのは、ダメだよ。』
聴覚障害児のお子さんを育て上げた、ある方の言葉です。
格好悪くても、馬鹿にされても、批判されても、私はもがき続けたいと思っています。
【2008/09/20 11:51】 | ミカ #- | [edit]
お世話になっています。毎日、楽しみに、勉強させていただいてます。 お書きになっているお話、特別支援学級におけるプログラム、教育内容の決定に関しての甘さということ見方も可能では? こどもの捉え方の甘さ。そもそも、学校では、誰が、どのように、捉えている?それから、どのように教育内容を決めている? 特別支援学級の課題を示していらっしゃるのかなと感じました。今後の大問題ですよね・・。
【2008/09/20 12:34】 | 夢追い人 #- | [edit]
ミカさんへ

>時には行き違いで不満を感じることがあったとしても、きちんと子どものことを考えた上で、率直に話をしてくれる先生と、パートナーになりたい

真剣に向き合えば向き合うほど、厳しい場面に遭遇します。 私も何度も何度も保護者の方と意見が衝突したことがあります。

どうでもよければ、衝突しませんよね。

でも、ほとんどの場合、そこが新しいスタート地点になりました。


それと、「もがく営み」 英語では Struggle と言うそうですが、私はいつも、そういう場面になると、来た来たと思います。

そこが勝負で、それが仕事、それがなければ前へ進みません。

私はだから、「もがき」が仕事。  ミカさんのお仲間です。
【2008/09/20 13:02】 | SHINOBU #- | [edit]
夢追い人さんへ

教育内容自体を問い詰めなければ、特別支援の看板は上げられないですよね。

ともすれば、インクルージョンであるべきものが、エクスクルージョンになっている現実には心が痛みます。

そこがあっての特別支援である、という大きなうねりを、いっしょに作っていくことができたらな、と思います。 

また、よろしくお願いします。
【2008/09/20 13:21】 | SHINOBU #- | [edit]












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