学校や先生と対立的になる時・・ (モンスターペアレンツとの境界線)

 2008-08-29
皆さんは、学校の先生と対立的になったときが、ありますか?

私は、しょっちゅうです。 たまにブチ切れて、言わなきゃ良かったと後悔した場面は、山ほどあります。

聞き捨てならないない発言 (例えば安易に使われる「保護者の無理解・・」という言葉など) には、感情を抑えることができなくなります。

私は、元小学校の先生です。 地域の小学校に行けば、かならず元同僚なり、知った先生の一人や二人には、必ず出会います。

なので、先生同士の会合の時には、「今日は、余計な事言わずに、おとなしく返ろう・・」と、自分に言い聞かせることが多いのですが、そういう時に限って例の 「聞き捨てならない発言」 があって、何故か、そんな時に限って発言を求められ、言ってるうちに、本音が出て、聞く人にとっては、耳の痛いであろう内容を厳しく追及するような内容になって、結局は 「あんな場で言っても、理解はしてもらえない・・」 と、後悔することも多いです。

いつの頃からか、「モンスターペアレンツ」という言葉が使われるようになってきました。

これは、学校側にとっては便利な言葉、そうでない保護者にとってはやっかいな言葉ですね。

熱心で、前向きで、当たり前のことでも、学校側に耳の痛いであろうところになると、都合良くこの言葉が利用されてしまう。

理不尽な要求と、建設的な提案が、受け取る側の都合で、勝手に混同されてしまう・・・

一昔前は、「診断を受けた子は、特殊学級」という方程式が完全に出来上がっていて、就学指導という名の下に、集団での学びが平気で遮断されてきた・・

それが、当たり前で、「それでも我が子を、通常学級で・・」という親の願いは、理不尽や要求・無理解な保護者という偏見に跳ね返されてきた。

そこにあった苦しい戦いがあってこその、今日があるわけです。

私は、元小学校の教師という経歴なので、そこの部分を生かして、何とか学校と保護者の橋渡しを、と考えていましたが、個々のケースに寄り添えば寄り添うほど、そんな次元での話にはならないということが、すぐにわかってきました。

その問題に対する切実感も影響も真剣度も、学校と保護者では違いすぎる。

命がけで取り組んでいる保護者の方の、切実な思いにふれてしまえば、おのずから方向感は決まってしまいます。

何をもって「モンスターペアレンツ」とされるのか、定義は知りませんが、その枠組みを都合良く使われるのは、迷惑ですね。

学校にきちんとお伝えし、子どもの成長と幸せののために改善の工夫をお願いすることも、その延長線でとらえられてはたまらない。

かと言って、めちゃくちゃな要求を非常識な方法でごり押しすることが、まかり通るとすれば、それもまた迷惑な話。

そのベースとなる体験が人によって違うから、どうも話がかみ合わない。

少なくとも、今わたしがかかわっている保護者の方は、すばらしい方ばかりだし、この真剣な取り組みなくして、今のお子さんの成長は考えられない。

また逆に、とんでもない保護者にやりこめられ、おじけづいてしまっている先生の話も聞きます。

私は保護者のサポーターでありながら、最近、学校の先生方の講習会などでお話させていただく機会があり、この辺の感覚がちょっと混線してるの、最近感じています。

まあ、それは余計なことで、ただ子どものために真剣に取り組み、しっかりと勉強し、現実の体制を受け入れた上で、一歩ずつ改善に向かって歩んでいく、それだけのことです。

私の仕事も、保護者の方の取り組みも、人目を気にしてするような内容ではありません。

決して他の意見を受け入れないということではなく、アンテナは敏感に張っているつもりです。

だからといって、少々の批判に腰砕けなんかには、なっていられないのです。

その力強い決心なくして、子どもと保護者のサポーター、そんな看板はあげられない。

時々遠くから自分を見つめてみながら、それでも強い意志と志を捨てずに、力強く、ご家族と共に歩んでいきたいと思っているのであります。

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