自己有用感が 子どもを育て 子どもを救う (二次障害から脱却するための家族の役割)

 2008-08-18
花子ちゃんは、形の認知と書字が苦手です。

でも、ご家族としては、その苦手なことそのものではなく、花子ちゃんが社会の中でどう適応し、どんな幸せの形を作っていくか、そのことを大切にして花子ちゃんを育てて行こうとされています。

私が、学習指導を行う目的も、ただ単に何かが出来るようになることだけではなくて、そのことを通して、花子ちゃんがリアルな子ども集団の中で、どう育っていくか、その中身が重要となってきます。

単に、漢字テストや計算テストで何点とったかということよりも、その学力の育成によって、花子ちゃんの将来に何が見えてくるか? そのことを大切にして指導をしていくように心がけるようになりました。

何と尊い、やりがいのある仕事であるかと、身が引き締まる思いであると同時に、本当に夢のある楽しい仕事であると感じています。

でも、ぼんやりしていて、自然にこうなったのではありません。様々な試行錯誤の後に、やっと見つけた一筋の光で、何も見えなくなったときの不安な気持ちは、今でも忘れることはできません。

私の夢は、この花子ちゃんの苦手な部分の克服と同時に、例え書字は苦手であっても、潜在的にもっている大好きな国語の力を、本人の宝物に育て上げたい、という野望です。この夢を持ち始めてから、受け身ではなく、前向きに攻める姿勢をとることができるようになりました。

どこまでできるかどうかわかりませんが、ここに一本筋が通ると、きっと彼女は、彼女の人生の中で、自己有用感を感じることができ、ご家族の願いに添う自分の人生を歩んでいくのではないかと、私は考えているのです。

学力は、最も大切な価値の一つではあるけれど、それは幸せな人生を歩んでいくための一つの大切な要素ではあるけれど、それ自体が決して目的そのものではない、ということを、私はこのご家族から学ばせていただきました。

どんな価値を中心に据えるかによって、物事の見え方は、まるっきり変わっていきます。

高い目標を掲げ、それに向けて努力することも有効ですが、それがもし、自分に対して決定的なマイナスイメージを植え付けてしまうことになるのでしたら、そこには、適切な目標設定への見直しが必要となるでしょう。

かと言って、夢のないあきらめの人生には、何の魅力もありません。

ここに、家族や友人の、深い人生観や価値観が必要となってきます。

迷ってばかりの人生の、現実での様々な出来事の中で、こうした価値を構成していくことは、たやすいことではありません。

誰にだって自分が不安になったり、生きる意味を見失いかけるリスクはあります。

こうしたときに、寄り添う家族・友人の存在は重要な意味をもちます。

そこで子どもの心にストンと落ちるように、現実場面の中で、その子のもつ大切さを語ることができるかどうか、平素からの子どもの見方・価値観・人生観が問われる場面です。

他の誰に何と言われようと、愛する家族の言葉の輝きは別物です。 それさえあれば生きていける、そのくらいの意味をもちます。

その子の持ち味に、命を吹き込むのは、その子に寄り添う家族です。 友人や先生の中にそう言う方がいると、なおすばらしい限りです。

そこがあれば、光が見えます。 なすべきことも明らかになっていきます。 目標や夢も生まれます。 計画や組み立ても、そこからスタートできます。

たやすいことではありません。 

しかし、花子ちゃんのお母さんは、ご家族は、そこに向かって進んでいこうとしています。

子どもが困難な課題にもくじけず、社会の中で、その子らしく生き生きと暮らしていくために不可欠な自己有用感は、人との関わりの中でこそ、育まれ形成されていくもの・・・

ならば、最も身近な存在の、家族の価値観が影響されないわけはない。

私の仕事の内容を方向づける基準も、結局はそこにある。

本人の、ご家族の自己決定とは、そういうことなんだと私はとらえているのです。

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