がんばれ鳶職! 自立に向けて (就労に向けて歩む教え子へのメッセージ)
2008-08-14
私が、以前小学校6年生の副担任をしていたころ、教室で勉強できなくて、校内を徘徊している2人の男の子にかかわっていました。そのうち一人は、中学から特別支援学級へ、もう一人は通常学級へ行きました。
通常学級へ行った子の様子を見に中学校へ行くと、その子はちゃっかり、何事もなかったように通常学級の教室でノートをとっていました。
その後、高校に進学したものの、結局1年位で中退してしまいました。
いつだったか 「おれは、○○高校へ行って、お父さんの跡を継ぐ」と、言った日のことが、目に焼き付いています。
一方、特別支援学級へ行った子は、友達からの心ない言葉に傷つき、中学生活の適応はかなり厳しかったようです。たまたま、お好み焼き屋さんで会った担任の先生から、そういう内容のことを聞きました。
高校は通信制のところへ行きましたが、この子も1年もたずにやめてしまいました。
私は、副担任でもあり、特別支援のコーディネートのようなこともしていましたから、その二人のご家族の方とは、ずいぶん時間をかけていろいろなことを相談していきました。
今から考えると、あの時、何が一番大切だったのか? 良かれと思ってしたこと・言ったことが、本当はどうだったのか、振り返り、何か複雑な思いに駆られるときがあります。
そのうちの一人が、このブログで紹介している孝志君です。
ご縁があって、5月と6月に一緒につりに行きました。
7月には、お母さんといっしょに、発達支援センターに就労相談に行きました。
では、8月は? と思っていると、孝志君のお母さんからメールが届きました。
この孝志くんと、小学校時代一緒に校内を徘徊していた男の子が、鳶の仕事を一緒にすることになった、という知らせです。
この孝志君の仲間は、今、ほとんで高校に行かず、深夜につりに行ったり、何をするのでもなくたむろしたり、果てしなくゲームをしたり、誘惑にはからっきし弱い、かなり危険な仲間です。
詳しくようすを聞いてみると、そのメンバーの名前は、当時私が生徒指導担当としてかかわった子ばかりで、今でも関係が続いているのか、何て狭い世界でぐるぐる回っているのかと、ただただ驚くばかりでした。
でも、私には、希望の光があります。
それは、つりに行ったときの孝志君の心は決して腐っていなかった、ということです。朝7時から、夕方4時までいっしょに過ごした孝君は、課題はまだまだあるけど、私にとっては愛すべきいい男です。
お母さんが心配している、鳶の相棒も、しばらく会っていませんが、きっと中身はそんなに変わっていないのだと思います。
むしろ、よくそんな状況の中でがんばってきたねと、抱きしめてやりたいような、そんな気持ちでした。
孝志君の携帯は、しょっちゅうアドレスが変わったり、機種が変更されます。
勉強じゃなくて、人生の大切な所、育てなくてはいけない、そんな思いでいっぱいです。
今回のアドレスでの返信が、なかなか返って来ないので、かなり気になっていますが、それはきっと、慣れない仕事でヘロヘロに疲れているからだと、勝手に想像しています。
もう少し経てば、いっしょにお酒も飲めるようになります。
きっと、あのメンバーは、それとなく続いているような気がします。
大したことはできないけれど、先生が君たちの一生の応援団であることだけは、本物であることを伝えたい。
そして、君たちは、まんざらでない、いい奴だということも伝えて行きたい。
そこさえしっかりしていれば、道はいくらでもあるんだよ。
せまい価値観で、必要以上に、自分たち追い詰めなくてもいいんだよ。
ていねいに、誠実に、心を込めて、社会の中で、自分らしさを発揮して欲しいと、これからも、心を込めて応援させてもらうからね。
そんなことしかできないけれど、先生が、ジジイになっても、そこは変わらない。
↑どうかランキングも見てやってください。はげみになりますので,ご協力よろしくお願いします。


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