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学習能力を育てる

 2018-12-27
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私はこれまで様々な子どもの学びに向き合ってきました。

10年前に個別学習指導教室を開いた頃は、認知処理に目を向けた指導に力を注いで取り組みました。


視覚的なとらえの得手な子ども、言語・聴覚的なとらえの得手な子ども、

特に小さい頃は情報のインプット得手不得手があり、その認知処理の特性に合わせた教材を提示し、段階的にその双方を使い分けることが出来るよう取り組んできました。

また、年齢や学習経験の積み重ねによって、劇的にその事が改善される時期があることが経験的わかってきました。

多い年は、1年に2000とか3000とかのレッスンを10年近く積み重ね、小1だった子を高3までサポートさせていただいたことにより、私自身がたくさんのことを学ぶことができました。


大学での授業を担当するようになってから、学習が進むとか、進まないとがは、どういうメカニズムであるのかを論知的に整理する機会を与えてもらいました。

論理的な思考は、図のようにワーキングメモリーの中で処理されるのですが、その容量や速度にもいくつかの発達段階があります。


例えば字を読む(読字)ということに集中している小さい子どもは、そのことを同時にイメージ化していない時期があります。

大人はすでに様々な学習を通して、自然に読みながら、その意味を考えたりイメージ化したりすることが当たり前になってきますが、実は生まれた時からずっとそうではなかったわけです。

「何回言ったらわかるの?」 みたいなことは、そもそもおかあさんとお子さんの器そのものが違っているから、かみ合わないわけです。


しかし読むなら読む学習を続けていると、小さい子ですから、その能力は一定時学習経験を積めば、その分だけ大きく育つ時期があります。

うちの保育園にも外国籍のお子さんが何人かいますが、第二言語であるはずの日本語の習得には、目を見張るものがあり。とても大人は太刀打ちできません。


読字でお腹いっぱいになった子は、やがてイメージの世界に突入する時期があります。

イメージ化ならイメージ化ばっかりの時期もありますが、やがて今度は読字とイメージが同時に出来るような力が育っていきます。


それぞれの個々の能力を、それぞれの題材で育てて行きながら、場や状況により、その学習経験を一般化することが出来ること、

これが学習が豊かになるということであり、学びの力が育つということなのです。


一つ一つの学習には意味があり、育つ内容があります。

そしてその日その時、その子が一番欲している学習にかかわる内容や題材を提示する能力、

いわゆる発達の最近接療育を構成出来る指導者の能力。

そのことが求められていくのです。


学習の充実ぶりは、子どもの態度をみればダイレクトに感じ取ることが出来ます。

学習が終わっても、席にしがみついて離れようとしない小さな子ども、

抱きかかえるように教室が出ると、私の足をからめて、離れようとしない子ども、

家でも学校でも書いたことのないようなていねいな文字を毎回書いて、ご家族をびっくりさせるl子ども、

モニター画面を見ながら、我が子が何十分も集中して生き生きと学習する姿を見て、涙を流しているお母さん、


どれだけ豊かな学習が子どもの自尊心を育み、計り知れないエネルギーを生み出していくことか?

この年末、転勤で東京や仙台に転校した小学生の子が、帰省を機に、1時間だけですが私のレッスンを受けに来てくれます。


学習は単なる内容の記憶ではなく、命を育む活動そのもの、

そう私は信じているのです。






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