FC2ブログ
 

責任

 2017-11-18
IMG_1033.jpg








私はこの10年間、土曜日も日曜日も祝日も、すべて子どもたちのレッスンに明け暮れていました。

すごいですね、とよく言われますが、本当はすごくも何ともありません。

本来すべきことは全部誰かに任せっきりで、自分の好きなことだけに打ち込める環境があったから出来たことで、この環境さえあれば、好きな仕事であれば誰だって出来ることです。


個別レッスンを始めた頃は、保育園の副園長で、給料は少なくともそれはそれはお気楽で恵まれたポジションでした。

ところが今は、小さいながらも保育園の園長となり、発達支援の2つの事業所を統括する責任者となり、その責任は以前とは比べものにならないくらい重くなってきました。


17日に、家内が手術を受けました。

幸い手術は無事に終わり、術後の不安も小さくなりましたが、その時間は色々な思いが脳裏を駆け巡りました。


小学校の教員時代、教頭試験を受けている最中に、学校を退職してでも大学院で学びたいと言い出したとき、全ての人は大反対でした。

今から考えると、こんな無謀なことが良く許されたなと、不思議に思うくらいです。

それでも家内はむしろ、きらきらした目で 「行ってらっしゃい」 と私を応援してくれました。


その後、白ゆり教室という小さな教室を開きましたが、その半年間は月にいただくお月謝が5万円にも満たず、家賃も出ない状態が続いていました。

やがて、子どもの数が増えたときに、もっと多くの子どもたちのためにと、渋る私を横目に、児童デイサービスへの事業化を進めたのも彼女の決断でしたし、発達支援センター本館の補助金申請に奔走し、1億近い立派な建築物を完成させたのも、そのほとんどが彼女の力でした。

そんなことは、数をあげれば限りはありません。


手術が終わったのは、9時過ぎのことでした。

病室へ帰るやいなや、まだもうろうとした意識の中で、「SHINOBUさんは明日の大阪があるんだから、早く帰って」 と開口一番告げたのも彼女でした。


こんな風に言われて、一体誰がいい加減な気持ちで、大阪に行けるというのでしょうか?

結婚したその日から、いつも彼女はそうだった。


大阪は、朝から雨、

こんな中、私のレッスンを楽しみにしてきてくれる子と、熱い願いを私に託してくださるご家族。

私の責任は、決して軽くはないのです。









にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

↑ 大切さを全国に伝えたい! 応援の1クリックを よろしくお願いします。
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://shinobu1.blog117.fc2.com/tb.php/2155-cb9b795d
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫