母の命④

 2017-05-29
DSC00270.jpg








私は、小学校の頃より、両親が共にいない環境で育ってきました。

いつしかそれは、

「自分は望まれて生まれた子ではない」

「それはすなわち、生きている意味がない子だ」 

という思いがずっと心の中を占め、自分は世界で一番不幸な子だと考えていました。


私が誰かにそのことを話すと、何人かの人は、「全然そんなふうに見えないよ、きっと小さい頃は愛情をいっぱい受けて育ったにに違いないよ」 と言ってくれました。

そのときは、とても複雑な思いでそんな言葉を受け止めていました。


連休中に、母が長年にわたりお世話になったギルフォード教育研究所にお伺いさせていただきました。

所長様をはじめ、皆様には、大変なおもてなしをしていただきました。


そのときに、ある先生がお伝えくださった言葉は、今でも私の心の中に深くしみわたっています。


私は、自分の母の介護を長年にわたり続け、それは言葉では言い表せないほど、とても重い時間でした。

SHINOBUさんの人生は、ある意味不幸であったという見方もできますが、では人のいう幸せな人生というのは、いったいどこにあるのでしょうか?

何か一つ足らないものがあったとして、そのことだけを考えていられたというのは、もしかしたらそんなに不幸な時間ではなかったのかも知れません。

あなたのお母さんは、きっとあなたのことを片時も忘れたことはないはずです。

人と同じような幸せが一つかけていたとしても、その分あなたのお母さんは、あなたの苦しみを一つ背負って旅立たれたのかもしれません。


母が、私と同じ教育の世界に身を置いていたということ、

その臨床の最前線で、日々子どもたちと向き合っていられること、

そして、何の迷いも無く、日々の仕事に集中して取り組むことができること、


誰が願ってこんな環境にいられることでしょう。

これが私の人生であって、そのことを誰かと何かと比べてみても、それはそんなに意味のあることではないかも知れない。


私の命がここにあることを、

私はここにきて、今はっきりと感じることが出来るのです。







FB-f-Logo__blue_58.png Facebook

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://shinobu1.blog117.fc2.com/tb.php/2096-53a21dfa
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
Author:SHINOBU
新大阪教室

bnr_personal-osaka.jpg

今までにご覧いただいた方
 

百万アクセスまでがんばりたい

カテゴリ
最近の記事
月別アーカイブ