言語にかかわる専門性

 2017-05-27
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例えば「みかん」という言葉があったとします。

みかんのカードをみて、それをみかんと認知して、言葉でそれを「みかん」と伝えることが出来る、

とても大切な言語のプロセスです。


「みかん」という文字を見て、その文字を「み」「か」「ん」と音声化することが出来る。

これもとてもすてきな言語の育ちです。


でも、たとえ「み」「か」「ん」と音声化出来ても、それが「みかん」と認知出来ているかどうかは別問題です。

「み」「か」「ん」とⅠ文字Ⅰ文字を音声化するのに精一杯で、その時「それなあに?」と尋ねてみてもキョトンした顔をする子もたくさんいます。

音声化は認知のための第一歩でありますが、もし音声化しただけで、その内容を認知出来るのであれば、読解指導なんて不必要で、国語の勉強はずっと音読だけすればいいということになってしまいます。


おしゃべりが大好きな人は、世の中にたくさんいます。

ですが、その方に「今お話くださったことを、文章でまとめてください」とお願いしたとしたら、案外そんな方に限って、「作文は大の苦手で…」と言われることが多いように思います。


私は文章書くのも、1,000人の前で講演させていただくこともあまり苦になりませんが、プライベートな小集団で、ジョークを飛ばしたり、場を盛り上げたり、気の利いた事を言ったりするのは大の苦手です。


さらに文字を書くプロセスも、内言から一つ一つ文字化することが出来る子と、「みかん」というカードを見てそれを視写するように書いていく子と2通りあります。

きっと何年か経てば、その子がどんなプロセスで書字化しているかは判明出来ないほど言語ルートが豊かになっていくと思われますが、そこまで育てていくまでには、その時々でその子にあった有効な支援というものがあります。


多くの子どもの言語の育ちを長年見てくると、こういう子のこういう場合には、こういう支援が有効であったということが体験的に見えてくるときがあります。

これが私の言語の育ての基本スタンスです。


理解の言葉、文字の言葉、話言葉

長年の学習により、いつの間にかそれを自由自在に使いこなせるようになった者には、なかなか文字の読めない子のメカニズムは、逆に見えなくなるものです。

言語の育てにかかわる専門性、

きっとそれは、こんなこころにあるのではないかと、私は考えているのです。








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