つながることで生まれる力

 2017-01-05
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昨年末、私に血のつながっている叔父がいることがわかりました。

これまで私は、血のつながった親戚はいないものと思っていましたから、大変驚きました。


そのおじさんには3人の子どもがいます。

そのうちの一人が体育教師をされていたそうですが、障がいのある子の役に立ちたいと決意し、教職を辞して理学療法士に転身されたと聞きました。

私が小学校の教師をしていたと伝えると、これまた大変驚かれ、血は争えないわねと苦笑いをされていました。


よくよく考えてみると、その方は私のいとこにあたるわけです。

小学校の時から私には、血のつながった親も兄弟も何もいませんでしたから、友達から 「お正月にいとこ遊んだ」 などと聞いたときには、いつもうらやましくも切ない思いでいっぱいになっていました。


血のつながった親や兄弟がいないという感情は、そうでない人にはとても理解できにくい内容です。

私の生きて来た何十年間は、「自分は必要とされて生まれた子ではない」 「すなわち自分はこの世に生きている意味がない」 という自己否定の嵐の中にいたわけです。


以前わたしは 「忍」 という名前が大嫌いでした。

女の子と何度も間違えられて、「なあんだ」 と言われたことは一度や二度ではありません。

何で 「健一」 とか 「隆」 とか、男らしい名前にしてくれなかったかと、そのことをとても恨めしく思っていました。


いつの頃だったかは忘れましたが、ある日私は、「親は私に何も残してくれなかった」 「でもこの忍という名前にだけは、両親が私に託した思いがあるんだ」 と気が付き、これ以上でないくらいの涙をこぼした日がありました。


私にとっては、この日こそがアイデンティティーの確立した日であり、自分の足で自分の人生を歩み始めた日でもありました。

今ではこども園でも、発達支援センターでも、今私のことを所長とか石原先生と呼ぶ人はほとんどいません。

子どもも職員も保護者の皆様も、みんな私のことをSHINOBU先生と呼んでくれているのです。


正月があけ、平成29年の仕事がスタートしました。

私は、私の心に大きな異変が生じているのを実感しています。


この歳ですから、体のどこかが痛かったり辛かったりするのは日常ですが、とにかく毎日よく眠れてすっきり起きることができる。

以前出ていた原因不明の発疹はウソのようになくなり、自分でいうのも変ですが、仕事の集中度や気合が格段に高くなった一方で、心に余裕が出来、職員への指示や対応もシャープかつふところの深いものに変わってきました。

子どもとのレッスンも本当に楽しく、笑い声の絶えない、より活気のあるものになってきました。


まだ顔もみたこともありませんが、思いもかけす知ったいとこの存在、

私は一人ではない、

つながることで生まれる力


やる気も、独立心も、決断力も、責任感も、突破力も、その源泉は人とのつながりから生まれる自己肯定感の中にある、

私は支援者として、子どもとの心のつながりを通して、こうした自己肯定の旅路を共にずっとずっと子どもとやご家族と歩んで行きたい。


その大切な一歩を、今日もしっかりと積み上げていきたいのです。









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