自己否定の裏側にあること

 2016-06-20
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何年か前のことです。

私はある小学校で6年生の学年主任をさせていただいていました。


小学校の学級担任として、納得のいく学級経営ができたら、以後は特別支援教育の道に進む、

それが当時私の信念でした。


そのクラスは、本当にすばらしい子どもたちの集団で、学級活動の話し合いのようすを見学していた教育実習生が、「私は、人としてこんな豊かに心の通い合う場面を、生まれて見ました。20年も生きている人間の先輩として、自分が恥ずかしい。本当に心が洗われるように感じました」 と、大粒の涙をぽろぽろと落とした日もありました。


その年の学年末に、校長室に呼ばれた私は、「次年度は特別支援学級の担任をお願いする」 と告げられました。

「その年、教師として、最も力のある者に、特別支援学級の担任をさせる」

校長室でそうおっしゃったその一言が、私の運命に、決定的な影響を与えることになりました。


後にわかったことですが、この出来事の数年以上前、私が当時の特殊教育の内地留学に行かさせていただいた時、当時教育委員会の課長として、その道を切り開いてくださったのも、この校長先生でした。

後にこの校長先生は、県の校長会の会長になり、全国校長会の実行委員長として、大きな手腕を振るわれ、大学に入られてからは、教員養成の分野で出色の実績を残されることになります。


校長はかくあるべし、という姿が焼き付いた同時に、逆立ちしてもこんな校長にはなれないという思いが、当時から私の心の中に広がっていったのでした。


私の心の中にある、負のエネルギー、

教員として、あんなに目をかけてくださった先生のご期待に添えなかったというマイナスの思いを、私はどうしても振り払うことができません。

だからこそ、がむしゃらになって今の活動に打ち込んできた、

そんな側面が、ないわけではありません。


人間のパワーの源は恐怖である、と私は考えています。

そこに立ち向かうからこそ、生まれる何か、

苦難を振り払り払いながらも、踏み出すその小さな一歩こそが、未来につながる大切な道となるのです。


そう言えば、いつだったか、シアトルまで野球を見に行ったことがありました、

あれからもう10年?

先日のイチロー選手のインタビューにいたく心を打たれながら、私の胸には、そんな思いがこみ上げてくるのでありました。








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